ルアペフ山・トンガリロ山登頂記(9)ケテタヒ小屋を出発
2006年1月29日(日) その4
<<トンガリロクロッシング>>
私達は見晴らしの良いハイキング道をのんびりと下り,13:40にケテタヒ小屋に到着する。テラスの柵に腰掛けて小屋の様子をザッとスケッチする。どういう訳かボールペンのインクの出が悪くなり,紙に引っかかるので,線がかすれる。旨く書けないのでイライラする。ガサガサな絵になるのを承知で書きなぐる。ガイドが私の所に近寄ってきて,私のノートを覗き込む。
「・・・ほう・・なるほど! 上手いものだね・・・」
と感心する。私は恥ずかしくなる。
“I hope so・・・”
とか何とか言って,その場をごまかすが,もっとボールペンの調子が良いときにみてくださいと言いたくなる。
小屋に入口脇のベンチにはドッジさんが力無く座っている。その脇でドッジさんの旦那が,立ったまま,奥さんの様子を見るでもなく,見ないでもなく,何となく気遣っている。私は,この情景を見ながら,
「・・・良い夫婦だな~ぁ! 私もあやかりたい・・・」
と密かに思っている。
もっとも,ドッジさんの発する言葉は,本当は愛情深いのだろうが,かなり辛辣である。こんな良い旦那を,
「・・・頭は「重し」じゃないんだから,もっと使え~っ!」
と激励するそうである。
ドッジさんの旦那は,
「・・・何時もこれでやられるから,たまらないんですよ・・」
とニコニコ笑っている。やっぱりドッジさんの旦那は器が大きい。もし,私だったら,多分,売り言葉に買い言葉で,大がかりな夫婦喧嘩になってしまうだろう。
このドッジさんの秀逸な「頭は重しじゃない!」は,多分,2006年度の我がグループの流行語大賞になることは間違いないだろう。
「頭は重しじゃない!」の話を聞いていたビアンコ夫人が,
「私も,かなりきついことを旦那に言うけれども,そこまでは言わないわ・・」
と,おどろいたようなコメントをする。
ひるがえって我が家はどうだろう? 「年の功は亀の甲」。若い頃はまことに良く喧嘩したが,今はお互いの居所をわきまえている。だから,冷たい関係ながら,相手の城に踏み込むこともなく,お互いに勝手気ままな生活をしている・・・・「う~ん,,,これでよいのだろうか」。ドッジさんの秀逸な話を発端にして,私はこんなことをぼんやりと考えている。
「どうせ,我が家は,両方とも「オタンコナス」なんだから,中傷し合っても,互いに傷つくだけ。ならば,今の冷たい関係のままが一番良いのか・・・」
と自問自答する。
私の隣では,ビアンコ夫人旦那の消防署員が背中を丸めて,静かに,おだやかに座っている。一方,活動的なフクロウは辺りに見当たらない。どこに飛んでいったのだろうか。
私達は,ガイドの合図とともに,14:25にケテタヒ小屋を出発する。進行方向左から右へ流れるなだらかな傾斜をトラバースしながら先へ進む。すぐに深く掘れた道になる。両側に覆い被さるような土手と草花が続く,やがて進行方向右手の小高いところから白煙が立ち上っているのが見えるようになる(14:56)。ガイドの説明によると温泉だそうである。ただこの温泉は私有地の中にあるので近づけないとのことである。路傍には小さな白い花がビッシリと咲いた灌木が沢山自生している。とても可愛い花である。ときどき小さな赤い実をつけた草がある。ガイドから草の名前を聞いたが,すぐに忘れた。ガイドが小さな実をいくつか採って,私達に,
「食べてみな・・・」
と勧める。ガイドの脂ぎって分厚い手の平から,小さな赤い実を一つとって口に入れる。ほのかに甘い。
15:11,いつの間にか掘り割りのような道を通り過ぎて,見通しの良い道に変わっている。道路は極めて良く整備されている。見晴らしの良い道路をノンビリ,ゆったりと下る。道路の砂利の上には,目の粗い金網が敷き詰めてあって,滑らないように工夫されている。とても歩きやすい。2人のガイドが先頭を行く。その後にフクロウ,バーダー,私,大阪のTさんと続く。2人のガイドの内,スコッティさんは偉く太っている。太鼓腹を揺さぶりながら,先頭に立ってどんどんと先へ進む。もう1人のガイドの名前は忘れた。のっぽで痩せている。まるで「アボットとコステロ」のようである。後ろから歩きながら,「この2人を足して2で割れば丁度良いのに・・・」と下らないことを想像する。
