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<長閑な散策路>
鎌倉:梅香る深沢・鎌倉山巡り
(単独散策)
2009年1月27日(火)
*****************************
早いもので,このブログを書いている今日(1月29日)は,もう1月も押し迫っている.アッという間に,もうすぐ2月になる.光陰矢の如しというが,年を取れば取るほど,月日の経つのが,やけに早く感じるようになる.
今日は,後期高齢者の保険料を支払うために,自宅から源氏山公園を越えて,鎌倉駅近くの銀行まででかけた.その序でに,少し足を延ばして,安養院,妙法寺,安国論寺,上行寺,辻の薬師,元八幡宮,鎌倉駅,源氏山公園,葛原ヶ岡神社,鎌倉中央公園を,ぐるり一回りしてきた.
源氏山公園で,バッタリ,仙人に会う.仙人は,私に,
「・・・今日は医者にいった帰りに,裏大仏ハイキングコースを一回りしていました・・・」
と挨拶する.
「大分,ご無沙汰していますが,お元気ですか・・・」
「まあ,元気は元気ですが・・・このところ,めっきり体力が弱くなりましたよ・・・出掛けるのが億劫になって・・・」
「私も同じですよ.ここ1週間ばかり,塔ノ岳へ行っていませんよ・・・朝起きて,曇っていると,もう,出掛ける気にならないんです・・・結局,何だかんだと天候のせいにしていますが,本当は出掛けるのが億劫なんですね・・・年を取ると,どうしても家に籠もりたくなりますね・・」
二人で雑談をしていると,どこからともなく,野良猫が数匹,足許に近づいてくる.
「ところで,来週のご予定は・・・」
と仙人に聞く.
「月曜日は先約がありますが,後は空いています・・・どこかへ行きますか?」
「じゃ~あ・・・天気を見計らって,三浦アルプスにでも行きますか.そろそろ三浦梅林も見頃かもしれませんね・・」
「そういえば,この頃,鎌倉の西の方へは,あまり行っていませんね・・」
「実は,つい先日,私1人で,深沢から江ノ島道を通って,鎖大師,鎌倉山周辺をブラブラしてきましたよ.鎖大師から鎌倉山に抜ける尾根道は,梅が沢山咲いていて,えらく綺麗でしたよ・・・いっそのこと,山旅のIさんのグループを誘って,山崎,深沢,西鎌倉辺りを一回りするのも良いですね・・」
私達は,30分ほど雑談をした後,仙人は銭洗弁天経由で浄明寺に自宅へ,そして,私は葛原ヶ岡神社,鎌倉中央公園経由で自宅へ戻った.
仙人に説明した深沢から江ノ島道をブラブラした1月27日の経緯は,以下の通である.
******************************
<ハイキング地図>
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<プロフィールマップ>
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■どこへ行こうか?
2009年1月27日(火).曇時々薄日 後になってみると,今日,27日は,絶対に塔ノ岳に登っておくべきだった.でも,あの時は,水曜日のご常連,ヤマカガシ氏に会いたかったので,翌,28日,水曜日に塔ノ岳へ行くつもりでいた.ところが,水曜日の予報が,朝の内に雨が残っただけでなく,終日,曇時々小雨に変わってしまった.残念.
27日は,午前中は,しおらしくデスクワークをしていたが,午後になると,どうしても散歩をしたくなる.そこで,昼食後,兎に角,何処でも良いから,2~3時間ほど歩いてこようと思う.
昼食を終えて,12時50分頃,小さなノートとデジカメだけを持って,とにかく家を出る.玄関先で,早速,「何処を歩こうか・・」と迷う.取りあえずは山ノ内に向けて歩き始める.しかし,50メートルほど歩いたときに,先週,毎日のように北鎌倉まで歩いていたことを思い出す.途端に,そっちの方はもう沢山という気分になる.即座に,今来た道を引き返す.
