前回は、
一人ぼっちであったアダムに、神様がハワ(イブ)という女性を
お創りになった話をしました。
こんにちは、ファーティマ松本です。
アダムは、ハワが現れるまでは一人でしたが、
彼女が現れてくれたおかげで、誰かが側にいてくれるようになりました。
きっとアダムは、イブ共々超ハッピーだったのではないでしょうか。
神様も二人に対し、こんな言葉をかけてくれました。
『アーダムよ、あなたとあなたの妻とはこの園に住み、どこでも望む所で、思う存分食べなさい。』(2-35)
いいですね。
どこでも思う存分食べていいなんて、最高ではないですか。
美味しいものを食べられるというのは、それだけで本当に幸せな事です。
そのうえ、天国の食べ物というのは、この地上の食べ物とは比べ物にならないほど美味しいそうです。
アダムとイブは、さぞや幸せだったのではないでしょうか。
しかし、神様は二人に一つだけ条件を出されました。
『だが、この木に近づいてはならない。不義を働く者になるであろうから。』(2-35)
天国というのは、とても広い所です。
そこには何千、何万本いえ、何兆憶本もの木があるはずです。
しかし、神様はその中のたった一本の木にだけは近づくなと仰いました。
さて、
ここで注目すべき点がいくつかあります。
まず第一に、
神様は「この木には、」と仰っている点です。
この、、というのですから、二人と神様はその木のすぐ近くにいるということでしょう。
「これだよ、これ。これを持っていくんだよ。」と、子供に話しているところを想像してみてください。
「これ、これ、分るよね、これだよ。これ以外じゃないよ。」
といった言い方をすれば、よほど年齢の低い子でなければ分かってくれるでしょう。
神様も、このように、はっきりと二人に言ったわけです。
「この木、この木」と。
間違わないように、ちゃんと理解されるように。
「この木に近づいてはいけない。」と、神様はおっしゃいましたが、
これってどう考えても、結構ラクな条件だと思いませんか。
何千、何万、いや何兆億とある木の中のうち、この木にだけは近づいてはいけない、というのですから
私にだって、結構簡単に攻略できそうなミッションのような気がします。
続いて注目すべき点、第2番目。
神様は二人に「近づいてはいけない。」と仰った事です。
そうです。
神様は二人に、この木の果実を食べてはいけないとは言っていないのです。
そうではなく、近づいてはいけないとおっしゃったのでした。
近づけば、、、そう、食べてしまうからですね。
私達が何かヤバイことをする時、大抵の場合は、少しづつ少しづつその悪いことに近づいていくものです。
不倫などが非常に分かりやすい例でしょう。
最初は、二人の関係はただ話す程度だったはずです。
それがそのうち一緒にお茶したり、食事をしてみたり、そして気が付いたら(なんだか知らないけれど)
いつの間にか一緒にどこかへ出かけたりすようになるわけです。
少しづつ、少しづつ、関係が親密になっていくわけですよね。
でも、もし最初から話なんてしなければ、不倫のような関係に発展するわけがなかった、、はずです。
まあ、しかし、日本のような男女が交じり合って生活をしている社会においては、
全く異性と話さないということは難しいかと思います。
しかし、それでも最初からヤバイことには近づかない、というのが何よりも大切な姿勢でしょう。
神様がアダムとイブに、この木にだけは近づくなと仰ったのは、
近づいてしまうと、最終的には食べることへと繋がっなってしまうからです。
食べないようにするには、最初から近づかないかないのが一番、ということです。
しかし、私達現代人の感覚では、「なんで木の実を食べることが悪事なの」って思うかもしれません。
私達なんて、もっともっと悪いこといっぱいやってますからね。
どうして、神様は二人に「この木」の果実を禁じられたのでしょうか。
それはあくまで「テスト」のためであった、と考えられます。
「テスト」そうです。
イスラム教において、この現世はテストをするためにあるのです。
この世は、まさしくテスト期間であります。
例えば、「これはやりましょう」と神様がおっしゃったことを、ちゃんとやるか。
反対に、「これはやっちゃだめですよ」というものを、やらないでいられるか。
また、今あるものに感謝できているか。
逆境に対しては、ちゃんと忍耐しているか。
そんなありとあらゆることを、神様は見ていらっしゃるわけです。
アダムとイブも私達同様人間ですから、ちゃんと神様が定めた決まりを守れるかどうかテストされたのでしょう。
しかしながら、神様が私達に「これこれはやってはいけないよ」と規制を与えられる事というのは、
実は非常に微々たるものなのです。
この地球上、ほとんど全ての事はオーケーなのです。
ほとんどの物を食べてもいいし、飲んでもいい。
ファッションもインテリアも、好きにしていい。
誰と結婚してもいい。
ただ、“それらに少しの例外というのが設けられている”に過ぎないのです。
ホーンのちょっとの事だけが、ダメとされているのです。
例えば、
食べ物であったら、地球上にある全ての食物を食べていいのです。
例外として、豚肉は食べてはいけないし、神様以外の名前が唱えられて堵殺された動物も食べてはいけない、ということです。
飲み物はアルコール以外であれば、なんでもオーケーです。
イスラム教徒は食べられる物が限られていて大変だと思われがちですが、実際はほぼ全てのものを食べて良いのです。
ただ例外がいくつかある、といったそんな程度の事なのです。
食べられる物の方が多くて、食べられない物の方が断然少ないわけですね。