15:14,ガイドがいきなり立ち止まる。すぐ後ろを歩いていたフクロウが,節路を振り返りながら,
「・・ガイドの羽が壊れたよ・・・」
という意味の分からない冗談を言う。
何事かと訝りながら様子を見ると,どうやらアボットさん(コステロかな? とにかくのっぽで痩せている方)が履いている登山靴の窟底,がいきなり剥がれて,パコパコしている。道端に座り込んで,応急処置をすることになる。
早速,大阪のTさんが,リュックからいろいろな品物を取りだして提供する。結局,Tさんが提供した黒い絶縁テープを靴にグルグルと巻きつけて,剥がれた靴底を固定する。
「・・・それにしても,この方,ガイドなのに,随分ボロい靴を履いているな・・・」
というのが私の率直な印象である。ローカットで何年も履きつぶしたような靴である。
5分ほどで修理が終わり,ふたたび歩き出す。
15:27頃,私達はいよいよ背の低い灌木帯に入る。この辺りから標高が下がるにつれて,周囲の樹林の高さがますます増して,15:32頃,ついに密林のような薄暗い樹林帯に入り込む。この辺りの標高は1025メートルである。やがて急な下り坂になる。木製の階段が現れ始める。
15:42,この階段の手前で立ち止まる。そして,皆が付いてきているかを確かめる。後ろから添乗員のSさんが,
「お1人が大分遅れています・・・」
と報告する。
遅れているのは酋長さんある。2~3分待っていると,顔をしかめた酋長さんが妙な足取りで現れる。どうやら靴擦れができたらしい。早速Tさんのリュックから絆創膏が出てくる。
どうやら,酋長さんは,事前に配布された旅行資料を良く見ずに,今回のニュージーランド山行を登山ではなく「簡単なトレッキング」と勝手に早合点したらしい。その結果,靴底が柔らかいローカットのハイキングシューズで参加してしまった。そのために,ザレた急坂を下っている内に右足の甲がすれて赤くなってしまったようである。明日からの登山が危ぶまれる。今回は,まだ皮膚が破れない内に,絆創膏で応急処置をすることができた。良かった! 私は心の中で,
「どうも,酋長さんは,危ないな。次回から,事前に良く説明書を読むように注意しなければ・・」
と思っている。
応急処置を終えて,再び,15:57に歩き出す。ここから急な木道を下ると,一層薄暗い密林の中に入り込む。少々薄気味悪いほど薄暗い。
16:02にストリーミングウオーター(Streaming Water)という小川の畔に出る。例の濃緑の看板が立っている。黄色い時でストリーミングウオーターと書いてある。何とも即物的な名称である。その下に「飲料水としては不適」と書いてある。多分,この辺りが火山地帯なので,いろいろな硫化物が水に溶け込んでいるのであろう。暫くの間,ザワザワと流れるせせらぎの音を聞きながら川に沿って下り続ける。
16:07,橋を渡る。ここの標高は約835メートルである。この辺りからなだらかな道になる。相変わらず濃い密林の中である。
16:10,小さな道が左に分岐している。ガイドが,
「・・・この道を入れ。滝があるから見てこい・・・」
という。フクロウ,バーダー,Tさん,私の早足組は,仰せの通り,左の小径に入り込む。少し急な坂をほんの20~30数メートル下ると,密林を分けるように流下する滝がある。それほど大きな滝ではないが,水がいくつかの岩を分けるようにざわざわと激しく流下している。さきほど見た温泉が水源地だという。そのためか,この滝の水は少し濁っているようである。
16:12,元の道に戻る。私達が滝を見に行っている間に,後続部隊が先へ行ってしまったのか,それとも,まだ後ろにいるのかが良く分からない。でも,ガイドの指示もあって,そのままトレッキングを続ける。
私達は,いよいよトレッキングルートの終点を目指して,最後の歩きしている。スコッティさんが,
「後,10分で終点だよ・・・「これ」が待っているよ・・・」
と言いながら,陽気にビールを飲むジェスチャーをする。再び「早く飲みたいよ!」というような,おどけた仕草をした後,「バイバイ」をする。そして,私達を置き去りにして,走り出してしまう。取り残された私達は,そのまま歩き続ける。
