毎日が観光

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小野照崎神社

2005年07月06日 08時15分39秒 | 観光
通称下谷富士。毎年6月30日、7月1日にお山開きが行われます。雨の中7月1日に行ってきました。
 この地が上野と呼ばれるようになったきっかけには2通りの説があり、一般的には家康の家臣藤堂高虎にちなむ、という説が有名ですが、もう一つ小野篁にちなむ説もあります。この神社は小野篁を祀ってあり、後者が正しければ、いわば上野発祥の地と言ってもいいでしょう。


 夏の風物詩。茅輪くぐり。

 庚申塚もあり、青面金剛の碑もあります。
 この青面金剛を見ると、日本の宗教の複雑さを実感します。神道、民間信仰、仏教、陰陽五道、さらに道教までもが複雑に絡み合って庚申塚の青面金剛を形作っています(しかも聖アグネスと同じように漢字が似てるから、というすごい理由までも含んで)。
 こうした日本古来の伝統を、ばかげたことに明治政府は一様に否定し、神仏のシンクレティズムを認めず、急に神道にシフト、廃仏毀釈を行いました。富士山そのものを信仰の対象とする富士講も明治7年に禁止されます。富士山のお鉢巡りでの山名も改名されます(あまりにもばかげてるぞ、さっちょー)。


 しかし天気はあいにくの雨。下はぬかるみ、結構危ない登山となりました(いや、大げさじゃなく、本当。ずりずり滑るんですよ)。
 途中、何合目を記す碑があったり、岩にしめ縄がうってあったり、なかなか雰囲気が出ています。

またほこらも2つあり、たぶん食行身禄を祀ってあると思われるものがありました(七合目だし)。

 登っていると一人のお婆さんがやって来て登り始めました。危ないな、と思ったのですが、しゃんしゃんと登ってきます。
 「今日はあきらめようかと思ったんだけどね」とぼくに話しかけます。「あんたが登ってんのを見て、なにくそって思ってさ」
 文字では伝わらないかもしれませんが、しゃきしゃきっとした江戸弁。懐かしい。3年前に亡くなった神田の叔母のしゃべり方そっくり。
 しばらく頂上で話してました。80歳って言ってたけど、ほんとしゃんしゃんしてる。
 停車場でふるさとのなまりを聞いた啄木の気持ちを思い浮かべました。
コメント
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