湘南腰越の高台に、今は空き家だが、かつては伯母が住んでいた古い木造の平家があって、庭木に混じり、二本の甘夏柑があった。
どんな経緯でそこに植わっているのかは伯母が亡くなってしまった今となっては聞きようもない。
その実の旬は五月なかばから四週間ほど。酸っぱいうえに外皮は厚く、種も多く、蜜柑のようには食べやすくない。
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ぼくとイチ子さんが茅ヶ崎に移り住んでこのかた、ゴールデンウィーク頃の天気の良い日を選んで掃除がてら出掛け、ついでに、馴染みの植木屋さんに頼んで作ってもらった三本足の木の脚立(地面が平坦でなくても動揺しないプロ仕様)を立て、その橙色の実を三十個ばかり収穫するのが恒例となっている。
生食することは稀で、大方はマーマレードに煮る。労働を考えればマーマレードは買ってきた方がコスパなのだが、市販品は、やたら甘過ぎて口に合わない。
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盛夏を迎える頃にイチ子さんが作ってくれるマーマレードのパイは、夏のフレッシュなパイとして、冷やした水菓子と双璧かも知れない。
十個程の大きな瓶詰になったマーマレードは飽きることもなく、毎年、年が暮れる頃までには残らず終わってしまう。
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さて、自宅に持ち帰った実はウッドデッキの藤棚の下で、昔、登山にいつも携えていたライヨールのナイフで皮を剝く。苦味が出ないように果汁は手絞り、スライスした外皮と果汁、それにペクチンと砂糖を加えて煮る。
工程のうち、高所の収穫など危険を伴うもの及び面倒臭いことは総てぼくの仕事、って誰が決めたんだろう。
キッチンから、
「サボらずに剝かなきゃダメよー」と声が聞こえる。