<牡猫ムルを連想させるミー君>
閑話休題:牡猫ムル・健康診断・おいしいコーヒー
2009年12月20日(日) 晴
■尊仏山荘のネコは「牡猫ムル」か?
昨日(12月19日),久々に大倉尾根経由で塔ノ岳を往復した.そしてまた,久々に鎌倉十王岩の山知人,ジャイアン氏にもお会いできた.
塔ノ岳山頂の尊仏山荘で,小屋番のOさんに,炬燵から引っ張り出されたネコのミー君の寝ぼけ姿がとても可愛かった.
最近,尊仏山荘のネコに会うたびに,まだ高校生だった頃,読んだことのある『牡猫ムルの人生観』という本のことを思い出す.もともと文学少女だった姉が,どこからか仕入れてきた本である.
つい先頃,このブログでも,この本のことを数行書いたことがあるが,それ以来,どうもこの本が気になって仕方がない.そこで,『ウィキペディア』で,この本のことを調べてみた.もともと『ウィキペディア』の特性上,掲載されている記事を,何処まで信用して良いかという問題は残るが,ともかくその記事を転載する.
下記は『ウィキペディア』の記事である.
*******<ウィキペディアからの転載>********
牡猫ムルの人生観提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
検索 『牡猫ムルの人生観』2巻。表紙絵はホフマン自身によるもの。『牡猫ムルの人生観』(おすねこムルのじんせいかん、Lebensansichten des Kater Murr)は、E.T.A.ホフマンの長編小説。人語を解する猫ムルの回想録と、架空の音楽家クライスラーの伝記とを取り混ぜて構成する風刺的な小説である。
1819年に第1部、1821年に第2部が発表され、第3部も構想されていたが作者の死によって書かれないままとなった。
作品の冒頭ではE.T.A.ホフマンがムルの著作の「編集者」として、この著作の奇妙な構成について以下のように説明している。
教養ある猫ムルは自身の人生観を書き連ねる際、主人の蔵書からクライスラーの伝記を引っ張り出して勝手に引きちぎり、下敷きや吸い取り紙として使ってしまっていた。そして原稿を印刷する際、不注意な印刷者がムルの原稿とクライスラーの伝記とを混ぜてしまい、結果ムルの回想録はところどころにクライスラーの伝記が挟まっているような形になってしまった。ヨハンネス・クライスラーの伝記部分は概ねE.T.A.ホフマン自身の伝記として読めるものである。
ムルの記述とクライスラーの伝記は一見無関係に見えるが、クライスラーの恋愛事件とムルの恋愛とが照応しているという風にところどころに対応関係がある。なおホフマンは1818年から1821年の間ムルと名づけられた牡猫を実際に飼っており、1821年にムルが死んだ際には人間並みの「死亡通知」を友人たちに送付している。
日本語訳 [編集] • 牡猫ムルの人生観(上下巻)(秋山六郎兵衛訳、岩波文庫、1956年-1957年)•
牡猫ムルの人生観(創土社『ホフマン全集』7巻、深田甫訳、1972年)
牡猫ムルの人生観(上下巻)(石丸静雄訳、角川文庫、1989年)
******************************
■もう一度読み直すか
・・・と,まあ,こんな具合で,私の記憶違いで,前回,このブログで掲載した記事に若干の齟齬があるが,何れにしても,尊仏山荘のネコを頭の片隅に置いて,もう一度,読み直してみる価値がありそうである.
とは言いながら,生来,ぐうたらな私が,重い腰を持ち上げて,この本を入手して,読み直すのは,何時のことやら分からない.
<私と一緒に『牡猫ミーの人生観』でも執筆しようか>
2009年12月22日(火).快晴.
■気になる健康診断の結果
私は朝から落ち着かない.というのも,1週間前に受診した定期健康診断の結果を,今日,病院へ聞きに行く日だからである.つい数年前までは,病院とは全く縁がなかった私も,この所はさすがにあちこちが故障するので,随分と足繁く歯科医や医師の診断を仰ぐことが多くなった.
10時半頃,近くの病院を訪れる.例によって,待合室には,ご近所のお年寄りが全部集まってきたのかと勘違いするほど沢山のお年寄りが待っている.これは大分待たされるかなと覚悟する.