成り行きで,モノレール湘南深沢駅の方を目指して,谷を降りていく.途中,円覚寺の末寺,大慶寺を通過する.ここまで来ても,まだ,これからどこを散策するか迷っている.その内に等覚寺の前も通過してしまう.成り行きでバス停深沢に到着する.
ここまで来たときに,そうだ,深沢地区の史跡や青蓮寺辺りの長閑な散策路を一回りしようかと,漸くどこを廻るかが決まる.
■州崎古戦場碑
湘南モノレール深沢駅から,モノレール下の道を大船方面に向けて歩き出す.この道は大船から江ノ島に抜ける幹線道路である.そのために自動車やバスの往来がとても多い.道端をへばり付くようにして,自動車を避けながら,湘南町屋駅方面に続く坂道を登る.数分登った左側に「州崎古戦場跡」と書いた石碑がある.何の変哲もない土手下に,この碑が立っている.
ここは,昔の州崎郷という村だった.
1333年(元弘3年),新田義貞は,大群を率いて,ここに進出してきた.迎え撃つ幕府軍は,赤崎守時を大勝とする6万人の兵士で戦ったが敗退する.そして,幕府軍は葛原ヶ岡に敗走する.そして,新田郡は一気に鎌倉へ攻め入った.
今,この辺りは何の変哲もない鎌倉郊外の一角である.私が立っている頭上を,時折,思い出したように,湘南モノレールの電車が通り過ぎる.今はもう,この辺りで数万人もの大群が戦死したなどとは信じられないほど,長閑な風景が広がっている.
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<州崎古戦場> <古戦場近くの深沢>
■泣き塔
再び往路を戻る.深沢駅手前で右折して,鎌倉市営深沢住宅に隣接する運動場に入る.ここは,つい最近まで,JR東日本大船工場の敷地だった所である.
広場を奥まで進むと,広場の北側に,金網の柵で囲まれた小山がある.その山の中腹に大きなヤグラが掘られている.そのヤグラの前に立派な宝篋印塔が1基,さらにヤグラの中に数基の五輪の塔がある.以前,金網の中まで入って見学したことがあるが,今回は金網越しに眺めるだけで我慢する.
この宝篋印塔は「泣き塔(なきとう)」と呼ばれている.これらは州崎合戦戦死者の供養塔であろうと言われている(鎌倉市教育研究所,2000b,pp.180-181).その昔,この塔を青蓮寺に移設した所,夜な夜な泣き声が聞こえたので,また元の場所に戻したという.
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<梅が綺麗な泣き塔とヤグラ>
■椿地蔵
再び湘南深沢駅に戻る.そのまま湘南モノレール下の道を南へ進んで,県道藤沢鎌倉線に突き当たる.県道を右折して藤沢方面に進む.5分ほどで細い路地との交差点に小さなお堂が建っているのが見える.このお堂の中に椿地蔵が安置されている.手広交差点のすこし手前である.
お堂の脇には「右くさり大師をへて江ノ嶋に至る 左かまくらみち」と刻んだ江ノ島道の道標がある.この道標は1809年(文化6年)に建てられたものである.
なお,この地蔵は,以前,もう少し西の鎌倉街道に面した椿の木の下にあったというこの地蔵は別名「いぼ地蔵」とも呼ばれ,大豆で作った数珠を備えてお祈りすると,いぼが取れるという言い伝えがある(鎌倉市教育研究所,2000b,pp.222-223).
お堂の脇には「弘法大師一千年御忌供養塔」が建っている.
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■青蓮寺
椿地蔵から,旧江ノ島道を辿って南へ向かう.閑静な住宅地である.やがて,江ノ島道は低い尾根に突き当たる.ここで右折すると大船江ノ島線のバス道路に出る.その途端に絶え間なく往来する自動車の騒音が激しくなる.
自動車が激しく往来する自動車道を,わざわざ横断して青蓮寺を拝観する気にもなれないので,道路を挟んで遠くから境内を見ただけで青蓮寺を通過する.本堂前の梅が綺麗に咲いている.本堂の屋根と梅が,何とも言えない日本的な情緒を生み出している.
