近所の元農家の庭先に、丈の高い柿の古木がある。 東京では旬は終わったが、成っていた実は巷のものより朱が深く、ちょうど柿右衛門の絵付けのようで、なかなか旨そうだった(子規が喜びそう)。 『枯れて軽くなった竹の物干し竿』さえあれば訳無く柿もぎ竿が作れるのだが、そんな竹竿からして最早町中では見当たらなくなってしまった。