ところが,大抵の患者さんには付き添いがついているらしくて,1人の患者の診察が終わると,2人が居なくなる.
やがて,私の番になる.案外早く順番が回ってくる.
私は神妙な顔をして,医師の前の椅子に座る.
医師は「鎌倉市後期高齢者健診+生活機能評価健診票(75歳以上)」という恭しい名前の診断結果を私に渡す.
「・・・中性脂肪,コレステロール,γ-GTP,血糖値・・・等々は正常です.心電図も異常ありません.レントゲンを見ると肺はきれいです.ここが心臓です.心臓の上に丸く出っ張ったもの写っていますが,これは肺動脈かもしれません.もしそうなら動脈硬化が進んでいるのかもしれないな・・・動脈硬化の測定をしてみますか?」
そう言われてしまうと,私も気になるので,動脈硬化の測定を申し込む.結果的に連続3年間,動脈効果測定をすることになる.
すぐに順番が回ってくる.ABI検査(足関節・上腕血圧比)と,baPWV検査(脈波伝播速度)という2種類の検査のようである.
ベッドに横たわると,両手両足に血圧計のベルトが巻かれる.まるで両手両足を拘束されてしまったような錯覚に陥り不安である.やがてベルトが加圧される.やけに締め付けられるので,ますます怖くなる.
測定は,ほんの1分ほどで終わる.
再び医師に呼ばれる.
「・・・どちらの検査結果も正常です.心配ありません・・」
と有り難いご託宣である.私は,
「では,先ほどレントゲンに写っていたものは何なんでしょうか?」
と伺う.
「確かに,レントゲンには何か写っていましたね.でも,貴方の場合,過去3年間,ずっと正常.同じ値になってますね.大変良いことです.問題ありません」
私は「レントゲンに写っていたのは,結局,何だったのだろうか」と気になりながら,病院を後にする.
■やっぱり山は怖い
つい先日,富士山に登って遭難したKU氏が,事前に登山届をだしていなかったという報道を聞いて,唖然とする.
この私でさえ,年に50~60回も訪れている塔ノ岳に登るときには,毎回必ず登山届を出すようにしている.もっとも,ごく稀に,折角記入した登山届を出し忘れることもあるので,あまり大きなことは言えないが・・
今回のKU氏の事例に接し,やっぱり山は怖いなと再認識した次第である.
思い起こしてみると,ここ数年の間に,私が尊敬する山岳ガイドないしはベテラン登山家が4人も亡くなっている.北アルプス,マウントクックでそれぞれお一人ずつ,ペルーのブランか山脈でお二人である.
このような事例に接すると,塔ノ岳,鍋割山,浅間山などのように,平素から何回も登っていて,しかも登山者が多い山は別として,1人山行は止めようと思う.それに,厳冬期には,塔ノ岳以外の山は,ガイドなしでは近づかないことにしよう.ガイド付きでも冬山は中級以下の山に限定しようと固く決心する.
平素感じていることは,登山に関する限り,いくらベテランでも所詮,素人は素人.きちんと教育を受けているガイドとは,すべての面で雲泥の差がある.このことを,自称ベテランほど,再認識すべきだと思っている.
2009年12月24日(木).晴
■頑固な方
話題が変わるが,塔ノ岳を往復していると,時々「上からの目線」で,やたらと説教する人たちが,少なからず居られる.そんな方に限って,登山技術は自己流で,見るからに危なっかしい方が多いような気がする.まあ,他人のことを言えた義理ではないが・・・
自説を頑固に言い張ったり,他人の言うことなど,一切,聞く耳を持たなかったり,このような方と出くわすと,面倒くさがり屋の私は,ついつい,
「ああ,そうですか・・・」
と引き下がってしまう.
昨日のことを,ムシャクシャしながら思い出す.
昨日,塔ノ岳で,このほど1000回登頂を達成した「韋駄天のTさん」にお会いした.そのとき,
「・・・今度の目標は2000回ですか?」
とお聞きした.
「・・いえ,いえ,そこまでは・・・.お互いに細く長く行きましょう・・」
と言ってお別れした.
その帰途,たまたまご一緒した女性が,Tさんのことを話題にして,
「・・・Tさんは2000回登ってます・・」
という.
