春の夕方に吹く風の色と香りは
どことなく
Z氏にいただいた
ミルクを、思い起こさせるのです。
Z氏に
いただいたミルクは
そう、何年前だったか、
うっかり手元がくるって
(ぼんやりしていたのですね。Z氏からのお便りを読み返していたもので)
こぼしてしまいました。
ミルクを入れていた
容器のガラスが
驚くくらい薄くて
テーブルに置いたとたん
ぱりんと、割れてしまったのです。
割れてしまって、その薄さに気づきました。
いつもながら、自分の気づきの遅さには、あきれ果てます。
それで
大量のミルクが家中に広がり、
木製の床やらテーブルやら家具やらが、すべてミルクだらけになりました。
いろいろと考えていました。こぼれる前。
ミルクのこと。
このミルクを使って
プリンを作ったり、ケーキを焼いたり
スープにしたり、
お酒にしたり、
もちろんそのまま飲んだり、
ミルクはたくさんあったので
たとえば、頭からミルクをかけてミルクシャンプーにしたり、
Z氏にも、温めたミルクで、シャワーを浴びてらもらおう、と思っていたのですが……
こぼれたミルクは
拭いても拭いても
なくならなくて
拭き続けて三年、五年、七年……
ずいぶんと年月が経ちました。
わたしの手には
すっかりミルクの色とにおいがしみついてしまいました。
ミルクのにおいしかしない手で
今もまだ床やテーブルを、ごしごしと磨いています。
なので
ほとんど毎日
ミルクを拭き取る布を
五枚以上は縫わないといけないんです。
忙しくしています。
Z氏は、その後
ミルク作りは、お辞めになったそうです。
消息は、わかりません。
-Mの日記より抜粋-
(Day dream帳)
「Z氏のミルク」fin.
Z氏へ
もしもいつか
あなたが
あの星にたどり着いて
春の風に吹かれることがあったなら
思い出して
どうか
ミルク牧場の日々のことを