≪手を動かさねばっ!≫

日常で手を使うことや思ったこと。染織やお菓子作りがメインでしたが、病を得て休んでいます。最近は音楽ネタが多し。

松本 直美『ミュージック・ヒストリオグラフィー どうしてこうなった?音楽の歴史』

2024-05-25 09:59:13 | 本 (ネタバレ嫌い)

昨年末くらいに X(旧ツイッター)でこの本について流れてきたので、取り寄せて読んでみた。


2021年の末には浜松市楽器博物館に行って楽器の変遷を知って興味を持った。
昨年受けたチェンバロレッスンではウィリアム・バードの「そんな荒れた森へ行くの?」を習って、それ以来『フィッツウィリアム・ヴァージナル・ブック』にはまってしまった。
クラシック音楽で思い浮かべるよりちょっと前のバロック時代がチェンバロの黄金期だと思うが、それよりさらにちょっとまえのルネサンス期の音楽なんである。15世紀中ほどから16世紀いっぱいくらいまでだ。○○世紀って序数なので、16世紀は1500年代です。老婆心です。
まあそういうわけで、音楽と歴史が重なるジャンルに興味が出てきたのだ。


『ミュージック・ヒストリオグラフィー』はヒストリーではない。音楽の歴史のそれよりひとつ上の階層から俯瞰する分野だということが分かった。メタです。
そもそもどうして音楽の歴史についてこのような記述をするのか? という風にセルフ突っ込み分野です。記述は時間の経過とともにどのように変化したか? とかね。
モーツァルトだベートヴェンだと作曲家の肖像画が音楽室に貼られているのはなぜか? とか、 過去のクラシック界で女性作曲者が少ないのはなぜか? とかね。

セルフ突っ込みが多いと心が痛くなってくるけれど、読者が飽きないように、へーと思わず言ってしまうような なんならちょっとお下品なトリヴィアが多くて面白かった。

クラシック音楽の楽譜を現代人が読めるように清書する話が1741年~のヘンデル『メサイヤ』を例に挙げて述べられている。いやあ、何を原本にするのかを決めるのも大変だ。これは古文の文献と同じ手法だな。
たとえば今J.S.バッハの楽譜を手に入れようと思ったとき、ちょっと調べれば何種類も出版されていて目移りする。国内版の良心的な価格のものもあれば輸入版で高価なものもある。
同じ曲なら同じじゃないの !? と思うし実際ほとんど内容に違いはないんだけれども、ちゃんと練習しようと思うなら やはり最新の研究の成果が反映されている版を使いたいという欲は出てくるものだ。
これがメジャーな大バッハだったりするから何種類も楽譜が出版されているわけだが、メジャー度が下がるにつれて出版されている種類も減るし値段もぐんと上がるんだよなあ。 愚痴ってしまいました。


話のネタとして聞く分には へー で済んでしまうけれど、専門分野となると昔の資料を総ざらいして事細かに論じるから調査量が半端じゃなくて、研究者ってすごいなあ、と思いました



 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

中川 毅『人類と気候の10万年史』

2023-06-09 17:59:38 | 本 (ネタバレ嫌い)

  👈 講談社HP 人類と気候の10万年史 過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか 中川 毅


著者について予備知識があれば表紙のイラストもピンと来るはずなのだが、全然入れずに読み始めたので、話がどの方向に向かうのか今一つ予測がつかず、ドキドキビクビクしながら読んだ。

そういえば、つい数年前まで 温暖化に科学的な根拠はない、デマだ、と言う人たちもいたことを思い出した。
本書によれば、1970年代にはむしろ寒冷化に向かっているのではないかと思われていたらしい。そういわれれば、かすかにそのような記憶があるかも。

地球は暖かくなるのか?寒くなるのか?と予測しようとしても、「複雑な系は時代によって、あるいは観察する時間スケールによって、ひどく乱雑で予測困難な挙動を見せる場合があるという認識」p.54、「カオス的遍歴」p.55 の考え方が、単純化した思考を許さず、なんとも不気味なのだ。