飯盛山仁王院青蓮寺は真言宗の寺である.開山は空海.昔は30近い末寺があって,江ノ島界隈の寺も,以前はこの寺の末寺だったと伝えられる(鎌倉市教育研究所,200b,pp.223-224).
■謎の切通
青蓮寺を眺めながら,やや急な登り坂を進む.青蓮寺の反対側の路壁はコンクリートで防護された高い崖になっている.安全のために止むを得ないが,コンクリートで塗り固められた崖は,残念ながら無粋.
崖を登り切った辺りから鋭角に左折して,台地の中を進む小径に入る.なだらかな坂を少し登ると,今は通行禁止になっている切通が見える.狭いせまい通路の両側は,ほぼ垂直に切り立った断崖になっている.この切通の由来は,十分調べたことはないが,それほど昔に掘られたたものではないことだけは確かなようである.
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■のどかな散策路
畠の中の一本道を東へ進む.途中から左に分岐する踏み跡のような小径に入り込む.鎌倉山につながる尾根に沿って,小径はくねくねと続く.木立や畠の間を縫うように進む素晴らしい散歩道である.
道端の何カ所かに,庚申塔が立っている.ここも,多分,巡礼道だったのかもしれない. 5分ほど進むと,小径が二股に分かれる.ここを訪れるのは,かれこれ数年ぶりのことである.従って,この辺りの記憶が薄れているので,確認のために,左手の下り坂を降りてみる.ほとんど通行する人もないらしくて,落ち葉がうずたかく積もっている.
落ち葉をかき分けながら急な堀割の道を下ると,やがて粗末な階段道になる.道路の両側には,ポツポツと墓がある.階段を降りきると,青蓮寺近くの江ノ島道に出る.
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■見頃な梅を愛でながら・・
再び,この階段道を尾根まで登り返す.
また,尾根道の続きを歩く.相変わらず畠や原っぱが続く長閑な雰囲気で,歩いていても気持がよい.進行方向右手には,沢山の梅の木が満開を迎えている.遠景に丹沢の山々が見えている.
暫く進むと,小径はまた二手に分かれる.まずは枝道と思われる左の道を進む.この道は,すぐに送電鉄塔に突き当たって終わりになる.傍らの梅の木が見頃を迎えている.
これまで,誰にも会わずに1人で散策してきたが,突然,前方から二人連れの方と鉢合わせになる.
「・・あら,今日は,梅が綺麗ですね・・・」
と奥さんが私に話しかける.
「これはどうも・・・今日は,あいにくの天気ですが,梅が綺麗で良いですね」
と訳の分からない返事をする.
元の道に戻って,先へ進む.また小径は二股に分かれる.右手の道を進むと,両側が畠になり,その先は行き止まりになる.また,今来た道を引き返して,左手の道に入る.道を進むに連れて,次第に高度を上げ,戦道山(標高83m)の山頂辺りを目指して歩き続ける.道の両側には,こんもりと盛り上がるように鬱蒼とした林になる.
鎌倉にもこんなに素晴らしい散策路があったんだと再認識させられる.どうやら鎌倉山の近くまで来ているようである.そのとき,大きな犬を連れた女性とすれ違う.
「・・今日は,どうもすみません・・」
と言いながら,犬を小径の片隅に押し込んで,私が通り過ぎるのを待っている.
「どうもありがとうございます・・」
と挨拶しながらすれ違う.
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■大塚山遺跡から鎌倉山へ
やがて,小径の散策路が終わって,突然,鎌倉山4丁目11番付近の住宅地に飛び出る.
飛び出た所で,道路工事をしている.私がいきなり小径から飛びだしてきたので,工事をしている人が慌てながら,私が通る道を確保してくれる.ここから住宅地内の細い階段を下り,道なりに進む.そして,すぐに鎌倉山ロータリーにあるバス停鎌倉山に到着する.
