≪手を動かさねばっ!≫

日常で手を使うことや思ったこと。染織やお菓子作りがメインでしたが、病を得て休んでいます。最近は音楽ネタが多し。

柞刈湯葉(いすかりゆば)『未来職安』

2021-02-15 17:10:43 | 本 (ネタバレ嫌い)

柞刈 湯葉『未来職安』 ← アマゾンへリンク

2018年に単行本として出たものの文庫化。ここがとても重要な昨今。つまり、コロナ以前、BC(Before Corona)とでもいおうか。ちなみにあとがきはコロナで一変した世界について触れてあります。

さてこの本がどんなお話かというと、カバー後ろの紹介では
「日本人は働かない99パーセントの〈消費者〉と働く1パーセントの〈生産者〉に分かれた。これは史上最高に楽しい近未来の話である。自動運転タクシー、警察ロボ、配達渡し鳥など、物事はほとんど自動化され、国民は厚生福祉省から支給される生活基本金で十分に暮らせる。だが、それでも働きたいという「ワケあり消費者」が、今日も職安に仕事を求めてやってくる。謎の経営者・大塚さんと若き女性事務員・目黒さんが奇想天外な発想で職を斡旋する、近未来型お仕事小説!」
とある。 「!」はなくてもいいんじゃないか?

政府よ、金持ちに金をばらまくような政策じゃなくて、一般庶民にこそ一時給付金をどんどん出してちょうだいよ、生活保護を受けやすくしましょうよ、という COVID-19 の気分のときにベーシックインカム社会のお話はタイムリーでもあり、世界中を困らせる感染症なしという話はうーむという気分でもあり、それにも関わらずほらやっぱりベーシックインカムだよ、と思った次第。
肺がんの診断により 手術 を受け現在も抗がん剤を飲んでいる身なのだが、大手を振ってぷらぷらしちゃっているわけですよ。夫がこころよくそうさせてくれているのに感謝しきりだ。それで思うに、何かしら社会と関わらずに人は生きていけないけれど、世の人がみな朝から晩まで働くだけが正規の社会との関わり方じゃなくてもいいでしょう?そうじゃなくてもやっていける社会っていいんじゃないの?ということです。
グータラ者の戯言とは思うけれど、でも実際問題 体力的に厳しい人とか精神的に厳しい人とか沢山いる。そういう人たちがどうも肩身の狭い思いをいちいちさせられるというのは得心がゆかんのですよ。朝から晩まで働くように人の遺伝子はインプットされてない。不適合者を大勢輩出する社会は辛い。辛くない人たちだって何時なんどき事故や病気や何か不可抗力でそちら側に行かざるを得ない可能性は常にある、って忘れてるんじゃないの?

と熱く語ったところでこの本です。ベーシックインカムを導入した社会ってどんな感じなんでしょう? という思考実験をしてみようと思っても、雲を掴むようで想像力が足りないと思う人は多いと思う。そこら辺を得意な方に任せるとこの本が出来たりするわけです。

グータラなわたしは肯定されたようで嬉しかった。
この本から何を読み取るかはその人次第、鏡のようではあるけれど、わたしは楽しく読めました。


 
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武田尚子『チョコレートの世界史』

2021-02-04 09:08:09 | 本 (ネタバレ嫌い)

武田尚子『チョコレートの世界史―近代ヨーロッパが磨き上げた褐色の宝石』 ←アマゾンへリンク
中公新書には『○○の世界史』というタイトルの本がいくつも出ていて、○○に、トウガラシトラクター が入る本はたいそう興味深く読んだ。もちろん著者はみな違う方でカラーも違う。中公新書以外でも 岩波ジュニア新書の『砂糖の世界史』岩波新書の『ジャガイモのきた道―文明・飢饉・戦争』も面白かった。
特定の人物に注目するのではなく「もの」を切り口に世界史を見るタイプの方がわたしの頭にはすんなり入ってくるようだ。
人々が惹かれ強く欲しいと願うものの存在は社会を動かし国や海をまたいでゆく。ヨーロッパにおいて もてはやされた茶、コーヒー、ココア、そして砂糖は自国で生産できず、酷い搾取によってもたらされた。人間の欲望って怖いって思う。

