文化遺産としての赤塚不二夫論 今明かされる赤塚ワールドの全貌

赤塚不二夫を文化遺産として遺すべく、赤塚ワールド全般について論及したブログです。主著「赤塚不二夫大先生を読む」ほか多数。

父親としての微かな自覚から生まれた『たまねぎたまちゃん』 メルヘンティックな絵本的世界観の魅惑

2020-05-11 17:21:00 | 第3章

「小学一年生」のみだが、連載終了後『キカンポ元ちゃん』(「小学一年生」では『きかんぽ元ちゃん』と表記)は、登場するキャラクターが全て野菜とフルーツというヴァリアントなシチュエーションをモチーフにしながらも、たおやか且つメルヘンティックなデペイズマンを創出した秀作『たまねぎたまちゃん』(67年9月号~69年12月号)へとバトンタッチされる。

愛娘のりえ子の誕生をきっかけに芽生えた父親としての微かな自覚がモチベーションとなり、同時進行の赤塚ギャグ特有のラディカリズムを封印するとともに、幼い子供に夢と癒しを与えるフェアリーテイルを意識して描いたシリーズこそが、この『たまねぎたまちゃん』なのだ。

『たまねぎたまちゃん』には、赤塚の少年時代の甘苦い記憶の断片もまた、形を変えながら、ドラマの成立基盤としてアウトプットされ、その世界観へと挟み込まれている。

終戦後、満州から日本へと母親、弟妹と引き揚げてきた少年時代の赤塚を待ち構えていたものは、戦後間もない混乱を背景とした食料難という現実で、育ち盛りでありながらも、とても肉類や魚類などの生鮮食品を食する機会などなかったと、赤塚自身、後に述懐している。

そんな厳しい状況の中、赤塚は、母親が創意工夫を凝らして作った野菜料理の味が忘れられなかった。

戦後二〇余年、貧困と混乱の時代と別れを告げて久しい飽食の時代を迎え、インスタント時代へと移行していった頃、食べ物への好き嫌いを平気で口にするようになった児童が増えつつあった現状を肌で感じた赤塚が、本作を執筆するにあたり、そんな自身の喜びと物悲しさが入り交じった幼き日のノスタルジアを作品世界に投射したことは、成る程理解に難くない。

正義感溢れる元気いっぱいのたまねぎたまちゃんと、優しくて賢い、しっかり者のガールフレンド・とまとちゃんを中心に、ゆったりとした穏やかな性格のぼけなすくん、何処か天然ボケで、ひょうきん者のムードメーカーのさといもくん、意地悪だが、本当はみんなの輪の中に入りたくて仕方がないとんかりくん、いじめっ子のくり兄弟の六つ子などの友人達が繰り広げる、キャンプや運動会、クリスマスや雪合戦といった人間の子供社会の日常に准えたお祭り騒ぎのような光景は、お花畑に包まれた何処か西洋の長閑な郊外を思わせるその舞台設定を含め、心和む良質のユーモアと超自然化されたカラフルな装飾的イマージュを組み合わせた、ポップテイストいっぱいの絵本的世界観の魅力を湛えている。

しかしながら、明るくフレンドリーな子供同士の関係性をポジティブに露出することのみに偏るわけではなく、自身の悪ガキ時代のシビアな経験をテーマに据え、喧嘩や虐め、仲間外れといったネガティブに染まった心理状況から沸き起こる、ある意味、子供社会における永久不変な人間関係の縮図を、これから生きてゆくチビッ子達に然り気なくオブラートに包んで差し出している点も見逃せない。

このような側面から鑑みても、『たまねぎたまちゃん』もまた、明瞭なるコモンセンスに立脚した教訓性と、赤塚の記憶に刻まれた切実にして抜き差しならない幼児体験を重ね合わせ、人間的シンセリティーを称揚した、赤塚漫画としては珍しい、フェーブルの基礎理念に準ずる代表的な一作と言えるだろう。

『たまねぎたまちゃん』は、その後企画ページや読者の広場にも登場し、ソノシートも作られるなど、回を重ねるごとに、掲載誌「小学一年生」のメインキャラクターとしてその人気を不動のものとする。

そして、連載終了から三五年を経た2004年、けやき出版から、長女・りえ子の手による美麗な装丁で初めて単行本化され、愛蔵版として纏められた。

この時、フジテレビでアニメ化の企画が持ち上がっていたが、四半世紀も昔の、しかもマイナータイトルのシリーズ故、ヒットが期待されなかったのか、製作に応じるスポンサー企業を招集出来ず、実現の運びへと至らなかったことが至極残念だ。

因みに、たまちゃんのキャラクターは、デザインをほぼそのままに、連載終了から九年後の1978年、同じく「小学一年生」を発表媒体に『まめたん』(78年4月号~82年3月号他)というタイトルで再登場する。

『まめたん』の主人公・まめたんは、猫の背中でロデオが出来てしまう程小さな人間の男の子であり、そのまめたんと、彼を優しく見守るパパとママ、ガールフレンドのミヨちゃんとの良好で親密なハートの触れ合いを軸に、楽しい生活のドラマが廻り出す、マイルドなシットコムへと純化された。

短いスペースの中で、まめたんが巡る緩やかな、しかし好奇に満ちた日常をほのぼのとした筆致で綴った、比較的ロートル感漂うシリーズでありながらも、心の癒しに繋がる安心感を纏った捨て難き好編だ。

『まめたん』は、『たまねぎたまちゃん』のような野菜の国という仮想世界に物語設定を置いた童話的メルヘンではなく、横丁を舞台とする典型的な赤塚ギャグの空間構造を踏襲した幼年向けユーモア漫画である。

そのため、対象年齢を意識してか、『たまねぎたまちゃん』よりもドラマ、主題等の簡潔化が際立ち、毒気の溢れる破天荒なギャグに展開を委ねた、赤塚漫画ならではのドタバタテイストは影を潜めている。

しかしながら、それら一話一話のエピソードは、老練したテクニックにより、整合性の取れたドラマ的スタビリティーを誇り、『たまねぎたまちゃん』同様、別冊付録やカラーページに幾度となく登場。連載開始から一年後の79年には「小学二年生」でも繰り上げ連載されたほか、ホームグラウンドでの掲載期間も五年に及ぶロングランと相成るなど、『まめたん』もまた、「小学一年生」でそれなりの支持を獲得していたであろうことに疑問の余地はない。