アジア映画巡礼

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池谷薫監督作『ルンタ』が教えてくれるもの

2015-06-09 | 日本映画

ドキュメンタリー映画『延安の娘』(2002)や『蟻の兵隊』(2005)で知られる池谷薫監督の新作ドキュメンタリー『ルンタ』を拝見してきました。今度の舞台はチベット亡命政府のあるインドのダルムサラ(ダルムシャーラー)と、中国領内のチベット地方です。まず、作品のデータをどうぞ。

 

『ルンタ』 公式サイト

2015年/日本/カラー/ドキュメンタリー/111分/英語題名:Lung Ta
企画・編集・監督:池谷薫
制作:権洋子
撮影:福居正治
編集:新津伊織
製作・配給:蓮(れん)ユニバース

7月18日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムにてロードショー、その他各地での上映予定はこちらをどうぞ

 © Ren Universe 2015

この作品はドキュメンタリー映画ですが、主人公がいます。ダルムサラに暮らして30年の中原一博さんという建築家です。早稲田大の第一文学部と理工学部建築学科を卒業した人で、大学時代にインドのラダックを旅行してチベット仏教建築に魅せられ、卒論に取り上げたことでチベット亡命政府とご縁ができたそうです。1985年から家族とともにダルムサラに移住し、専属建築士として、亡命政府の庁舎や僧院、学校などを設計しているとのことで、中原さんの設計したノルブリンカ・インスティテュートが本作の中でも登場します。それが素晴らしい建物で、一瞬しか登場しないのが残念なほど。千手観音を全体のモチーフに使い、完成まで9年かかったというインド版ノルブリンカ(チベットにあった夏の宮殿と同じ名前)は、一目見ただけでその懐に抱かれたくなるような建築でした。

 © Ren Universe 2015

しかし、本作が紹介するのは、中原さんのもう一つの顔。冒頭、中原さんが池谷監督にパソコンの画面を見せているのですが、そこに写るのはチベット人への弾圧に抗議して焼身自殺をしている人の姿。自らの体に油をかけ、火を付けてそのまま歩んでいく人の姿です。そばには見ている人も写っているのですが、「ほら、この2人が手を合わせて拝んでいるでしょう?」と中原さんは指さします。焼身は究極の抗議手段で、自らの体を灯明と化し、人を傷つけることなく抗議の意を表す方法なのです。焼化=昇華なのでしょうか、その尊い姿を居合わせた人が思わず拝んでいる、というのがこのパソコンの映像なのでした。現在もこの焼身抗議はチベット各地で頻々と起こっており、それを知らせるために中原さんはブログ「チベットNOW@ルンタ」を開設しています。こちらのブログです。このブログを使って発信する、NGO「ルンタプロジェクト」の活動家というのが、中原さんのもう一つの顔です。

 © Ren Universe 2015

焼身抗議を行う人は、圧倒的に若者が多いのだとか。最初に挙げたチラシをよく見ると、この少年僧が拝んでいるのは、焼身抗議を行った人々の写真です。チラシを見た時は、「少年僧がお寺で拝んでいるのね」としか思わなかったのですが、それを聞いてよくよく見てみると、少年僧の目の前には青年たちの写真がずらりと並んでいます。みんな若く、今どきの若者、という格好をしている人もいて、どうして自らの身を炎と化す抗議ができたのだろう、と、痛ましい思いと共に不思議にもなってきます。それを解き明かしてくれるように、池谷監督は中原さんに同道して、ダルムサラに暮らす亡命チベット人の人々を訪ねていくのです。 

 © Ren Universe 2015

さらに映画の後半、中原さんは池谷監督らと一緒に、中国領のチベットに旅します。焼身抗議をした現場を訪ねて回るのです。それまで自分がパソコンで報道していた現場に立つ中原さん。いろんなケースが語られますが、トイレでガソリンをかぶり、火を付けて外に飛び出して行ったという女性の話は中でも印象的です。焼身自殺ではなく、生ける灯明として人々を照らすことこそが重要な訴えになるのだ。そんな声が聞こえてきそうな気がします。現場100回ではありませんが、現場に立つことで何かがわかるという中原さんの姿は、聖地巡礼をしている人のようでした。

美しい虹にも出会い、最後に中原さんは谷へと分け入って、ルンタを撒きます。映画の題名ともなっている「ルンタ」とはチベット語で「風の馬」という意味だそうで、ペガサスのように天を翔けて、人々の願いを神や仏に届けてくれるのだそうです。人々は願いを込めて、ルンタが描かれた薄い8㎝四方ぐらいの上のような紙を撒くのですが、この紙もルンタと呼ぶようです。今回、前売り券にはこのルンタがプレゼントとしてついてきます(数に限りがあるそうですので、お早めに)。ルンタと共に、中原さんの願いは天に届いたのでしょうか....。 

チベットの現状を捉えたドキュメンタリー!映画『ルンタ』予告編

本作はとても胸痛むテーマを扱っているのですが、中原さんという主人公の魅力的な人柄に惹きつけられ、暖かい気持ちで見ることができます。 NGO活動家というイメージではなく、建築家のせいか、粋でダンディなところもある中原さん。その魅力にガイドされ、チベットの「いま」を知ることができる作品『ルンタ』はまた、池谷監督の「人間の尊厳とは何か」を捉えようとする試みともなっています。ぜひルンタに乗って、人の尊厳を示してくれる人々に出会ってみて下さい。



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