(第9話おわり)
2006年1月29日(日) その4
<<トンガリロクロッシング>>
私達は見晴らしの良いハイキング道をのんびりと下り,13:40にケテタヒ小屋に到着する。テラスの柵に腰掛けて小屋の様子をザッとスケッチする。どういう訳かボールペンのインクの出が悪くなり,紙に引っかかるので,線がかすれる。旨く書けないのでイライラする。ガサガサな絵になるのを承知で書きなぐる。ガイドが私の所に近寄ってきて,私のノートを覗き込む。
「・・・ほう・・なるほど! 上手いものだね・・・」
と感心する。私は恥ずかしくなる。
“I hope so・・・”
とか何とか言って,その場をごまかすが,もっとボールペンの調子が良いときにみてくださいと言いたくなる。
小屋に入口脇のベンチにはドッジさんが力無く座っている。その脇でドッジさんの旦那が,立ったまま,奥さんの様子を見るでもなく,見ないでもなく,何となく気遣っている。私は,この情景を見ながら,
「・・・良い夫婦だな~ぁ! 私もあやかりたい・・・」
と密かに思っている。
もっとも,ドッジさんの発する言葉は,本当は愛情深いのだろうが,かなり辛辣である。こんな良い旦那を,
「・・・頭は「重し」じゃないんだから,もっと使え~っ!」
と激励するそうである。
ドッジさんの旦那は,
「・・・何時もこれでやられるから,たまらないんですよ・・」
とニコニコ笑っている。やっぱりドッジさんの旦那は器が大きい。もし,私だったら,多分,売り言葉に買い言葉で,大がかりな夫婦喧嘩になってしまうだろう。
このドッジさんの秀逸な「頭は重しじゃない!」は,多分,2006年度の我がグループの流行語大賞になることは間違いないだろう。
「頭は重しじゃない!」の話を聞いていたビアンコ夫人が,
「私も,かなりきついことを旦那に言うけれども,そこまでは言わないわ・・」
と,おどろいたようなコメントをする。
ひるがえって我が家はどうだろう? 「年の功は亀の甲」。若い頃はまことに良く喧嘩したが,今はお互いの居所をわきまえている。だから,冷たい関係ながら,相手の城に踏み込むこともなく,お互いに勝手気ままな生活をしている・・・・「う~ん,,,これでよいのだろうか」。ドッジさんの秀逸な話を発端にして,私はこんなことをぼんやりと考えている。
「どうせ,我が家は,両方とも「オタンコナス」なんだから,中傷し合っても,互いに傷つくだけ。ならば,今の冷たい関係のままが一番良いのか・・・」
と自問自答する。
私の隣では,ビアンコ夫人旦那の消防署員が背中を丸めて,静かに,おだやかに座っている。一方,活動的なフクロウは辺りに見当たらない。どこに飛んでいったのだろうか。
私達は,ガイドの合図とともに,14:25にケテタヒ小屋を出発する。進行方向左から右へ流れるなだらかな傾斜をトラバースしながら先へ進む。すぐに深く掘れた道になる。両側に覆い被さるような土手と草花が続く,やがて進行方向右手の小高いところから白煙が立ち上っているのが見えるようになる(14:56)。ガイドの説明によると温泉だそうである。ただこの温泉は私有地の中にあるので近づけないとのことである。路傍には小さな白い花がビッシリと咲いた灌木が沢山自生している。とても可愛い花である。ときどき小さな赤い実をつけた草がある。ガイドから草の名前を聞いたが,すぐに忘れた。ガイドが小さな実をいくつか採って,私達に,
「食べてみな・・・」
と勧める。ガイドの脂ぎって分厚い手の平から,小さな赤い実を一つとって口に入れる。ほのかに甘い。
15:11,いつの間にか掘り割りのような道を通り過ぎて,見通しの良い道に変わっている。道路は極めて良く整備されている。見晴らしの良い道路をノンビリ,ゆったりと下る。道路の砂利の上には,目の粗い金網が敷き詰めてあって,滑らないように工夫されている。とても歩きやすい。2人のガイドが先頭を行く。その後にフクロウ,バーダー,私,大阪のTさんと続く。2人のガイドの内,スコッティさんは偉く太っている。太鼓腹を揺さぶりながら,先頭に立ってどんどんと先へ進む。もう1人のガイドの名前は忘れた。のっぽで痩せている。まるで「アボットとコステロ」のようである。後ろから歩きながら,「この2人を足して2で割れば丁度良いのに・・・」と下らないことを想像する。
