香港国際映画祭では、今年は本数としてはそれほどたくさん見られませんでした。その中であるまとまりとして印象に残ったのが、1.インドネシアとフィリピンの映画という島国東南アジア映画の力強さ、2.ドキュメンタリー映画の面白さ、3.赤裸々な性を描く作品の分水嶺、というものでした。ちょっととびとびになるかも知れませんが、この3点についてまとめてみたいと思います。
まず東南アジア映画ですが、映画祭に出品されていた全作品は見られなかったものの、見た作品を比べてみると、半島部よりも島嶼部の東南アジアの映画が今面白いのではないかという印象を持ちました。タイやマレーシア、シンガポールが凡打しているうちに、インドネシアとフィリピンは三塁打を連発、という感じです。ここではその中の、インドネシア映画『愛を語る時に語られないこと』と、フィリピン映画『汝の子宮』をちょっとご紹介しようと思います。
『愛を語る時に語られないこと』
原題:Yang tidak dibicarakan ketika membicarakan cinta/英語題名:What They Don't Talk About When They Talk About Love
2013/インドネシア
監督:モーリー・スリヤ
主演:ニコラス・サプトラ、アユシュタ・ヌグラハ、カリナ・サリム
モーリー・スリヤ(下写真)は1980年ジャカルタ生まれの若き女性監督。『Fiksi』 (2008)で監督デビュー、その後東京国際映画祭や東京フィルメックスの時に関連企画で来日しているそうで、インドネシア語を教えてらっしゃる佐々木先生のブログにこんな紹介があります。
出演はインドネシア映画のハンサム君と言えばこの人!のニコラス・サプトラに、大阪アジアン映画祭で上映された『ビルの青い空』 (2011)にも出演していたらしいアユシュタ・ヌグラハ、そしてカリナ・サリムらの若手女優たち。
映画は目の不自由な子供たちの学校の様子を描いていくのですが、そこには4人の主人公がいます。まず、ディアナ(カリナ・サリム/写真下)ですが、彼女は裕福な家の娘で、まったく目が見えないわけではなく、この写真のような拡大鏡を使えばある程度字が読めます。そのため、時にはみんなの目の代わりをしてやったりします。
ディアナが好きなのは、全盲の少年アンディカ(アングン・プリアムボド)。でもアンディカは彼女の気持ちに気づいていないようで、学校の食堂に来てはケーキを食べるマヤという少女にケーキを分けてもらったりするため、それがちょっと心配なディアナです。余談ながら、この学校の制服は写真のようなバティックのシャツで、下は白いスカートだったり、ズボンだったりと、何を着ていてもいいようです。
一方、ディアナの親友は全盲ながら美人のフィトリ(アユシュタ・ヌグラハ)。フィトリにはすでに大人のボーイフレンドがおり、学校に来ては彼女とよからぬことをしていきます。それをのぞき見しているのは、食堂のおばさんの息子エド(ニコラス・サプトラ)。エドは「自分は医者だ」と偽ってフィトリに近づき、ついには彼女と点字のラブレターをやり取りする恋人同士になってしまいます....。
と、普通の高校生ならありがちのお話を盲学校を舞台に描いていくので、私たちは彼らの持つ障害と、それが障害ではなくなっている部分とを如実に目にすることになります。途中まで明かされませんが、実はニコラス君が演じるエドにも障害があるのでした。彼らの日常生活はとてもリアルに描かれ、インドネシアの障害者教育の一端を見ることができ....と、そういう映画かと思っていたらとんでもない、途中で思いがけぬ転調があるのです。
これが最初からわかっていると面白くないので、ちょっと意味深な上のディアナ母子のスチールと、韓国映画『オアシス』を想起させる転調、とだけヒントを書いておきましょう。その後、転調はまた元に戻るのですが、まるで健常者は障害者、障害者は健常者、とでも言っているようなこの転調シーンも、すごく印象に残りました。
そんなたくらみに満ちたこの作品、脚本もモーリー・スリヤ監督自身の手になるものだそうで、「人と人とが繋がる」とはどういうことなのかを、残酷さも合わせて力強く描いていきます。ダイナミックさと繊細さを併せ持つ、不思議なスリヤ・ワールドでした。
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『汝の子宮』
原題:Sinapupunan/英語題名:Thy Womb
2012/フィリピン
監督:ブリランテ・メンドーサ
主演:ノラ・オノール、レンボル・ロッコ、ロヴィ・ポー
こちらは、フィリピン映画で今最も注目度の高い監督、ブリランテ・メンドーサの新作。すでに昨年のヴェネチア国際映画祭のコンペ作品にも選ばれており、キム・ギドク監督の韓国映画『嘆きのピエタ』には負けたものの、選ばれたのが納得の力作でした。
舞台になるのは、フィリピン南方のタウィ・タウィ島。Wikiによると、スールー諸島の一部で、イスラム教徒ミンダナオ自治地域に属しているとか。地図を見ると、海を隔てたすぐ左隣がもうマレーシアです。そこには海の民が生活しており、また海賊などが出没する地域でもあります。そこに暮らす初老の夫婦、助産師のシャレハ(ノラ・オノール)とその夫バンガサン(レンボル・ロッコ)が主人公です。
のっけから、いかにもメンドーサ監督らしい、異常にリアルな出産シーンが登場します。子宮口から赤ん坊の頭を取り出すシャレハ。いきむ妊婦を背中から支えるのは、夫バンガサンの役目。2人は子供が無事生まれると、満足そうに小型船で自宅へと帰っていきます。とても仲のいい夫婦なのですが、彼らの悩みは自分たちの子供がいないこと。自分ではもう子供が産めないシャレハは、夫に第2夫人を迎えて子供を産んでもらおうとします。
でも、結納金で折り合わなかったりと、なかなかうまく話がまとまりません。その合間に漁に出ると海賊に襲われ、豊漁の魚を奪われたりと、2人の稼ぎは生活するには十分ではあるものの、余裕のない生活がさらに苦しくなります。ついには2人は船のエンジンを売り、何とかお金を作って若い娘を嫁に迎えるのですが、その家族がバンガサンに出した条件は残酷なものでした...。
『汝の子宮』でやはり一番見応えがあるのが、ノラ・オノールの演技でした。海の民のムスリム女になり切り、抑えた感情表現でシャレハの人となりを雄弁に表現してくれます。そして次に素晴らしいのが、この地域の描写の数々。海の表情、そこで生きる人々、くったくのない子供たちなど、まさに豊穣なるフィリピンを見せてくれる作品となっています。さらに、さびれた教会に残る多数の弾痕、結婚式の描写やご馳走のためにされる牛など、一瞬にしてこの地域がどういう地域なのかを教えてくれるシーンも多く、東南アジアの島嶼部の顔がくっきりと描かれています。
ラストがちょっと気になるのですが、『ばあさん』 (2009)に続いて見応えのあるブリランテ・メンドーサ監督作品でした。今年日本で公開予定の『Captive』 (2012)はどうでしょうね? そちらがヒットして、この『汝の子宮』も公開されることを願っています。
Fiksi はジャンルとしては心理劇、サイコスリラーに近い展開があるのですが、ラストはエドワード・ヤンの「恐怖分子」のようでもあり、個人的に大好きな作品です。私見では私が今までに見たインドネシア映画のベスト5に入ります。
ただ本国ではちゃんと公開されるかどうか...エドウィン作品もそうですが、映画祭向けの映画はここでは観客と興行側の両方に忌避される傾向があります。インドネシアだけの問題ではないのでしょうが。
ちなみにモウリ・スルヤ監督はジャニーズの「嵐」の大ファンのようです。