
この、後年の主人公イリが回想し読者に語りかけるように各巻の本編の前後をサンドウィッチにしている《GENE[ゲーン]》シリーズは、私の知る限り珍しい形の小説ですね。
チャンシャン王国は後進国ゆえに劣等感を募らせ…分裂する前のセルゲ・ロッサ共和国(ロッサ共和国+セルゲ公国)は“無駄に高いプライド”ゆえに、後に真・天空帝国と名乗る、もう1つの天空帝国に君臨するチーイン王朝の…正確にはラカ・チーイン・チーインただ一人の命令による侵略に加担し、小さな島国の中でひっそりと終焉を迎えようとしたラーチョオ王朝の天空帝国を滅ぼし、王朝の末席に連なるイリはひとりぼっちになりました。
偉そうに自分たちを“必要悪”だと自惚れる人身売買の腐れ外道の集団である〈自由同盟〉に売られたイリを性奴として身請けし、〈理想の愛妾〉に育て上げるべく調教して夜伽の相手を命じ理想どおりに…いえ、それ以上に成長した〈第1位の愛妾〉イリを慈しんだ“お初の相手”にして養父エルネルト・ヤーゴ・レイダー公爵は、義母ゆえに報われぬ初恋の女性・藤壺の女院、その忘れえぬ面影の人に生き写しであり彼女の姪である紫の上を幼い頃に連れ去るように引き取り、〈理想の女性〉に育て上げ、妻とした光源氏のようですね。
そして、その死に様は叛乱により自ら城に火を放ち近習や妾妃達を道連れに命を絶ったサルダナパロス(サルダナパール)王を描いたアングルの名画《サルダナパロスの死》を思い起こさせます。しかし、サルダナパロス王の最期と異なるのはサルダナパロスは財宝や妾妃、馬etc…自分のモノは全て道連れにして、自分と共に燃やし尽くしたけれど、レイダー公はイリに黄金の騎士ミハイル&白銀の騎士サーシャを付けて、“死んではならない”と命じて落ち延びさせました。
自分ではヤンアーチェを憎んでいると思い込んでいたイリを愛するヤンアーチェと波乱万丈の果てに結ばれ、愛の結晶である子供を産み落とし、子を成す事も叶わぬ出来そこないの二形(ふたなり)と己を卑下していたイリを“幸福に包まれた光り輝く未来”へと導いたのは亡きレイダー公なのです しかし、憎しみを抱いたと思った“施し”を受けた時にフォーリン・ラヴ
という事は、イリは7歳のお子様に射落とされていたのですね
バルトは、生涯、イリの人生を見守り、その後見を続けるつもりでいた、などと自分で自分に言い訳をしているロクデナシです バルトは世界を救うのは俺だけだと自惚れた時に、“たかが一人の人間の運命など世界の命運の前には塵芥”だと、誰よりも許されぬ罪を犯したのです。
それにしても、五百香ノエルが書き忘れた、というか書ききれないと分かって書かずに逃げた…書き逃げの部分である、真・天空帝国の侵略に加担するようにユンヤミンを半ば脅迫した元凶の癖に“4年前、天空帝国ラーチョオ王朝が突然に征服され滅んだことは、いまでも気の毒に感じていますよ、イリ様”と天空帝国を侵略し残飯漁りをした宰相ラジャ・シン・ジュールの、初めて逢った時にイリにぶつけた暴言には呆れ果てました。
ラジャの補佐官でありイリを散々に利用した罪を償う気のない腐れ外道であるホークァンは、“受胎が可能でも自分達が滅ぼした“ラーチョオ王朝皇室の最後の生き残り”であるイリは“チャンシャンの罪の証”でもあり、先王ユンヤミンの腹上死やタオホン謀殺により存在を抹消した事も含め公にも王妃にも出来ないし、世継ぎの王子をイリが産んだとしても母子共に闇に葬り去るのがチャンシャンの為だ”と本気で考えていてラジャと共に実行したに違いなかったのに、どう改心したのでしょう サリア・ビキでさえも至尊の君(主君)ヤンアーチェの伴侶としては、認めがたく存在してはならない下賎の輩とイリを侮蔑し、チャンシャンが過去に犯したラーチョオ王朝殲滅の大罪を隠蔽する側に加担するのは明白だったのに、彼女の心に如何なる変化が生じて改心したのか
そこをきちんと書けなくてチョコチョコで完結させたのが、五百香ノエルの未熟と言えます。
画像は、ジャン・オーギュスト・ドミニク・アングルの《サルダナパロス(サルダナパール)の死》です。寝台の上のサルダナパロス王は優雅で堂々としていて冷厳で、これから死にゆくようには思えませんね。そんな姿が威風堂々にして退廃的なレイダー公にピッタリ!