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高智晟著『神とともに戦う』(7)新年
旧暦の12月27日、泣きくれて目の腫れも引かない母は、私を連れて出かけた。我が家のだれ一人として、母の行き先を聞こうとはしない。母に手を引かれ家を離れるとき、私は歩を進めるごとに振り返り、兄たちの表情をうかがった。あれは私にとって初めての、しかも一番の遠出であった。母は道中終始無言で、私の手を引いて歩いた。3時間ほど歩くと、我が家から10キロ余りの所にある西山という村に着いた。その村に入ると、母は私に「ここに目の不自由な伯母さんがいる。あんたの父さんは今年亡くなったばかりで、母さんもどう仕様もない。年越しに必要なものを伯母さんに借りられればいいのだけど」と話した。
しかし、これもほぼ無駄足に終わった。伯母さんは目が不自由で、一人息子も養子であった。彼らの貧乏ぶりは、我が家といい勝負だった。母と私が粥を頂いて立ち去ろうとしたとき、伯母さんのその不自由な目から涙がこぼれた。そして伯母さんは、母の顔と頭をそっとなでると、洞窟から大豆のもやしを一碗分、手探りで取り出して来て、母に手渡したのだった。
帰り道、私たちは、なかなか足が進まなかった。
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