さてこの本のついて。ジャガイモやトウガラシは農産物だけれどもチョコレートは加工品なんである。ジャガイモやトウガラシの本とはずいぶん内容が異なっていた。
より美味しく飲みやすく/食べやすくするためにカカオ豆を挽いてカカオマスにしアルカリ処理したりココアバターを分離したりする技術の進歩がある一方、より多くの人たちに届くよう交通網や宣伝方法の発展もあった。工場の規模が大きくなるにつれてそこで働く人たちも増え、働き方や管理方法も模索されていった。
イギリスのチョコレート工場での労働に対する考え方にクエーカー教が深く関わっていたのが特徴で、人間としての成長や自主性を重んじる精神があった。労働者をいかに効率よく安く働かせるかといういわばアメリカのフォード社のような方法ではなく、むしろ労働者の意思を反映させることで働く意欲を高めるようとする。これは意義のあることだと思った。
ちなみに1899年にヨークの貧困状況を克明に調査したのはロウントリー社(キットカットのオリジナルメーカー)創業者の息子ベンジャミン・シーボーム・ロウントリーである。
第2次世界大戦期にチョコレートがどうなったのか の記述も面白かった。

(ネタバレ嫌い)といっているわりにけっこう説明してしまったが、もちろん他の興味深いエピソードも色々載っている。オススメです。

近代化がチョコレートという切り口から見えてくるとは思ってもいなかった。読んでいると、とにかくココアが飲みたくなり、チョコレート、特にキットカットが食べたくなった。

ココアバター配合のハンドクリーム。100均で購入。

昨今はシアバター配合のハンドクリームが人気だが、末端のよく冷えるわたしには狭い温度幅で急激に融解するココアバター配合がよく馴染む気がする。


 
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『本当の依存症の話をしよう -ラットパークと薬物戦争-』スチュアート・マクミラン (著, イラスト), 松本 俊彦 (著, 翻訳), 小原 圭司 (著, 翻訳), 井口 萌娜 (翻訳)

2021-01-20 14:45:07 | 本 (ネタバレ嫌い)


これは衝撃だった。  ← 星和書店の『本当の依存症の話をしよう -ラットパークと薬物戦争-』ページ
スチュアート・マクミラン氏の描いた漫画2作と松本俊彦氏と小原圭司氏の解説の読みやすい本である。

ラットパークというのはブルース・アレクサンダーという研究者が薬物依存をラットを使って研究するのに用いた装置のことで、それは独房スタイルのケージに1匹ずつではなく、広いスペースにウッドチップを敷き詰め、ラット同士が遊び、喧嘩し、繁殖し、社交できるよう何匹もラットを入れたものだ。ラットパークでのラットの振る舞いは独房とは異なることは容易に想像できるとおもう。薬物に対してはどうだったのか?
そして「薬物戦争」というのは、1971年6月17日にアメリカ大統領のリチャード・ニクソンが宣言したもので、それに対しニクソンの選挙アドバイザーのミルトン・フリードマンが早々に批判した。フリードマンが1930年代にシカゴで体験した禁酒法施行で起きたことがその根拠だ。
どちらも親しみの持てやすい絵柄で描かれている。また松本・小原両氏の解説も分かりやすく実際を説いている。


さんざん聞かせれてきた「ダメ、ゼッタイ。」は誤ったスローガンである。

「ダメ、ゼッタイ。」を疑ったことがなかったなあ。そういうものだ、と思っていた。
危険ドラッグを使えば ゼッタイダメな人 になってしまい、そういう人は社会的に抹殺されてしかるべきだ、というメッセージだ。使う人はたまたま弱者の立場に追い込まれた人たちなのだ、という視点がごっそり抜けている。それとも弱者は切り捨ててよい、というメッセージか?
絶対的に強い人もいなければ弱い人もいない。おかれた状況で人は変わる。自分はそちら側ではない、と言い切る人は想像力が乏しい。いつなんどき自分がそちら側に転がり落ちるか分かったものではないのに、そちら側を断罪するのがどんなに愚かなことか。明日は我が身。

そして つくづく人は社会性の生き物なんだなあ、と思った。孤立は病なんである。
COVID-19 で人と会うのが難しくなっている昨今、孤独がヒタヒタと身も心も蝕んでいくのを感じる人は多かろう。それと薬物とどう関係があるのか? いや、孤立の病が依存症となって表れるといっても過言ではない。

では孤立しないようにするにはどうすればよいのだろう?それはこの本には載っていなかった。
孤立は社会全体の大きな課題なんだと思う。自由と孤独はバーターではないと思うけれど、しがらみを捨てて気楽になった分ふと孤立に陥ったりするのかな。がっつりべったりではないけれど孤立はしていない、ちょうどよい距離を保ちやすい社会になるといいな、と思う。




 
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村中直人『ニューロンダイバーシティの教科書』

2021-01-12 23:43:29 | 本 (ネタバレ嫌い)

これはどういう本か、それを著者本人がご自身のサイトに述べられているのでそのリンクを貼る。
想いを込めて「ニューロダイバーシティの教科書」を書きました」『村中直人の雑記帳』より