つい先ほど,ご本人とお会いして確かめたばかりの私は,
「・・1000回じゃないですか.先ほどご本人から伺いましたよ・・」
と,訂正しても,
「・・いえ,絶対に,2000回です・・」
と断言する.
何おか言わんや.こんな会話は馬鹿ばかしい.私は即座に,
「ああ,そうでしたか・・」
で,この話はお仕舞にする.
■美味しいコーヒーが飲みたい
あれこれしているうちに,瞬く間に午前中が過ぎる.
私は,プロが入れた美味しいコーヒーが堪らなく飲みたくなる.
コーヒーを飲むのを目的に,午後,鎌倉中央公園を通り抜けて,大船までブラブラと歩く.
途中,中央公園では,秋の名残の紅葉が残っている.公園の池の水に,真っ青な空が映っている.なんとも清々しい.平日のためか,公園には近所の人が数人いるだけでガランとしている.
公園から薬師寺跡を経由して,小袋谷の跨線橋を渡る.そして,足の向くまま鎌倉芸術館の前に到着する.芸術館に張り出してあるスケジュール表を何気なく見る.すると,結構,惹き付けられる出し物がいくつか並んでいる.どの出し物も,丁度,塔ノ岳を往復するのと同じぐらいの入場料がかかる.そうなると,塔ノ岳詣でを減らしてまでも,芸術館へ行こうとは思わない.
元鎌倉三越があった場所にオープンしたBook Offを見て回る.その後,大船の市街地を通り抜けて,ヤマダ電気に立ち寄る.
つい先日,新しいPCを購入したばかりなので,今更,買いたいものもないし,あっても,すぐに購入するだけの資金の余裕もない.それにもかかわらず,パソコンやデジカメの売り場を見回している内に,瞬く間に,時間が経ってしまう.
私は,当初の目的であったコーヒーを諦めて帰宅する.バカだな,私は・・・
こうして,また,貴重な一日が無駄になってしまった.反省!
<鎌倉中央公園上の池>
<鎌倉中央公園の枯れ葉>
(おわり)
「閑話休題」の前回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/c5ac8ec255ff5c3fc245329ec77c1e6b
「閑話休題」の次回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/9ae5dbdd23b3d440cdda432662b277e1
閑話休題:牡猫ムル・健康診断・おいしいコーヒー
2009年12月20日(日) 晴
■尊仏山荘のネコは「牡猫ムル」か?
昨日(12月19日),久々に大倉尾根経由で塔ノ岳を往復した.そしてまた,久々に鎌倉十王岩の山知人,ジャイアン氏にもお会いできた.
塔ノ岳山頂の尊仏山荘で,小屋番のOさんに,炬燵から引っ張り出されたネコのミー君の寝ぼけ姿がとても可愛かった.
最近,尊仏山荘のネコに会うたびに,まだ高校生だった頃,読んだことのある『牡猫ムルの人生観』という本のことを思い出す.もともと文学少女だった姉が,どこからか仕入れてきた本である.
つい先頃,このブログでも,この本のことを数行書いたことがあるが,それ以来,どうもこの本が気になって仕方がない.そこで,『ウィキペディア』で,この本のことを調べてみた.もともと『ウィキペディア』の特性上,掲載されている記事を,何処まで信用して良いかという問題は残るが,ともかくその記事を転載する.
下記は『ウィキペディア』の記事である.
