しばらく前の話になります。狭い地域の中でお近くの方、探偵になったように、探してみてください。
2005年頃のことです。東京の東日本橋の近くのラーメン屋さんに入りました。そのお店はなんのへんてつもない小さな中華そばやというおもむきで、多分中国人の家族経営的な雰囲気のお店でした。開店してそう日が経っていなかったと思われます。壁にぶらさがる毛筆書きの定番のメニュー。通常のラーメンひととおりと、中華の定番メニューのえびのチリソースとか、牛肉とピーマンのいためとかが、中国語で順々に貼ってありました。ひとつひとつ読んでいくうちに、私の目はそのメニュー全体に、釘付けになってしまいました。たまに現れるひらがなの の などの字に不思議な特徴があったので、これは多分中国の方で日本語を普段書いていない方が書いたのであろうと推測できました。この漢字が何とすばらしいこと。どのメニューもどのメニューも掛け軸にして飾りたいほどの美しい字なのです。ラーメンを注文して食べる間、ずーっとそのメニューひとつひとつの字を鑑賞しました。
食べ終わってお店を出るときに、レジの若い男の子に聞いてみました。「壁のメニューはどなたが書いたのですか。」彼は、まだあまり流暢とはいえない日本語で答えてくれました。「うちのおじさんが書いた。」「へえ。すばらしい字ですね。ものすごい書です。」すると、彼は、教えてくれました。「中国の県で一等とった。」 そこで私はさらに突っ込み。「ええ?それではおじさんはお習字の先生なのですか?」彼答えて曰く、「建設現場で働いている。」そこで私。「そう。では、メニューを掛けかえるときがあったら絶対捨てないでね。今度もらいに来ます。」そう言って店を出たけれど、その後まだ一度もそのお店を訪ねていない。近くに住めるようであれば、おじさんの門を叩いて、弟子入りしたいくらいに私の好きな、おおらかな美しい字でした。
お近くの方、心当たりはありませんか。お店の名前も住所も忘れてしまって。もう一度行けば、まだそのお店があるかどうかわかるのですが。おじさんが元気にメニューを書き続けてくれていることを願います。中国のどの県かわからないし、中国のある県に一体何人くらい書の達人が居るのか想像もつきませんが、そこで一等をとったおじさん。美しい書を鑑賞させていただきありがとうございました。