きみの靴の中の砂

「フランキー、やっと来たわよ」




 ヘレーヌ・ハンフ著『チャリング・クロス街84番地(84, CHARING CROSS ROAD)』の中公文庫版の初版が1984年刊だから、僕の持っている単行本は、それ以前の出版だろう。

 ニューヨークに暮らす、中年の女性シナリオ・ライター(イギリス文学好き)とロンドンにある古書店の律儀な番頭との間で交わされた、古書発注にまつわる、20年にもわたる往復書簡を軸に進行する回想録風の実話小説である。アメリカでは相当話題の原作だったらしく、後に芝居にもなり、映画化もされた。

 江藤淳が何の気まぐれから日本語訳したかは不明だが、当時、大して面白いとは思わなかった。だから、通読しただけで、今はその本も書庫のどこかに紛れてしまっている。
 しかし、後年、今度は僕の気まぐれから、1986年に製作された映画の DVD を入手した。そちらの方は滅法面白くて、今も年に一度は観る。ちょうど今夜、久し振りに観たところだった。

 ところで、調べてみたら、この映画、日本では劇場未公開なのには驚いた。その事情は不明だが、単行本発行後に、お決まりの文庫本が出て、それは、いまも増刷されているし、映画の DVD も中古市場なら、いまだ入手可能である。
 つまり、いつの間にかロングセラーになっていたようだ。

                            ***

 ある日、作家ヘレーヌが探してもらいたい古書のリストに添えて書いた手紙に、ロンドンの古書店街チャリング・クロス街84番地にあるマークス書店の番頭フランクも、本の納品請求書に添えて返信を書く。それをきっかけに、同じようなやり取りが続き、互いに相手を訪ねることもなく、20年が過ぎた頃、フランクの死をもってその文通は終わる。
 やっとチャリング・クロス街84番地を訪れたヘレーヌが、フランクの死後に閉店し、他の店に改装されようとしている、もとのマークス書店の店内で、彼女はフランクのイメージに話しかけるのだった。
「フランキー、やっと来たわよ」


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"84, Charing Cross Road"

                            ***

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"DON'T WORRY BABY"


 たった25マイルしか離れていなければ、前線に遮られでもしない限り、夕方のやさしい水色の空は同じはず。つまり、ニューヨークとロンドン程は、離れていないということだ。


FINIS
 

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