15:14,ガイドがいきなり立ち止まる。すぐ後ろを歩いていたフクロウが,節路を振り返りながら,
「・・ガイドの羽が壊れたよ・・・」
という意味の分からない冗談を言う。
何事かと訝りながら様子を見ると,どうやらアボットさん(コステロかな? とにかくのっぽで痩せている方)が履いている登山靴の窟底,がいきなり剥がれて,パコパコしている。道端に座り込んで,応急処置をすることになる。
早速,大阪のTさんが,リュックからいろいろな品物を取りだして提供する。結局,Tさんが提供した黒い絶縁テープを靴にグルグルと巻きつけて,剥がれた靴底を固定する。
「・・・それにしても,この方,ガイドなのに,随分ボロい靴を履いているな・・・」
というのが私の率直な印象である。ローカットで何年も履きつぶしたような靴である。
5分ほどで修理が終わり,ふたたび歩き出す。
15:27頃,私達はいよいよ背の低い灌木帯に入る。この辺りから標高が下がるにつれて,周囲の樹林の高さがますます増して,15:32頃,ついに密林のような薄暗い樹林帯に入り込む。この辺りの標高は1025メートルである。やがて急な下り坂になる。木製の階段が現れ始める。
15:42,この階段の手前で立ち止まる。そして,皆が付いてきているかを確かめる。後ろから添乗員のSさんが,
「お1人が大分遅れています・・・」
と報告する。
遅れているのは酋長さんある。2~3分待っていると,顔をしかめた酋長さんが妙な足取りで現れる。どうやら靴擦れができたらしい。早速Tさんのリュックから絆創膏が出てくる。
どうやら,酋長さんは,事前に配布された旅行資料を良く見ずに,今回のニュージーランド山行を登山ではなく「簡単なトレッキング」と勝手に早合点したらしい。その結果,靴底が柔らかいローカットのハイキングシューズで参加してしまった。そのために,ザレた急坂を下っている内に右足の甲がすれて赤くなってしまったようである。明日からの登山が危ぶまれる。今回は,まだ皮膚が破れない内に,絆創膏で応急処置をすることができた。良かった! 私は心の中で,
「どうも,酋長さんは,危ないな。次回から,事前に良く説明書を読むように注意しなければ・・」
と思っている。
応急処置を終えて,再び,15:57に歩き出す。ここから急な木道を下ると,一層薄暗い密林の中に入り込む。少々薄気味悪いほど薄暗い。
16:02にストリーミングウオーター(Streaming Water)という小川の畔に出る。例の濃緑の看板が立っている。黄色い時でストリーミングウオーターと書いてある。何とも即物的な名称である。その下に「飲料水としては不適」と書いてある。多分,この辺りが火山地帯なので,いろいろな硫化物が水に溶け込んでいるのであろう。暫くの間,ザワザワと流れるせせらぎの音を聞きながら川に沿って下り続ける。
16:07,橋を渡る。ここの標高は約835メートルである。この辺りからなだらかな道になる。相変わらず濃い密林の中である。
16:10,小さな道が左に分岐している。ガイドが,
「・・・この道を入れ。滝があるから見てこい・・・」
という。フクロウ,バーダー,Tさん,私の早足組は,仰せの通り,左の小径に入り込む。少し急な坂をほんの20~30数メートル下ると,密林を分けるように流下する滝がある。それほど大きな滝ではないが,水がいくつかの岩を分けるようにざわざわと激しく流下している。さきほど見た温泉が水源地だという。そのためか,この滝の水は少し濁っているようである。
16:12,元の道に戻る。私達が滝を見に行っている間に,後続部隊が先へ行ってしまったのか,それとも,まだ後ろにいるのかが良く分からない。でも,ガイドの指示もあって,そのままトレッキングを続ける。
私達は,いよいよトレッキングルートの終点を目指して,最後の歩きしている。スコッティさんが,
「後,10分で終点だよ・・・「これ」が待っているよ・・・」
と言いながら,陽気にビールを飲むジェスチャーをする。再び「早く飲みたいよ!」というような,おどけた仕草をした後,「バイバイ」をする。そして,私達を置き去りにして,走り出してしまう。取り残された私達は,そのまま歩き続ける。
(第9話おわり)