*******<ウィキペディアからの転載>********
牡猫ムルの人生観提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
検索 『牡猫ムルの人生観』2巻。表紙絵はホフマン自身によるもの。『牡猫ムルの人生観』(おすねこムルのじんせいかん、Lebensansichten des Kater Murr)は、E.T.A.ホフマンの長編小説。人語を解する猫ムルの回想録と、架空の音楽家クライスラーの伝記とを取り混ぜて構成する風刺的な小説である。
1819年に第1部、1821年に第2部が発表され、第3部も構想されていたが作者の死によって書かれないままとなった。
作品の冒頭ではE.T.A.ホフマンがムルの著作の「編集者」として、この著作の奇妙な構成について以下のように説明している。
教養ある猫ムルは自身の人生観を書き連ねる際、主人の蔵書からクライスラーの伝記を引っ張り出して勝手に引きちぎり、下敷きや吸い取り紙として使ってしまっていた。そして原稿を印刷する際、不注意な印刷者がムルの原稿とクライスラーの伝記とを混ぜてしまい、結果ムルの回想録はところどころにクライスラーの伝記が挟まっているような形になってしまった。ヨハンネス・クライスラーの伝記部分は概ねE.T.A.ホフマン自身の伝記として読めるものである。
ムルの記述とクライスラーの伝記は一見無関係に見えるが、クライスラーの恋愛事件とムルの恋愛とが照応しているという風にところどころに対応関係がある。なおホフマンは1818年から1821年の間ムルと名づけられた牡猫を実際に飼っており、1821年にムルが死んだ際には人間並みの「死亡通知」を友人たちに送付している。
日本語訳 [編集] • 牡猫ムルの人生観(上下巻)(秋山六郎兵衛訳、岩波文庫、1956年-1957年)•
牡猫ムルの人生観(創土社『ホフマン全集』7巻、深田甫訳、1972年)
牡猫ムルの人生観(上下巻)(石丸静雄訳、角川文庫、1989年)
******************************
■もう一度読み直すか
・・・と,まあ,こんな具合で,私の記憶違いで,前回,このブログで掲載した記事に若干の齟齬があるが,何れにしても,尊仏山荘のネコを頭の片隅に置いて,もう一度,読み直してみる価値がありそうである.
とは言いながら,生来,ぐうたらな私が,重い腰を持ち上げて,この本を入手して,読み直すのは,何時のことやら分からない.
<私と一緒に『牡猫ミーの人生観』でも執筆しようか>
2009年12月22日(火).快晴.
■気になる健康診断の結果
私は朝から落ち着かない.というのも,1週間前に受診した定期健康診断の結果を,今日,病院へ聞きに行く日だからである.つい数年前までは,病院とは全く縁がなかった私も,この所はさすがにあちこちが故障するので,随分と足繁く歯科医や医師の診断を仰ぐことが多くなった.
10時半頃,近くの病院を訪れる.例によって,待合室には,ご近所のお年寄りが全部集まってきたのかと勘違いするほど沢山のお年寄りが待っている.これは大分待たされるかなと覚悟する.
ところが,大抵の患者さんには付き添いがついているらしくて,1人の患者の診察が終わると,2人が居なくなる.
やがて,私の番になる.案外早く順番が回ってくる.
私は神妙な顔をして,医師の前の椅子に座る.
医師は「鎌倉市後期高齢者健診+生活機能評価健診票(75歳以上)」という恭しい名前の診断結果を私に渡す.
「・・・中性脂肪,コレステロール,γ-GTP,血糖値・・・等々は正常です.心電図も異常ありません.レントゲンを見ると肺はきれいです.ここが心臓です.心臓の上に丸く出っ張ったもの写っていますが,これは肺動脈かもしれません.もしそうなら動脈硬化が進んでいるのかもしれないな・・・動脈硬化の測定をしてみますか?」
そう言われてしまうと,私も気になるので,動脈硬化の測定を申し込む.結果的に連続3年間,動脈効果測定をすることになる.
すぐに順番が回ってくる.ABI検査(足関節・上腕血圧比)と,baPWV検査(脈波伝播速度)という2種類の検査のようである.
ベッドに横たわると,両手両足に血圧計のベルトが巻かれる.まるで両手両足を拘束されてしまったような錯覚に陥り不安である.やがてベルトが加圧される.やけに締め付けられるので,ますます怖くなる.
測定は,ほんの1分ほどで終わる.
再び医師に呼ばれる.
「・・・どちらの検査結果も正常です.心配ありません・・」
と有り難いご託宣である.私は,
「では,先ほどレントゲンに写っていたものは何なんでしょうか?」
と伺う.
「確かに,レントゲンには何か写っていましたね.でも,貴方の場合,過去3年間,ずっと正常.同じ値になってますね.大変良いことです.問題ありません」
私は「レントゲンに写っていたのは,結局,何だったのだろうか」と気になりながら,病院を後にする.
■やっぱり山は怖い
つい先日,富士山に登って遭難したKU氏が,事前に登山届をだしていなかったという報道を聞いて,唖然とする.