この辺りには大塚山遺跡がある筈である.大塚山は,戦道山の別名か,あるいは戦道山の至近にある山のことか,私にはよく分からないが,私有地の中に古墳のようなものが,外から見える.この辺りの民家の庭から,縄文式土器や鏃(やじり)が出土したと言われる.かつては,山頂に大神宮が祀られていたという(小林,1994,p.164).
■笛田川に沿って深沢へ
鎌倉山ロータリーで,私はどちらへ行こうかと迷う.このまま鎌倉山のバス道を歩いて,夫婦池から仏行寺の源太塚を経由するのも良いなと思ったが,延々とバス道を歩くのも気後れする.
そこで,私は枝道を辿って,笛田萩郷の谷戸に降りることにする.鎌倉山の高台から,細くてくねくねした道を一気に下り,笛田川に沿って北上する谷戸道に出る.この道は,鎌倉山から夫婦池を経由して深沢方面に出る生活道路である.そのために,地元の方々が沢山歩いている.
この道をノンビリと歩いて,15時頃,今日の散策の起点である湘南モノレールの湘南深沢駅に到着する.
[ラップタイム]
13:00 湘南モノレール湘南深沢駅歩き出し
13:02 州崎古戦場跡
13:07 泣き塔
13:33 椿地蔵
13:43 青蓮寺
13:48 切通
14:14 鉄塔
14:29 鎌倉山ロータリー
14:50 湘南モノレール湘南深沢駅着
※自宅と湘南深沢駅間の往復は記録せず.
[ハイキング記録]
■水平歩行距離 5.4km
■累積登攀下降高度 130m
■歩行時間
湘南深沢駅歩き出し 13:00
〃 着 14:50
(所要時間) 1時間50分(1.83h)
歩行速度
5.4km/1.83h=2.95km/h
(おわり)
[参考文献]
鎌倉市教育研究所(編),2000b『かまくら子ども風土記中巻』鎌倉市教育委員会
小林伸男,1994『神奈川ぶらりいウオーキング鎌倉・江ノ島・藤沢編』神奈川図書
「鎌倉あれこれ」の前回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/d7e7fb79cfa1b731bea3bb01dcbc1f72
「鎌倉あれこれ」の次回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/1454b6f3d6c8ec7a92b465c354bd51f5
鎌倉:梅香る深沢・鎌倉山巡り
(単独散策)
2009年1月27日(火)
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早いもので,このブログを書いている今日(1月29日)は,もう1月も押し迫っている.アッという間に,もうすぐ2月になる.光陰矢の如しというが,年を取れば取るほど,月日の経つのが,やけに早く感じるようになる.
今日は,後期高齢者の保険料を支払うために,自宅から源氏山公園を越えて,鎌倉駅近くの銀行まででかけた.その序でに,少し足を延ばして,安養院,妙法寺,安国論寺,上行寺,辻の薬師,元八幡宮,鎌倉駅,源氏山公園,葛原ヶ岡神社,鎌倉中央公園を,ぐるり一回りしてきた.
源氏山公園で,バッタリ,仙人に会う.仙人は,私に,
「・・・今日は医者にいった帰りに,裏大仏ハイキングコースを一回りしていました・・・」
と挨拶する.
「大分,ご無沙汰していますが,お元気ですか・・・」
「まあ,元気は元気ですが・・・このところ,めっきり体力が弱くなりましたよ・・・出掛けるのが億劫になって・・・」
「私も同じですよ.ここ1週間ばかり,塔ノ岳へ行っていませんよ・・・朝起きて,曇っていると,もう,出掛ける気にならないんです・・・結局,何だかんだと天候のせいにしていますが,本当は出掛けるのが億劫なんですね・・・年を取ると,どうしても家に籠もりたくなりますね・・」
二人で雑談をしていると,どこからともなく,野良猫が数匹,足許に近づいてくる.
「ところで,来週のご予定は・・・」
と仙人に聞く.
