文化遺産としての赤塚不二夫論 今明かされる赤塚ワールドの全貌

赤塚不二夫を文化遺産として遺すべく、赤塚ワールド全般について論及したブログです。主著「赤塚不二夫大先生を読む」ほか多数。

反戦漫画の秀作「イヤミ小隊突撃せよ」

2020-01-22 19:23:16 | 第2章

数ある長編版『おそ松』の中で異色と言えるのが戦記物で、「イヤミ小隊突撃せよ」(68年38号)は、戦時下にある南太平洋沿いの小さな離島という閉鎖的な環境を舞台に、戦争に運命を委ねられた兵士達との慟哭と深い傷痕を鮮烈に、そして篤実な筆致で描き切った反戦漫画の秀作だ。

イヤミ隊長率いる小隊が駐屯している小島に、米軍機が墜落したところからドラマは始まる。

米軍機から降り立った兵士は、まだあどけなさの残る少年兵で、重傷を負った彼は、従軍看護婦のトト子の治療を受け、その命を助けられる。

優しい心を持つ彼は、おそ松、チビ太、ハタ坊ら小隊の日本兵達とも次第に仲良くなってゆくが、軍人としての誇りと反米意識の強いダヨーンだけは、その輪に打ち解けられずにいた。

しかし、ある時、少年兵が肌身離さず持っている最愛の母親の写真を見たダヨーンは、情に絆され、彼もまた、交戦国間における軍人としての立場やナショナリズムの相克を超え、少年兵の辛い身の上を理解し、受容を示してゆく。

だが、そんな穏やかな安らぎは長くは続かなかった。

アメリカ軍は、日本本土に進撃して行く中、南太平洋上の島々を次々と攻略し、やがてイヤミ小隊が駐屯するこの島も、戦場の惨禍と化していった……。

太平洋戦争末期、日本軍が駐屯する孤島を舞台に日米双方の兵士達の葛藤を描いたこのエピソードは、前年(1967年)、コーネル・ワイルドによる企画、監督、主演で製作されたアメリカ映画『ビーチレッド戦記』を下敷きにしたものと思われる。

取り分け、爆雷を受け、島が米軍の駆逐艦に陥落されてゆくクライマックスは、読者に鬼気迫る緊迫感を陰影の深いリアリズムによってダイレクトに突き付けると同時に、重苦しい無情感を誘い、歴史の犯した過ちを痛ましいまでに浮き彫りにする出色のハイライトシーンと言えるだろう。

『おそ松くん』で描かれた戦記物は本作品一編のみだが、戦記映画は、赤塚にとって嗜好するジャンルの一つで、『第十七捕虜収容所』(監督・ビリー・ワイルダー/主演・ウィリアム・ホールデン)等、フェイバリットは枚挙に暇がない。

このような傑作を世に問えるのなら、他のジャンル同様、戦記をモチーフとしたエピソードを、『おそ松くん』においても、もっと描かれるべきであったと、返す返すも残念に思えてならない。