この私でさえ,年に50~60回も訪れている塔ノ岳に登るときには,毎回必ず登山届を出すようにしている.もっとも,ごく稀に,折角記入した登山届を出し忘れることもあるので,あまり大きなことは言えないが・・
今回のKU氏の事例に接し,やっぱり山は怖いなと再認識した次第である.
思い起こしてみると,ここ数年の間に,私が尊敬する山岳ガイドないしはベテラン登山家が4人も亡くなっている.北アルプス,マウントクックでそれぞれお一人ずつ,ペルーのブランか山脈でお二人である.
このような事例に接すると,塔ノ岳,鍋割山,浅間山などのように,平素から何回も登っていて,しかも登山者が多い山は別として,1人山行は止めようと思う.それに,厳冬期には,塔ノ岳以外の山は,ガイドなしでは近づかないことにしよう.ガイド付きでも冬山は中級以下の山に限定しようと固く決心する.
平素感じていることは,登山に関する限り,いくらベテランでも所詮,素人は素人.きちんと教育を受けているガイドとは,すべての面で雲泥の差がある.このことを,自称ベテランほど,再認識すべきだと思っている.
2009年12月24日(木).晴
■頑固な方
話題が変わるが,塔ノ岳を往復していると,時々「上からの目線」で,やたらと説教する人たちが,少なからず居られる.そんな方に限って,登山技術は自己流で,見るからに危なっかしい方が多いような気がする.まあ,他人のことを言えた義理ではないが・・・
自説を頑固に言い張ったり,他人の言うことなど,一切,聞く耳を持たなかったり,このような方と出くわすと,面倒くさがり屋の私は,ついつい,
「ああ,そうですか・・・」
と引き下がってしまう.
昨日のことを,ムシャクシャしながら思い出す.
昨日,塔ノ岳で,このほど1000回登頂を達成した「韋駄天のTさん」にお会いした.そのとき,
「・・・今度の目標は2000回ですか?」
とお聞きした.
「・・いえ,いえ,そこまでは・・・.お互いに細く長く行きましょう・・」
と言ってお別れした.
その帰途,たまたまご一緒した女性が,Tさんのことを話題にして,
「・・・Tさんは2000回登ってます・・」
という.
つい先ほど,ご本人とお会いして確かめたばかりの私は,
「・・1000回じゃないですか.先ほどご本人から伺いましたよ・・」
と,訂正しても,
「・・いえ,絶対に,2000回です・・」
と断言する.
何おか言わんや.こんな会話は馬鹿ばかしい.私は即座に,
「ああ,そうでしたか・・」
で,この話はお仕舞にする.
■美味しいコーヒーが飲みたい
あれこれしているうちに,瞬く間に午前中が過ぎる.
私は,プロが入れた美味しいコーヒーが堪らなく飲みたくなる.
コーヒーを飲むのを目的に,午後,鎌倉中央公園を通り抜けて,大船までブラブラと歩く.
途中,中央公園では,秋の名残の紅葉が残っている.公園の池の水に,真っ青な空が映っている.なんとも清々しい.平日のためか,公園には近所の人が数人いるだけでガランとしている.
公園から薬師寺跡を経由して,小袋谷の跨線橋を渡る.そして,足の向くまま鎌倉芸術館の前に到着する.芸術館に張り出してあるスケジュール表を何気なく見る.すると,結構,惹き付けられる出し物がいくつか並んでいる.どの出し物も,丁度,塔ノ岳を往復するのと同じぐらいの入場料がかかる.そうなると,塔ノ岳詣でを減らしてまでも,芸術館へ行こうとは思わない.
元鎌倉三越があった場所にオープンしたBook Offを見て回る.その後,大船の市街地を通り抜けて,ヤマダ電気に立ち寄る.
つい先日,新しいPCを購入したばかりなので,今更,買いたいものもないし,あっても,すぐに購入するだけの資金の余裕もない.それにもかかわらず,パソコンやデジカメの売り場を見回している内に,瞬く間に,時間が経ってしまう.
私は,当初の目的であったコーヒーを諦めて帰宅する.バカだな,私は・・・
こうして,また,貴重な一日が無駄になってしまった.反省!
<鎌倉中央公園上の池>
<鎌倉中央公園の枯れ葉>
(おわり)
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