『ノンストップ』に続いてまだまだあります、元気で面白い韓国映画。ただ、今回の『藁(わら)にもすがる獣たち』(2020)は、かなり複雑な構造になっていまして、サスペンス風味も満載で見応えた~っぷり。さらには、豪華な出演者たちの名演技でも酔わせられるという、超極上の作品となっています。まずは、作品のデータからどうぞ。
『藁にもすがる獣たち』 公式サイト
2020年/韓国/韓国語/109分/原題:지푸라기라도 잡고 싶은 짐승들/英語題:Beasts Clawing at Straws
監督・脚本:キム・ヨンフン
出演:チョン・ドヨン、チョン・ウソン、ペ・ソンウ、チョン・マンシク、
チン・ギョン、シン・ヒョンビン、チョン・ガラム、ユン・ヨジョン
原作:曽根圭介「藁にもすがる獣たち」(講談社、2011/講談社文庫、2013)
配給:クロックワークス
※2月19日(金)シネマート新宿ほか全国ロードショー
© 2020 MegaboxJoongAng PLUS M & B.A. ENTERTAINMENT CORPORATION, ALL RIGHTS RESERVED. ©曽根圭介/講談社
お話の始まりは、海に面したある地方都市の駅前から。駅前のホテルにあるサウナに、1人の男がやってきます。彼は、ルイヴィトンの大きなボストンバッグを提げていました。それをロッカーに押し込むと、男は外出します...。「第1章:借金」という表示が出た後、サウナを清掃していた中年の従業員ジュンマン(ペ・ソンウ)は、ロッカーをチェックしていて、ルイヴィトンのボストンバッグを見つけました。どうやら昨夜の客が、外出したままチェックアウト時間になっても戻ってこなかったようです。ふと中を開けてみると、札束がぎっしり。ともかく忘れ物として保管庫に入れたジュンマンでしたが、大いに気になりました。夜勤明けで帰宅してみると、認知症の進んだ母親(ユン・ヨジョン)がまた何かやらかした様子で、妻ヨンソン(チン・ギョン)が始末しています。母親は嫁ヨンソンを悪し様に言い、ジュンマンは気が滅入ります。ジュンマンの家は海鮮料理の食堂だったのですが、経営が行き詰まって今は閉鎖、ジュンマンと妻のパートで何とか暮らしを立てている状態でした。
© 2020 MegaboxJoongAng PLUS M & B.A. ENTERTAINMENT CORPORATION, ALL RIGHTS RESERVED. ©曽根圭介/講談社
ジュンマンの妻ヨンソンが掃除人として働いているのは、フェリーのターミナルでした。中国とを結ぶ国際航路があって、出入国審査官のカン・テヨン(チョン・ウソン)は中国語でも対応しながら、人々のパスポートをチェックしていきます。そこへ、ヤクザの親分パク社長(チョン・マンシク)から呼び出しが。テヨンはパク社長から多額の借金をしているのですが、それは元々、恋人チェ・ヨンヒの事業のために借りた金で、ヨンヒはそのまま姿を消してしまったのです。「1週間待ってくれ。アテがあるんだ」と言い逃れるテヨン。その言葉にウソがなかったことは、次の章「第2章:カモ」で判明します。テヨンはパク社長の部下デメキンを引き込んで、詐欺事件で追われている高校時代の同級生で、10億ウォン(約9千万円)の現金を持って逃亡中の男から、その金を奪う計画を立てていたのでした。その男はテヨンに、間もなくそちらに行くから国外逃亡させてほしい、と依頼して来たのです。
© 2020 MegaboxJoongAng PLUS M & B.A. ENTERTAINMENT CORPORATION, ALL RIGHTS RESERVED. ©曽根圭介/講談社
一方、クラブのホステスのミラン(シン・ヒョンビン)も借金返済のために働いている1人でした。勤め人の夫もいるのですが、ミランが金をだまし取られて大損をし、借金することになったようで、「お前の尻拭いさせやがって」と夫は帰宅するといつもミランに暴力をふるいます。そんな中、ミランは店の客で、中国から金を稼ぎにやってきた朝鮮族の青年ジンテ(チョン・ガラム)と出会い、夫に隠れて付き合い始めます。DVで全身に傷があるミランに同情し、ジンテは「そんな旦那、俺が始末してやる」と言い出すのですが...。
