そこに先日行ってきました。
その句碑のある場所は
『歴史の見える丘』。
ここには、
戦艦大和の供養塔もあるし
戦艦大和を建造した造船所も見えます。
戦艦大和を建造した造船所も見えます。
ここで世界最大の戦艦、大和が建造されています。
ちなみに、この『歴史の見える丘』については
供養塔のことしか書いてません。
この頃は俳句に全く興味なかったからなぁwww
あ。
この句碑のすぐ近くのバス停の停留所名は
【子規句碑前】
と、佐々木朗希もびっくりするくらいの、ど真ん中ストレート168km/hくらいのわかりやすい停留所名です。
本題に戻ります。
呉市内にある、正岡子規句碑。
ここでは最後の紹介となりますが、その句碑が
こちら。
ちょっとだけ角度変えてみた。
句は
"呉港"
呉かあらぬ春の裾山灯をともす
と、あります。
この句も、過去の句碑同様に、従軍記者として呉を訪れていた子規が詠んだ句とされています。
一般的に言われている句意は、夕暮れ時に川原石から休山(どちらも呉市の地名や山の名前)を見た時に詠んだ、と言われてます。
句碑そばにある解説板にもそんな感じで書かれてます。
でも、ここでオイラなりの句意です。
『場所こそ呉の港ではあるが、夕焼けはどこで見ても変わらぬ鮮やかなものだ』
『違うのは、友人を戦地へ送り出すと言う特別な日ということ。』
『数日後(ひょっとしたら翌日)に出兵する友よ。この呉の地の変わらぬ夕焼けをまた一緒に見よう。必ず帰ってこい!』
と言う、何かを覚悟しつつも、出兵する友人へ『必ず帰ってこい』という強い気持ちを込めて17音に託したのかな?と
そう思いました。
句の鑑賞は、人それぞれ色々あるし、詠んだ人しか本当の句意は分からない。
でも、その句に対し色々な鑑賞はあるはずです。
そんな風に、こうかな?こうじゃない?と色んな人が色んな鑑賞をしてくれると、詠み人は嬉しいんじゃないかと思います。
今回は特に、正岡子規が戦時中、しかも戦火真っ只中に詠んだ三句だったからこそ、オイラなりに
ありがとうございました!
あと、ここまで子規句碑シリーズにお付き合いしてくださった皆様に、心から感謝します。
ありがとうございました!!!
今回と、前回の記事に関しては、報告(メール)送るつもりないです。
した方がいいかな?(笑)
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