「月曜日は先約がありますが,後は空いています・・・どこかへ行きますか?」
「じゃ~あ・・・天気を見計らって,三浦アルプスにでも行きますか.そろそろ三浦梅林も見頃かもしれませんね・・」
「そういえば,この頃,鎌倉の西の方へは,あまり行っていませんね・・」
「実は,つい先日,私1人で,深沢から江ノ島道を通って,鎖大師,鎌倉山周辺をブラブラしてきましたよ.鎖大師から鎌倉山に抜ける尾根道は,梅が沢山咲いていて,えらく綺麗でしたよ・・・いっそのこと,山旅のIさんのグループを誘って,山崎,深沢,西鎌倉辺りを一回りするのも良いですね・・」
私達は,30分ほど雑談をした後,仙人は銭洗弁天経由で浄明寺に自宅へ,そして,私は葛原ヶ岡神社,鎌倉中央公園経由で自宅へ戻った.
仙人に説明した深沢から江ノ島道をブラブラした1月27日の経緯は,以下の通である.
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<ハイキング地図>
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<プロフィールマップ>
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■どこへ行こうか?
2009年1月27日(火).曇時々薄日 後になってみると,今日,27日は,絶対に塔ノ岳に登っておくべきだった.でも,あの時は,水曜日のご常連,ヤマカガシ氏に会いたかったので,翌,28日,水曜日に塔ノ岳へ行くつもりでいた.ところが,水曜日の予報が,朝の内に雨が残っただけでなく,終日,曇時々小雨に変わってしまった.残念.
27日は,午前中は,しおらしくデスクワークをしていたが,午後になると,どうしても散歩をしたくなる.そこで,昼食後,兎に角,何処でも良いから,2~3時間ほど歩いてこようと思う.
昼食を終えて,12時50分頃,小さなノートとデジカメだけを持って,とにかく家を出る.玄関先で,早速,「何処を歩こうか・・」と迷う.取りあえずは山ノ内に向けて歩き始める.しかし,50メートルほど歩いたときに,先週,毎日のように北鎌倉まで歩いていたことを思い出す.途端に,そっちの方はもう沢山という気分になる.即座に,今来た道を引き返す.
成り行きで,モノレール湘南深沢駅の方を目指して,谷を降りていく.途中,円覚寺の末寺,大慶寺を通過する.ここまで来ても,まだ,これからどこを散策するか迷っている.その内に等覚寺の前も通過してしまう.成り行きでバス停深沢に到着する.
ここまで来たときに,そうだ,深沢地区の史跡や青蓮寺辺りの長閑な散策路を一回りしようかと,漸くどこを廻るかが決まる.
■州崎古戦場碑
湘南モノレール深沢駅から,モノレール下の道を大船方面に向けて歩き出す.この道は大船から江ノ島に抜ける幹線道路である.そのために自動車やバスの往来がとても多い.道端をへばり付くようにして,自動車を避けながら,湘南町屋駅方面に続く坂道を登る.数分登った左側に「州崎古戦場跡」と書いた石碑がある.何の変哲もない土手下に,この碑が立っている.
ここは,昔の州崎郷という村だった.
1333年(元弘3年),新田義貞は,大群を率いて,ここに進出してきた.迎え撃つ幕府軍は,赤崎守時を大勝とする6万人の兵士で戦ったが敗退する.そして,幕府軍は葛原ヶ岡に敗走する.そして,新田郡は一気に鎌倉へ攻め入った.
今,この辺りは何の変哲もない鎌倉郊外の一角である.私が立っている頭上を,時折,思い出したように,湘南モノレールの電車が通り過ぎる.今はもう,この辺りで数万人もの大群が戦死したなどとは信じられないほど,長閑な風景が広がっている.
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<州崎古戦場> <古戦場近くの深沢>
■泣き塔
再び往路を戻る.深沢駅手前で右折して,鎌倉市営深沢住宅に隣接する運動場に入る.ここは,つい最近まで,JR東日本大船工場の敷地だった所である.
広場を奥まで進むと,広場の北側に,金網の柵で囲まれた小山がある.その山の中腹に大きなヤグラが掘られている.そのヤグラの前に立派な宝篋印塔が1基,さらにヤグラの中に数基の五輪の塔がある.以前,金網の中まで入って見学したことがあるが,今回は金網越しに眺めるだけで我慢する.