© 2020 MegaboxJoongAng PLUS M & B.A. ENTERTAINMENT CORPORATION, ALL RIGHTS RESERVED. ©曽根圭介/講談社
というわけで、これにチョン・ドヨンを加えた「獣たち」が、10億ウォンの現ナマを巡り、駆け引きや殺し合いを繰り広げる様子が描かれていきます。チョン・ドヨンがどこからどんな役で現れるかはご覧になってのお楽しみですが、上記のストーリーに続いて「第3章:食物連鎖」「第4章:サメ」「第5章:ラッキーストライク」「第6章:札束のバッグ」とお話が進展していくうちに、思いも掛けない展開が次から次へと続いて、見ている方は唖然、ボー然、口あんぐり。いやはや、何という面白くて残酷な作品であることよ、と、エンドロールが出るまでたっぷり楽しませてもらいました。この面白さ、実は日本の小説に基づいたもので、最初のデータにも書いたように、曽根圭介の「藁にもすがる獣たち」が原作になっているのです。もちろん細部はいろいろ変えてあるのですが、人物や構造はほぼ踏襲しているので、映画をご覧になる前に読んでしまうと、面白味が何割減かになるかも知れません。映画をご覧になったあとでお読みになることをお勧めします。
俳優陣はいずれも素晴らしく、特に大物4人がさすがの演技を見せてくれます。何だかやさぐれた演技が身につきすぎてきた感のあるチョン・ウソンは、下には横柄、上には卑屈、という小役人をちょうどいい加減で演じていて、やっぱり上手い、とうならされます。対するチョン・ドヨンは、存在感バリバリで、「ウソンよりドヨンを見なさいよ、あんたたち」という演技を見せてくれます(「チョン」の漢字はそれぞれ違うんですけどね)。しかも、1973年2月11日生まれのチョン・ドヨン、もう48歳だなんてとても思えない、小悪魔的でコケティッシュな女性を演じていて、舌を巻きます。こりゃー、どんな男でも手玉に取られてしまうよなあ、という感じです。
© 2020 MegaboxJoongAng PLUS M & B.A. ENTERTAINMENT CORPORATION, ALL RIGHTS RESERVED. ©曽根圭介/講談社
そして、いつもにも増して光るのがペ・ソンウの演技で、愚かしいけど頑固なこの男に、見ている方はだんだんと肩入れしたくなってしまうから不思議です。ジュンマン一家が「善」を感じさせてくれるからでしょうか。その一家のやっかい者、認知症の老母を演じるユン・ヨジョンもこれまたすごい演技です。いつも都会の洗練された老女を演じることが多いせいか、さびれた田舎のおばあさん役はちょっと気の毒な気もしたのですが、毒舌バンバンの気の強い老女を、イヤミにならずに演じて見せてくれるのはさすが。後半、彼女の勘が冴えるシーンがあり、思わず手を叩きたくなってしまいました。ラストシーンでは息子ジュンマンに、「生きていれば何とかなるもんだよ」と本作を締めくくるセリフを言ってくれるし、『ミナリ』でアカデミー賞助演女優賞にノミネートか、と騒がれているのもわかる演技力でした。
© 2020 MegaboxJoongAng PLUS M & B.A. ENTERTAINMENT CORPORATION, ALL RIGHTS RESERVED. ©曽根圭介/講談社
ただ見終わった後、それぞれの場面が時間軸で考えるとどうつながっているのか、ちょっと混乱してしまいます。シーンを全部書き出して、ここはフラッシュバックと言うべきか、と検証したいところですが、脚本も担当したキム・ヨンフン監督は、それらをつなげるちょっとしたヒントをあちこちに残しておいてくれます。冒頭で、ジュンマンが掃除する背後に流れるニュースの音声など、細部にも注意しながらぜひお楽しみ下さい。キム・ヨンフン監督、これが長編劇映画第1作とのことですが、なかなかの手腕ですね。最後に予告編を付けておきます。
『藁にもすがる獣たち』予告編