村中氏は臨床心理士でおもに子どもとその保護者向けのカウンセリングをされていたが、発達障害の子供たちに出会い、学習支援事業を始められた。そこで多くのケースに取り組んだ経験から「発達障害」(特には法律上の定義における知的な発達の遅れがないか軽微なタイプ)とカテゴライズされる人たちを「文化的少数者」と定義し「異文化共生問題」というフレームで考えるべき問題なのではないか、と思うようになった。そして「ニューロダイバーシティ」という言葉と出会いその意が強くなる。
タイトルやサブタイトルに「脳」という文字は入っていないけれど「脳や神経由来の違い」から多様性が生まれるのだ、ということがカバーからなんとなく伝わり、中を読んで目から鱗が落ちる。

最新の知見と豊富な経験から、多くの人に伝わるように盛り込みすぎずなるべく平易に書かれているという印象を受けた。もう何百回も人に伝えて(支援者養成の講座を開かれている)、ようく練られているんだと思う。
マイノリティに寄り添う優しさと公平性がにじみ出ている。

わたしは特に義務教育では本当に嫌な目に会った。その時もその後もわたしの意見はまあまず少数派なので、わたしはこれがよい考えだと思うが多数派はこう考えるだろう、と2種類考えるクセがついてしまった。それなりの根拠を持った自分の意見が歯牙にもかけられないという体験は自尊心を損なう。

COVID-19 によって今人々は辛い目に遭っている。それに対する政府の対応は後手後手で現実を直視していないかのようだ。布マスク配布というような馬鹿げたこともあった。こういう危機にこそ多様な人材から優れた意見を掬い上げるべきなのに、全然上手くいっていないように見える。
少数派も幸せになれる、というのがわたしにとっては重要だけれど、少数派は危機的状況にも役に立つんだよ、皆が幸せになれるんだよ、と「情けは人の為ならず」みたいなことをいっておこう。
そのためには皆が、変わっていて今まで避けていた隣人について「ニューロダイバーシティ」という観点から知識を得て、考え方を少し変えていく必要がある。その教科書です。
その知識を得て認識を改めることが【脳や神経由来の多様性が尊重されることが「当たり前」の社会の実現】に向けての第一歩だ。

我慢もしくは気合いで解決できるという根性論で生きてきた方、管理職、特に教育関係者に読んでもらいたいです。


 
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千葉聡 『歌うカタツムリ―進化とらせんの物語』

2020-09-25 16:50:22 | 本 (ネタバレ嫌い)

進化論の話をするのに引き合いに出されるのは ガラパゴスのマネシツグミ類とかリクガメ類とかイグアナ類とかオオシモフリエダシャクか、と思っていたが、こんなにもカタツムリが立役者だったとは知らなかった。

千葉聡『歌うカタツムリ―進化とらせんの物語』 ←アマゾンへリンク

この本によると、ダーウィンはガラパゴス諸島の3つの島でガラパゴス固有のトウガタマイマイの仲間を15種採集したらしい。そして、彼の著作『ビーグル号航海記』にインスパイアされたギュリックが ハワイ諸島固有のカタツムリの研究をまとめてダーウィンに会いに行く、というところから話が始まる。

進化の原動力は 自然選択 なのか、それとも 遺伝的浮動 なのか? と記すのはあまりにも単純化しすぎだ。

多くの研究者がそれぞれの論を闘わせてゆく流れを読ませてくれる本である。古い論の上に立脚する論や 一見ひっくり返すように見える論を驚きをもって読ませるだけでなく、それぞれの研究者の立場や系譜も述べられていて、そのバランスのよさが並みではない。

本に新たな研究者や論が出てくる中で、中立説の雄 木村資生 があらわれたのには、待ってました!と膝を叩いた。

木村資生『生物進化を考える』 ←アマゾンへリンク。1988年出版の本だが、出た当時に読んだショックは忘れられない。

時代は下る。著者が研究を始めるきっかけに至る。そして後進を育ててゆく記述もある。

細将貴『右利きのヘビ仮説―追うヘビ、逃げるカタツムリの右と左の共進化』  ←アマゾンへリンク。先だって読んだこの本に繋がるとは! あ、カタツムリか。

 

そういえば、『歌うカタツムリ―進化とらせんの物語』にはカタツムリの恋矢についても少し記述があったな。以前 読んだ メノ・スヒルトハウゼン『ダーウィンの覗き穴』、日高トモキチ『マンガ版 ダーウィンの覗き穴』にカタツムリの恋矢の話があったので、ははあアレか、と楽しめたよ。

 

『歌うカタツムリ―進化とらせんの物語』は、文章がとてもよい。この本なら生物学や進化に食いつくタイプでなくとも面白く読めると思う。第71回毎日出版文化賞を受賞したのも納得できる。この本を読んで受けた衝撃は、第29回サントリー学芸賞受賞の 福岡伸一『生物と無生物のあいだ』を読んだときのものを上回る。

 『歌うカタツムリ―進化とらせんの物語』、オススメです

 

 

 

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