著者グループは水月湖の堆積物の年縞を精査することで、7万年以上の毎年の記録を得ることに成功し、世界標準のものさしになったそうだ。千年単位とか百年単位の誤差ではなく、毎年というのがすごい。

しかし、ものさしを得ただけでは道半ばだ。
そこから過去に起こったことは何だったのか、過去のデータから未来をどの程度予測できるのか、というところまで考えてこその本なのだ。
水月湖のデータから起こした過去の話はドラマチックだ。氷河期に人類が体験したこと、農耕が始まらなかった理由、文明の滅び、どこに居合わせてもわたしは生き残れる気がしない。

そして未来について。著者のメッセージに勇気づけられた。コロナ禍の始まったときに感じたこととどこか通ずる、とわたしは感じた。
あとがきをも含めての水月湖の研究のはなしは、著者の人生を切り取ったかのようだ。


温暖化だ CO2だ、というのは大きな課題だが、もう少し情報を多く持って 考えるために必要な知識を得るのにこの本は有用だと思う




 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

乾 敏郎・阪口 豊『脳の大統一理論』

2023-05-13 18:58:39 | 本 (ネタバレ嫌い)

乾 敏郎・阪口 豊『脳の大統一理論』 ☜ 岩波書店HP

大統一理論とは大きく出た、怪しくない !? というのが最初に思ったこと。
でも岩波化学ライブラリーから真面目に出ているから、そんなことはないだろう。聞いたことのない言葉なのもわたしが不勉強なだけだろう。ほら、セントラルドグマ だってなかなかすごい言葉だよ。

などと思いつつ読みました。2回目はメモをとり、1章の式と付録は3回読んだよ。
難しい ... 。いやあ、世の中知らないことばかりだ。ほええ、と何度も感嘆の声を上げてしまった。
脳の現象は 自由エネルギー原理 で説明できるそうだ。
「推論するシステム」だ。言い換えると「最も在りえそうなのは何か? 」と思い巡らせることかな?

何かを見て、これは○○だ、と判ずるとき、網膜から神経の信号が脳へ伝わって○○だと分かる、とむかーし教科書か何かで読んだと思うのだが、自由エネルギー原理だと違うらしい。推論したものと網膜からの信号を比較し、差が大きければ推論をちょっと変更してまた比較し、と繰り返してその差をなるべく小さくしようとするらしい。へえ!
これはけっこう腑に落ちた。言葉を耳にしたとき、意味が分かるまでにタイムラグを感じるときがあるのだ。この音はこんな単語だっけ?あれ?こっちの方が似てる?って無意識に推論と音の比較を何度もやって時間が掛かっているんだな。
ふと思ったが、眠っているときに見る夢って ずっとああでもないこうでもないってしているのだが、それは起きているときに常にしている推論と同じじゃないかしら。わたしだけ? 話が逸れました。

より注意を向けるという行為や 運動についても自由エネルギー原理で説明できる、という。統一だからね。アインシュタインも統一を試みたし、統一って惹かれるよね。
べイズの定理の式を変形させることによって、読み取れる解釈も変形する、というのが面白かった。
自分をくすぐってもくすぐったくないのはなぜか?とか 感情の作られ方とか 自己主体感とか 統合失調症とか、興味深い。

自由エネルギー原理が神経細胞からどのように発生しているのかの生物学的の仕組みはまだ全貌が出ているわけではないそうだが、がんばってこの本を読んで知ったので、研究が進んで話題となりわたしの目に触れることが 楽しみだ




 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

松浦 壮『時間とはなんだろう』

2023-05-07 15:01:48 | 本 (ネタバレ嫌い)


時間のことを考える、その間も時間が流れて…この循環論法に出口は? 時間とはなんだろう? とはなんだろう 松浦 壮 ←講談社ブルーバックスHP
この本を書くこととなった動機について、クスッとしてしまうような言葉であっさり書かれている。おススメである。