この宝篋印塔は「泣き塔(なきとう)」と呼ばれている.これらは州崎合戦戦死者の供養塔であろうと言われている(鎌倉市教育研究所,2000b,pp.180-181).その昔,この塔を青蓮寺に移設した所,夜な夜な泣き声が聞こえたので,また元の場所に戻したという.
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<梅が綺麗な泣き塔とヤグラ>
■椿地蔵
再び湘南深沢駅に戻る.そのまま湘南モノレール下の道を南へ進んで,県道藤沢鎌倉線に突き当たる.県道を右折して藤沢方面に進む.5分ほどで細い路地との交差点に小さなお堂が建っているのが見える.このお堂の中に椿地蔵が安置されている.手広交差点のすこし手前である.
お堂の脇には「右くさり大師をへて江ノ嶋に至る 左かまくらみち」と刻んだ江ノ島道の道標がある.この道標は1809年(文化6年)に建てられたものである.
なお,この地蔵は,以前,もう少し西の鎌倉街道に面した椿の木の下にあったというこの地蔵は別名「いぼ地蔵」とも呼ばれ,大豆で作った数珠を備えてお祈りすると,いぼが取れるという言い伝えがある(鎌倉市教育研究所,2000b,pp.222-223).
お堂の脇には「弘法大師一千年御忌供養塔」が建っている.
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■青蓮寺
椿地蔵から,旧江ノ島道を辿って南へ向かう.閑静な住宅地である.やがて,江ノ島道は低い尾根に突き当たる.ここで右折すると大船江ノ島線のバス道路に出る.その途端に絶え間なく往来する自動車の騒音が激しくなる.
自動車が激しく往来する自動車道を,わざわざ横断して青蓮寺を拝観する気にもなれないので,道路を挟んで遠くから境内を見ただけで青蓮寺を通過する.本堂前の梅が綺麗に咲いている.本堂の屋根と梅が,何とも言えない日本的な情緒を生み出している.
飯盛山仁王院青蓮寺は真言宗の寺である.開山は空海.昔は30近い末寺があって,江ノ島界隈の寺も,以前はこの寺の末寺だったと伝えられる(鎌倉市教育研究所,200b,pp.223-224).
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■謎の切通
青蓮寺を眺めながら,やや急な登り坂を進む.青蓮寺の反対側の路壁はコンクリートで防護された高い崖になっている.安全のために止むを得ないが,コンクリートで塗り固められた崖は,残念ながら無粋.
崖を登り切った辺りから鋭角に左折して,台地の中を進む小径に入る.なだらかな坂を少し登ると,今は通行禁止になっている切通が見える.狭いせまい通路の両側は,ほぼ垂直に切り立った断崖になっている.この切通の由来は,十分調べたことはないが,それほど昔に掘られたたものではないことだけは確かなようである.
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■のどかな散策路
畠の中の一本道を東へ進む.途中から左に分岐する踏み跡のような小径に入り込む.鎌倉山につながる尾根に沿って,小径はくねくねと続く.木立や畠の間を縫うように進む素晴らしい散歩道である.
道端の何カ所かに,庚申塔が立っている.ここも,多分,巡礼道だったのかもしれない. 5分ほど進むと,小径が二股に分かれる.ここを訪れるのは,かれこれ数年ぶりのことである.従って,この辺りの記憶が薄れているので,確認のために,左手の下り坂を降りてみる.ほとんど通行する人もないらしくて,落ち葉がうずたかく積もっている.
落ち葉をかき分けながら急な堀割の道を下ると,やがて粗末な階段道になる.道路の両側には,ポツポツと墓がある.階段を降りきると,青蓮寺近くの江ノ島道に出る.
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■見頃な梅を愛でながら・・
再び,この階段道を尾根まで登り返す.
