きみの靴の中の砂

最後の文豪




「常設展示室と企画展示室を入れ換えたんですか?」
「はい。企画展にボリュームがある時だけ入れ換えるんです」と、僕の問いに学芸員の女性は答えた。
 とはいうものの、長年通っている世田谷文学館で、企画展示室の倍ほどの広さの常設展示室を企画展に明け渡すのに遭遇したのは、今回が初めてのことだった。
 こうして『松本清張生誕100年記念巡回展』は、彼が作家生活を長らく送った東京で華々しく始まった。これから来年一月まで、郡山、姫路、仙台、高知、それぞれの会場を巡回していく。

 没後、それほど時間を経ていないだけに、展示された資料は膨大である。
 特に興味をひかれたのは、『点と線』の手書きメモであった。元はと言えば、B6サイズの薄い小さな大学ノートに、極細の万年筆で、細かい文字が巧みなイラストと共に書き込まれていたものだ。その二十冊ほどが製本所によりオックスフォード・コンサイス辞書のように合本されていて、まさに第一級資料のオーラを発している。
 随分長い時間、それに見入る若い男性がいた-----恐らく創作する人なのだろう。その普通の読者らしからぬ食い付き方から、お互いに同好だということがわけなく知れる。

 人が作家を文豪と呼ぶとき、作品の『高い評価』と共に『極めて膨大な執筆量』がなくてはならない。
 芥川賞作家・松本清張は、日本文学史上、もしかしたら最後の文豪なのかもしれない。


FINIS
 

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