日々是口実~引っ越し版~

Yahoo!ブログから引越してきました。更新の予定は。。。

やぐら太鼓

2010-04-11 21:59:39 | 大相撲
イメージ 1
私が所属している、大相撲愛好会の年報「やぐら太鼓」第25号が発行されました。

ページ数は少ないですが、会員の熱い思いが載っていますので、お見かけの際は是非お手にとってみてください。

秋田市内では各公共施設に、配布されていると思います。

少しですが、私の記事も載っています。が、このブログに書いたことに加筆修正しただけのものですので、ご了承ください(笑)。

巡業形態の変更を その3

2010-04-09 21:59:46 | 大相撲
イメージ 1
巡業に対する思い最終回です。

ここ10年ぐらいの傾向として、幕下以下の力士の数が少ないのが目につきます。

参考として、平成5年の盛岡巡業と去年の秋田場所を比較してみると・・・。

序二段の力士数は、平成5年が66名、去年が14名。

三段目は同じく58名と28名。

幕下は、30名と16名と半分以下の人数になっています。

人数が少なくなった第一の理由はやはり、ちゃんこの廃止。

関取の身の回りの世話の力士だけが帯同しているということでしょうね。巡業の支度部屋を覗いてみると、弁当を食べている関取の姿にがっかりしてしまいます。

先々日に述べた「山稽古」があまり見られなくなったのも、若い衆が減ったことに一因がありそうです。

以前は、一門の関取に同じ一門の有望力士を付け人につけて、巡業をまわらせ、これによりしつけも身につけられたりしたものですが、今はあまり見らないようです。

また、若い力士が一生懸命稽古しているのを見ると、不思議に情が入るものです。ちなみに自分は、本場所中に朝稽古見学でお邪魔した部屋の力士が気になってしまいます(笑)。

巡業でふれあった力士が、関取になったら本当に嬉しいものです。(といっても関取になる確率は低いですが・・・)

そういった楽しみ方も、減ってきているようで残念です。

大相撲トーナメントみたいな花相撲を見せられる巡業なら、各部屋が地方で行っている「キャンプ」の方が力士とのふれあいができていいと思います。

せっかくの地方巡業、もっと大相撲のいいところを主張してほしいと思います。

写真は勝ち名乗りを受ける華王錦。今年の巡業には来るのかな?

巡業形態の変更を その2

2010-04-08 22:04:53 | 大相撲
イメージ 1
実は昨日、書いていた内容をいざアップしようとしたところ、クリックミスをしたため、改めて書き直しました・・・。

取り留めのない文章になってしまいましたが、言いたかったことは会場の規模縮小と、入場料の引き下げです。

それに関連した内容なのですが、巡業を回る人数を少なくする=班分けをするということです。

東西別でもいいですし、やはり班別巡業の理想は「一門別」だと思います。

そうすることにより、全国津々浦々をくまなく回ることができ、小さな体育館や屋外の相撲場で興行が打てます。

同時に入場料は安く設定でき、またその場所で2,3日稽古のために滞在、地域住民との交流ができ、それこそ子供たちとのふれあいによって底辺の拡大も図れると思います。

当然、宿泊は民泊。それにより差し入れなどもあるでしょうから、経費は相当浮くはずです。

完全に昔の巡業の形態ですが、理にかなっていたのです。ちゃんこ鍋も復活させ、関取衆といっしょにちゃんこなんて大人でも嬉しいですよね。

力士たちもやはりこういった「営業」も必要だと思います。

よく「3年先の稽古」といいますが、「3年先の営業」こんな意識も持っていてほしいものですね。

この話題、もう少し続くかも?(笑)

写真は去年の秋田巡業。こういったふれあいが一番の思い出になりますよね。

巡業形態の変更を

2010-04-07 22:48:46 | 大相撲
イメージ 1
5日に行われた三重県津市での巡業で、元大関魁傑の放駒親方が巡業三カ条を厳命したという。

その内容は、支度部屋での居眠り禁止、稽古欠席は届出、稽古は手抜きしないとのこと。

こんな通達があること自体、大相撲界がたるんでいる証拠。協会員(力士)には気を引き締めてもらいたいものだ。

ただ、このような状態になる原因を作ってしまったのも、協会の責任。いっそ巡業自体を考え直してもいいのではないかと思う。

去年の秋田巡業を例にとってみると、関取衆が56名。この人数でたった一つの土俵。そこで2時間、満遍なく稽古できる訳がありません。

余っている関取は、土俵下で和気藹々と談笑。これは毎年見られる光景です。

その昔、土俵に上れない力士たちは会場外の土に円を書き、いわゆる「山稽古」をしたものだそうです。

夏巡業が終わり本場所になると、日焼けした力士(それだけ山稽古をやった証拠)を見ると期待したということでした。成績も日焼けに比例していたそうです。

また現在は会場費がかさむせいか、テケツ(チケット)代が高いのもおかしい。

巡業は2時間の「やや本気の稽古」に、4時間の「花相撲」。本場所は午前9時から午後6時までの9時間「本気の取組」です。

率にして、30%のやや本気の稽古と、100%本気の取組が、ほぼ同じ料金設定なのには、疑問を感じます。

と、まだまだ巡業に関しては言いたいことがあるのですが、きょうはここまで。

写真は平成17年の大相撲琴丘町場所。高いお金を払い見に来てくれるお客さん。もう少しよい所を見せてほしいものです。

名行司

2010-04-06 21:59:12 | 大相撲
1日、第28代木村庄之助の後藤悟さんが逝去された。


後藤さんは小学校3年生の時に、近代名行司として知られる、第20代木村庄之助に弟子入り。


その20代庄之助は人望、見識が優れ、土俵態度、裁きがともに秀でており、「松翁(しょうおう)」を名乗ることが許された、名行司。


のちに養子入りして、同じく名行司として知られる22代庄之助の教えを受け、昭和59年には伊之助、平成3年に庄之助を襲名されました。


土俵態度も凛としていて、相撲史にも精通。定年後も嘱託として協会に残り、後進の指導に当たっておられました


相撲雑誌で対談などにも度々お顔を出され、その見識の深さには畏敬の念を禁じえないものでした。


後藤さんは、山形県は鶴岡の出身なので、お隣さんとしての親近感もありました。


そういえば、後藤さんが伊之助の時の27代庄之助も盛岡の出身でしたので、立行司が二人とも東北人でしたね。


私が物心ついたころには、25代式守伊之助として結び前の2番を長らく裁いていたので、非常に思い出深い行司さん。ご冥福をお祈りいたします。



イメージ 1




画像は昭和21年11月場所、1場所限りで中止になった「相撲籤(くじ)」の抽選器を廻す、若き日の28代庄之助。当時は木村松尾(松男)。