アジア映画巡礼

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韓国映画つるべ打ち<2>『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』

2017-06-06 | 韓国映画

今週末、6月10日(土)より、ドキュメンタリー映画『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』が公開となります。だいぶ前に<1>をお送りした「韓国映画つるべ打ち」ですが、第2弾が遅くなり、申し訳ありません。今回のドキュメンタリー映画は、1980年釜山(プサン)に生まれ、国際的に活躍するユン・ジェホ監督の作品で、2016年のモスクワ国際映画祭とチューリッヒ国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー映画賞を受賞しています。また、全州(チョンジュ)国際映画祭でも観客賞を受賞したほか、カンヌ国際映画祭などでも正式上映された作品です。まずは、基本データをどうぞ。

 

『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』 公式サイト

 2016年/韓国、フランス/72分/ドキュメンタリー作品/原題: 마담 B /フランス語題:Madame B., histoire d'une Nord-Coreenne/英語題:Mrs. B -A North Korean Woman
 監督:ユン・ジェホ
 配給:33 BLOCKS(サンサンブロックス)

6月10日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開


画面は、中国北部のある街から始まります。夜の街を走る車に乗っている、脱北者らしい、赤ん坊を抱えた一家。そこからさらに別の場所に逃げようとしてるようです。手引き役として同乗し、指示を出す女性の緊迫した声が響きます。朝になり、手引きをした女性がバイクで、郊外の農村部にある自宅に戻ってきました。それが、本作の主人公「マダム・ベー」でした。実は彼女自身も脱北者で、10年前に夫と2人の息子を北朝鮮に残し、1年間だけのつもりで外貨稼ぎに中国へとやって来たのでした。ところが欺されて、この田舎の農家に嫁として売られてしまったのです。貧しい農家に住むのは、年老いた両親(下の写真)と、四人兄弟の末息子である中年の男、つまり彼女の夫です。やせた土地を簡易式の灌漑設備でうるおし、トウモロコシなどいくつかの産品を作っていますが、暮らしは決して楽ではありません。そんな中、彼女の活気と行動力、脱北ブローカーとしての稼ぎが一家の支えになっていました。脱北者を移送する仲介料は、1人につき1,000中国元(約15,000円)。貴重な現金収入ですが、実は彼女の肩にはまだまだ重荷が乗っかっていたのです。


それは、彼女が北朝鮮に残した夫と、2人の息子でした。この10年の間に、彼女は北朝鮮の家族を脱北させ、韓国に亡命させてソウルに住まわせていました。でも、韓国での3人の生活は安定せず、夫は抜け殻のようになってしまい、思春期を迎えた息子たちの養育もままなりません。自分が行って彼らの生活を安定させるしかない、と思った彼女は、韓国に渡る決心をします。でも、不法入国して中国にやってきた彼女に戸籍はなく、パスポートを取って正式に韓国へ飛ぶことはできません。彼女もまた、中国に逃げてきた他の脱北者と同じく、中国からいったん陸路で東南アジアに入国し、タイのバンコクまで移動してからソウルに飛ぶルートを取らざるを得ませんでした。そんな大変な苦労をしてやって来たソウルでしたが、北朝鮮の家族と再会した彼女は、しばらくして会ったユン・ジェホ監督の目には別人のように精彩を欠いた姿に映ります。一体ソウルで、彼女に何が起きたのでしょう...。

中国と東南アジアを経て韓国に到る脱北ルートはいくつかあるようですが、マダム・ベーが辿ったルートがプレスに載っていましたので、それをスキャンして貼り付けておきます。ちょっと裏の文字が写ったりして見にくいので、関心がおありの方は映画鑑賞時にぜひパンフレットをお求め下さいね。


何と大回りな、と思われることでしょうが、中国の天津から韓国のソウルへ飛べば2時間ほどで着いてしまうとはいえ、それには正規の旅券を持っていないとムリ。不法入国者は不法出国するしかなく、タイ、ラオス、ミャンマーの国境が接近している山岳地帯を越え、タイに入国後警察に出頭する方法しかないのでした。そうすれば亡命者としてタイ警察の保護下におかれ、その後バンコクまで連れて行かれたあと、希望して韓国へ行ける、というわけなのです。実は、ユン・ジェホ監督もこの逃避行に同行したのですが、彼はもともと行くつもりはなく、彼女の出発シーンを撮ろうとしていたらどさくさにまぎれて車に乗せられてしまい、タイ入国まで同行せざるを得なかったのだとか。途中の山越えはそれはそれは大変で、映像を撮るどころではなかったうえ、韓国人である監督は亡命者とはならないため、不法入国者として処罰されて即強制送還。「本当に世間知らずでバカだった」と監督を嘆かせることになります。というわけで、逃避行のシーンは残念ながら、記録された映像が少ししかありません。


その後10ヶ月ほどして、監督はソウルでマダム・ベーに再会するのですが、中国にいた頃の、ちょっと韓国人女優ムン・ソリに似た自信溢れる様子は姿を消していました。脱北した夫や2人の息子との生活は、様々な要因で抑圧された生気のないものとなっています。韓国情報院の取り調べに対し、憤りを隠せない上の息子。キム・ギドク監督作品『The NET 網に囚われた男』(2016)を思い出させる、切ないシーンです。生活していくことへの関心をなくしたような脱北者の夫の前で、中国に置いてきた中国人の夫に電話するマダム・ベー。中国人の夫は、「韓国に行って働きたいが、ヴィザが出ない」と焦燥感を深めています。一体、誰が悪いのか。どうすればこの5人が幸せになれるのか。そんな答えがあるのか...。見ている観客の心にも、どうしようもない無力感と焦燥感が広がっていく感じがする作品でした。

韓国の劇映画で描かれる「南北分断」あるいは「南北問題」は、もっとわかりやすいものが多いのですが、本作『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』はこの問題がそんな単純なものではないことを教えてくれます。隣国の現実として、ぜひ見ておいていただきたい作品です。日本版予告編は公式サイトで見ていただけるので、少し長い英語字幕の国際版予告編を付けておきます。 

マダム・ベー(原題) / MRS. B, A NORTH KOREAN WOMAN』 予告編 Trailer

ユン・ジェホ監督は、釜山デザイン高校で学んだあと、大学でクラシック・アートを学び、イタリアに滞在。2001年にはフランスに留学して、長期間にわたって古典的映画作品やドキュメンタリーについて学んだ新鋭の監督です。本作は長編ドキュメンタリー2作目ですが、1作目の『Looking for North Koreans』では、父や姉など身近な自分の家族が持つ北朝鮮の人に対するイメージから出発して、中国に住む脱北者への関心を深めていく自身の姿を捉えています。『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』はそれに続くケース・スタディとも言える作品で、今後のさらなる展開が楽しみな映画作家でもあります。本年の大阪アジアン映画祭でも上映されて話題を呼んだ本作、ぜひお見逃しなく。



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