ファッションも、隠さなければいけない場所が隠れていば、色も形も自由です。
結婚に関しても、カトリックのように、神に仕える者は結婚してはいけないなんて、そんなことは言っていません。
結婚は宗教の半分を占めると言われるほど、大切な事であり、かなり強く推奨されています。
でも、最近の風潮のように同性同士の結婚はもちろんダメですし、あとは異教徒との結婚も推奨されてはいません。
そーんな感じで、ほとんど全てのものはオーケー、全く問題なしというレベル。
だけど、ホーンの少しの例外があるよというのが、神様の決まりなのです。
神さんは、本当に優しくいらっしゃるのです。
アダムとイブ(ハワ)の話は、まだまだ続きます。
今日もお付き合いいただきましてありがとうございました。
みなさまに神様からの祝福がたくさんありますように!
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生きる気力を失っていた樹里の前に現れたのは、
サウジアラビアからの研修生、アハメッド。
アハメッドと同じ職場で働くうちに、樹里は今までとは
全く違う考え方というのがあることを知る。
幸せとは、
成功とは、
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そして、イスラム教とは?
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しかし、神様はその中のたった一本の木にだけは近づくなと仰いました。
さて、
ここで注目すべき点がいくつかあります。
まず第一に、
神様は「この木には、」と仰っている点です。
この、、というのですから、二人と神様はその木のすぐ近くにいるということでしょう。
「これだよ、これ。これを持っていくんだよ。」と、子供に話しているところを想像してみてください。
「これ、これ、分るよね、これだよ。これ以外じゃないよ。」
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神様も、このように、はっきりと二人に言ったわけです。
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間違わないように、ちゃんと理解されるように。
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これってどう考えても、結構ラクな条件だと思いませんか。
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そうです。
神様は二人に、この木の果実を食べてはいけないとは言っていないのです。
そうではなく、近づいてはいけないとおっしゃったのでした。
近づけば、、、そう、食べてしまうからですね。
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全く異性と話さないということは難しいかと思います。
しかし、それでも最初からヤバイことには近づかない、というのが何よりも大切な姿勢でしょう。
神様がアダムとイブに、この木にだけは近づくなと仰ったのは、
近づいてしまうと、最終的には食べることへと繋がっなってしまうからです。
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食べられる物の方が多くて、食べられない物の方が断然少ないわけですね。
ファッションも、隠さなければいけない場所が隠れていば、色も形も自由です。
結婚に関しても、カトリックのように、神に仕える者は結婚してはいけないなんて、そんなことは言っていません。
結婚は宗教の半分を占めると言われるほど、大切な事であり、かなり強く推奨されています。
でも、最近の風潮のように同性同士の結婚はもちろんダメですし、あとは異教徒との結婚も推奨されてはいません。
そーんな感じで、ほとんど全てのものはオーケー、全く問題なしというレベル。
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アダムとイブ(ハワ)の話は、まだまだ続きます。
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みなさまに神様からの祝福がたくさんありますように!
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生きる気力を失っていた樹里の前に現れたのは、
サウジアラビアからの研修生、アハメッド。
アハメッドと同じ職場で働くうちに、樹里は今までとは
全く違う考え方というのがあることを知る。
幸せとは、
成功とは、
お金とは、
そして、イスラム教とは?
人生というものを、今までと違った見方で見られるようになった樹里は、
一歩を踏み出せるようになるのでしょうか。
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あなたは何のために生まれ、何をして生きていけばいいのでしょう。
人生の目的は?
せっかく生まれてきたのです。
神様に守られた平和な現世を歩きたくはありませんか。
そして来世では、天国に入って
”永遠に” ”幸せ” に暮らしたくはありませんか。
方法はとてもシンプルです。
今まで知らなかったイスラム教に出会える本です。
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