「時間」って、なんなんでしょうね? っていう本の導入が素晴らしい。素人がすんなり入っていける。

高速移動している物の上では時間の流れは遅くなる、というのは相対性理論で有名な話だが、今やそれが身の回りにありふれている現象だということを、寡聞にしてこの本で初めて知った。GPS である。
位置情報は最低3機の人工衛星で割り出せるのだが、受信機と 高速移動している人工衛星の時計のずれを補正するためにもう1機の人工衛星の情報を加えなければならないそうだ。



「アインシュタインは一般相対性理論を作り上げた後、宇宙には見えない次元が隠れていて、私たちが目にしている重力と電磁気力は高次元の宇宙に働く重力が別の形で顕れたものなのだろう、という仮説を立てて、ふたつの力を高次元の重力として統一しようと試みました。
結果から言えばこの試みは失敗したのですが、現代の視点から見るとその理由ははっきりしています。実は、光(と物質)には、ミクロレベルにもう一段階深い特性が隠れているのですが、アインシュタインの時代にはそれがまだわかっていなかったのです。」p.161

というわけで、ミクロな視点の話になっていく。

光は粒子か波か?確率分布だよ、という有名な話があるけれど、この本の説明はとても分かりやすかった。

たとえばグラスを叩いた瞬間にはいろいろな波が一斉に生じるけれど、ほとんどの波は元々の振動とグラスを回り込んできた振動が相殺してすぐに消える。だけどグラスを回り込んできた波とその場所の振動がピタリと重なる波長の振動はすぐには消えない。
この説明を、量子が粒に見えるところが共鳴しているところ、と応用すると直感的に分かる。なるほど!
ここ最近、弦を振動させる楽器についてあれこれ触ったり調べたり考えたりしていたのが役に立ったよ。



あれっ? 時間は?
わたしたちが日常生活で感じている「時間」というものは幻想というか脳の特性による感じ方というか そういうもので、本質的なものではない。
と本のまえの方で述べられている。
時間だけを切り離すのではなく、重力や光や電子やあれこれと包括的に説明しようとしているのが現在の物理学なのだな。すごいな。



   とはいえ、やっぱり不思議だよ、時間って





 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『言語が違えば、世界も違って見えるわけ』ガイ・ドイッチャー

2022-10-20 16:40:14 | 本 (ネタバレ嫌い)

原著は2010年に書かれ、2012年に日本語訳が出版されて、2022年に文庫化されたされた。
わたしが読んだのは↑文庫版。

「言語は思考に影響を及ぼすか」というテーマは古典だと思う。
○○語が母語だと論理的な思考をする、みたいな雑談のネタなら聞いたことはあると思う。だが、学術的にそれなりに信頼のおける話なのか?というと急に難しくなる。
虹は何色あるのか?っていうのもトリビアだな。国/言語によって差があるのは有名だ。

言語による色の範囲の違いに注目して「言語は思考に影響を及ぼすか」を解いていこう、という本だ。


著者は頭のいい人なんだなあ、と思った。引き合いに出される事柄が幅広くてわたしには難しいと思えるから。
この分野に不案内なわたしにとって結論は予想されるものではなく、一体どこに行きたいのやら、と読みながら訝しく思ったよ。


「視覚、色覚」に対する興味というのはずっとある。でも日常生活を送っているときに表色系をもちいて厳密に示したりすることなどないから、わたしが青と言ったときにわたしが心に描いた色と 言われた相手が思い起こした色が同じだとはとても思えない。

網膜で受けた刺激が脳で何段階も処理されて「見える」けれど、脳の複雑なことを考えるとその処理に個人差がないとはとても思えない。
そもそも網膜上の錐体細胞のタイプに個人差があるしね。
その何段階もある脳での処理に 言語は影響するのだろうか? それはそもそも検証できるものなのか?
検証方法には感心した。そういう手段を用いれば影響の有無を知ることが出来るんだなあ、と。

「色」からのアプローチ以外に、名詞の「男/女/中性」の有無や言語による違いや、ある位置を伝えるときに前後左右を用いず東西南北で示す言語との比較も出てくる。


葡萄酒色の海に溺れ知的好奇心の迷宮に入り込んで迷うだけかと思いきや、出口へ向かう糸口を見出すのはさすがだ。
そして最後の段落には唸った。研究者の矜持を感じた。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする