アジア映画巡礼

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是枝裕和監督作『ベイビー・ブローカー』の力強い「腕」

2022-06-18 | 韓国映画

是枝裕和監督の手になる韓国映画『ベイビー・ブローカー』が、来週、月24日(金)に公開となります。カンヌ国際映画祭でソン・ガンホが主演男優賞を受賞したことでも注目が集まっていますが、ソン・ガンホを筆頭に出演者全員が余韻を残す演技を見せてくれる作品で、見終わったあともいくつものシーンが心から離れません。ユーモアもちゃんと盛られていて、ラストも後味のいいものなのですが、思い出した瞬間にフッと心に痛みの針がささるようなシーンもあったのです。まずは、映画のデータと簡単なストーリーからご紹介して行きましょう。

©2022  ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED

『ベイビー・ブローカー』 公式サイト 
 2022年/韓国/韓国語/130分/原題:브로커/Broker
 監督:是枝裕和
 主演:ソン・ガンホ、カン・ドンウォン、ペ・ドゥナ、イ・ジウン、イ・ジュヨン
   提供:ギャガ、フジテレビジョン、AOI Pro.
 配給:ギャガ
6月24日(金)TOHOシネマズ 日比谷 他 全国ロードショー

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ある、激しく雨の降る夜。教会のネオンに導かれるように、黒いレインコートのフードを深く被った女性が、その屋根の下に入っていきます。「赤ちゃんポスト」の前に立った彼女が、レインコートの懐から取り出したのは、白いベビー服の赤ん坊。赤ん坊をそっと床に横たえると、彼女はまた雨の中に出ていき、教会から去って行きます。それを車の中から見つめていたのは2人の女性刑事―チーム長のアン・スジン刑事(ペ・ドゥナ)と部下のイ刑事(イ・ジュヨン)でした。2人は、「赤ちゃんポスト」に預けられた赤ん坊を秘かに売るブローカーがいる、という情報を調査するために、ずっと貼り込んでいたのです。チーム長はイ刑事に女性を尾行するよう指示したあと、自分は教会の土間に入って床に寝かされていた赤ん坊を抱き上げ、「赤ちゃんポスト」の扉を開けると、中のバスケットに寝かせたのでした。中の事務室ではそれを待っていたかのように、教会に付属する養護施設の職員ユン・ドンス(カン・ドンウォン)と、相棒のハ・サンヒョン(ソン・ガンホ)が赤ちゃんに付けられた置き手紙を取り上げます。「”ウソン、ごめんね。必ず迎えに来るから”だと」「こういのに限って、来ないんだよね」「ウソン、これから俺たちと幸せになろうな」この2人こそが、赤ん坊のブローカーなのでした。

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サンヒョンの本職はクリーニング業。赤ん坊を自宅に連れ帰ったサンヒョンは、刑事たちに尾行されていたとも知らずかいがいしく赤ん坊の世話をします。そんなサンヒョンを観察し、店の近くで張り込みを続行する2人の刑事。サンヒョンはクリーニングやアイロン掛けはもちろんのこと、ミシンを使ってのちょっとした繕いものもやってしまう器用な店主なのですが、どうやら借金を抱えているようです。それも、ヤ印の金融機関からの借金のようで、店にヤクザの2人組がやって来たりします。一方ドンスの働く施設には、昨夜赤ん坊を置き去りにした若い母親(イ・ジウン)が、決心をひるがえしたのか子供を返してほしいとやってきました。しかし記録にはそんな赤ん坊のことは載っておらず、もちろん施設の乳児室にも姿は見えないので、不審を覚えながらも母親は帰っていきます。ヤバそうな気配を察知したドンスは彼女のあとを付け、警察に電話する寸前で彼女に接触、サンヒョンのクリーニング店に連れて行きました。母親の名はソナ。「あんたたち、ブローカーでしょ」と見破ったソナは、赤ん坊を養父母に渡す現場に自分もついて行く、と言い張ります。こうして、赤ん坊の希望先へと向かう3人の旅が始まりますが、その彼らが乗ったクリーニング店のオンボロ・バンを、2人の刑事の乗る車がピタリと尾行していたのでした...。

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これが導入部なのですが、ここからして見どころ満点です。プレス資料によると、「赤ちゃんポスト」は、「様々な事情で育てられない赤ちゃんを匿名で預け入れることのできる窓口で、扉の奥に備えられた保育器に赤ちゃんを置き、扉を閉めるとロックがかかり、数分後にブザーが鳴って、駆けつけたスタッフが赤ちゃんを保護する仕組みになっている」そうです。日本では熊本県の慈恵病院にある「こうのとりのゆりかご」が知られていますが、韓国にも3カ所あるそうで、『ベイビー・ブローカー』では釜山の「赤ちゃんポスト」が登場します。最初見ていると、教会の「赤ちゃんポスト」の扉は少々わかりにくく、アン刑事が赤ん坊を床から抱き上げて扉を開けるのを見て、なるほど、そうやって入れるのか、とわかりました。母親のソナ(これも最初にサンヒョンらに名乗った名前で、実は...という展開が後にあるのですが)も、扉の開け方がわからず赤ん坊を床に置いたのでしょうか? 預けにきた人の顔や身元がわからないように工夫されているのですが、その他にも、予告編に登場するシーンのようにあららの証拠隠滅テクもあったりして、人のよさそうなサンヒョンとドンスがなかなかの知能犯であることが導入部で印象づけられます。

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その後、養父母を捜しての旅では、母親ソナのアッと驚く豹変ぶりが見られたりと、ここは韓国の観客がどよめいただろうなあ、と思うシーンもいくつか登場します。ソナ役のイ・ジウンはIU(アイユー)という歌手でもあるのですが、2008年9月に15歳で歌手デビューしたあと徐々に人気が出て、現在は「国民の妹」と呼ばれるほどの超人気歌手なのだとか。詳しく知りたい方は、日本版Wiki「IU」を見てみて下さいね。日本にもファンが多いようで、とても詳しくIUのことが記述されています。そのイ・ジウン、今回『ベイビー・ブローカー』を見た人が挙げるのが彼女の演技の素晴らしさで、これぞまさしく是枝マジックではないかと思います。是枝監督は『誰も知らない』(2004)で、これがデビュー作となった子役の柳楽優弥からあの切ない演技を引き出し、カンヌ国際映画祭で主演男優賞を獲得させましたが、今回も映画やドラマ出演の経験があるとは言え、歌手としての活動ばかりが評価されていたイ・ジウンを、女優として見事に開花させた感があります。特に、最初に登場した時のアイメイクが印象的で、観客の心をぐっと掴んでしまいます。上のイ・ジウンの顔と、Wiki「IU」の写真とを見比べると、印象が180度違うので、驚かれることでしょう。

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今回試写で拝見して、一番印象に残ったのは、カン・ドンウォン演じるドンスの「腕」でした。予告編で、イ・ジウンの紹介シーンに出てくるのがドンスの腕なのですが、これを見るたびに涙がにじみます。世間から、人々の偏見から彼女を守ってくれる、匿名性を作る「腕」。本作は、ユーモラスに「赤ちゃんブローカー業」を描くストーリーではあるのですが、実は途中から、鋭いナイフがストーリーを切り裂くような感じで、ある事件が侵入してきます。その事件の不穏な黒雲から、イ・ジウン演じるムン・ソヨン(こちらが本名)を守ってくれるのが、この「腕」のイメージと、それから彼らをずっと尾行していたペ・ドゥナ演じるチーム長で、それがホッと安心するラストへと繋がっていきます。『ベイビー・ブローカー』を是枝監督の「疑似家族もの」の系譜に入れることもできるでしょうが、「人は人によって救われる」という、人間信頼の物語として見ることも可能だと思います。

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今回、『野球少女』(2019)や『梨泰院クラス』(2020)のイ・ジュヨンが脇役に徹していたのはちょっともったいなかったですが、ほかにも、ドンスが育った養護施設の責任者の妻役で『三姉妹』(2020)の長姉役キム・ソニョンが出ていたりと、脇も堅実な演技の俳優たちが固めています。ゆったりとした気分で、この繊細な物語を楽しんでみて下さいね。最後に予告編を付けておきますので、カン・ドンウォンの「腕」をご確認下さい。『彼女を信じないで下さい』(2004)の頃はひょろんとしたお兄さんでしたが、あれからもう18年。『新 感染半島 ファイナル・ステージ』(2020)のようなアクション映画だけでなく、内面の演技が要求される本作でも、光る演技を見せられることを証明したカン・ドンウォンですが、さらにソン・ガンホのような味のある名優を目指してがんばってほしいものです。是枝監督が「役者は赤ちゃんまで含めて本当に見事です。役者を楽しめる映画なので、ぜひ堪能してほしいと思います」と言っていますので、どうぞお見逃しなく。

是枝裕和監督最新作『ベイビー・ブローカー』本予告 6月24日(金)日本公開【公式】

 


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