また,尾根道の続きを歩く.相変わらず畠や原っぱが続く長閑な雰囲気で,歩いていても気持がよい.進行方向右手には,沢山の梅の木が満開を迎えている.遠景に丹沢の山々が見えている.
暫く進むと,小径はまた二手に分かれる.まずは枝道と思われる左の道を進む.この道は,すぐに送電鉄塔に突き当たって終わりになる.傍らの梅の木が見頃を迎えている.
これまで,誰にも会わずに1人で散策してきたが,突然,前方から二人連れの方と鉢合わせになる.
「・・あら,今日は,梅が綺麗ですね・・・」
と奥さんが私に話しかける.
「これはどうも・・・今日は,あいにくの天気ですが,梅が綺麗で良いですね」
と訳の分からない返事をする.
元の道に戻って,先へ進む.また小径は二股に分かれる.右手の道を進むと,両側が畠になり,その先は行き止まりになる.また,今来た道を引き返して,左手の道に入る.道を進むに連れて,次第に高度を上げ,戦道山(標高83m)の山頂辺りを目指して歩き続ける.道の両側には,こんもりと盛り上がるように鬱蒼とした林になる.
鎌倉にもこんなに素晴らしい散策路があったんだと再認識させられる.どうやら鎌倉山の近くまで来ているようである.そのとき,大きな犬を連れた女性とすれ違う.
「・・今日は,どうもすみません・・」
と言いながら,犬を小径の片隅に押し込んで,私が通り過ぎるのを待っている.
「どうもありがとうございます・・」
と挨拶しながらすれ違う.
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■大塚山遺跡から鎌倉山へ
やがて,小径の散策路が終わって,突然,鎌倉山4丁目11番付近の住宅地に飛び出る.
飛び出た所で,道路工事をしている.私がいきなり小径から飛びだしてきたので,工事をしている人が慌てながら,私が通る道を確保してくれる.ここから住宅地内の細い階段を下り,道なりに進む.そして,すぐに鎌倉山ロータリーにあるバス停鎌倉山に到着する.
この辺りには大塚山遺跡がある筈である.大塚山は,戦道山の別名か,あるいは戦道山の至近にある山のことか,私にはよく分からないが,私有地の中に古墳のようなものが,外から見える.この辺りの民家の庭から,縄文式土器や鏃(やじり)が出土したと言われる.かつては,山頂に大神宮が祀られていたという(小林,1994,p.164).
■笛田川に沿って深沢へ
鎌倉山ロータリーで,私はどちらへ行こうかと迷う.このまま鎌倉山のバス道を歩いて,夫婦池から仏行寺の源太塚を経由するのも良いなと思ったが,延々とバス道を歩くのも気後れする.
そこで,私は枝道を辿って,笛田萩郷の谷戸に降りることにする.鎌倉山の高台から,細くてくねくねした道を一気に下り,笛田川に沿って北上する谷戸道に出る.この道は,鎌倉山から夫婦池を経由して深沢方面に出る生活道路である.そのために,地元の方々が沢山歩いている.
この道をノンビリと歩いて,15時頃,今日の散策の起点である湘南モノレールの湘南深沢駅に到着する.
[ラップタイム]
13:00 湘南モノレール湘南深沢駅歩き出し
13:02 州崎古戦場跡
13:07 泣き塔
13:33 椿地蔵
13:43 青蓮寺
13:48 切通
14:14 鉄塔
14:29 鎌倉山ロータリー
14:50 湘南モノレール湘南深沢駅着
※自宅と湘南深沢駅間の往復は記録せず.
[ハイキング記録]
■水平歩行距離 5.4km
■累積登攀下降高度 130m
■歩行時間
湘南深沢駅歩き出し 13:00
〃 着 14:50
(所要時間) 1時間50分(1.83h)
歩行速度
5.4km/1.83h=2.95km/h
(おわり)
[参考文献]
鎌倉市教育研究所(編),2000b『かまくら子ども風土記中巻』鎌倉市教育委員会
小林伸男,1994『神奈川ぶらりいウオーキング鎌倉・江ノ島・藤沢編』神奈川図書
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