不思議活性

太陽の画家 フィンセント・ファン・ゴッホ 5



『太陽の画家 フィンセント・ファン・ゴッホ』

     5
 
 太陽の画家ゴッホについて、もう少し迫りたいと思います。ゴッホは、その生涯に数多くの自画像を描きました。そのなかでも、耳を繃帯した自画像は、痛々しく・・・・、その眼差しは、どこか虚ろに見えます。
 「タンギー親父」や「郵便配達夫ルーラン」「子守歌」などの優しい眼差しの肖像画とは、別世界に思えます。共通しているのは、対象に忠実な画家ゴッホがいたということでしょうか。そして、画家ゴッホは、自らの精神異常をも超えてあったということでしょうか。

 私は画家ゴッホが描いた穏やかな世界が好きです・・・・。

 1888年2月。ゴッホは希望に満ちあふれてアルルの地を踏んだのですが、それが一年後、なんとみじめな心持ちになっていたのだろう。その一年に、人の10年20年に相当する絵を描いたゴッホです・・・・。その後、サン・レミの病院で、「糸杉」「オリーブ畑」などの絵を描き、一大傑作「糸杉と星の道」を描いたのです。
 ゴッホにとって自画像とは、そのときどきの自分を描くことによって、かろうじて正気を取り戻そうということだったのだろうか。ゴッホの自画像の眼差しから目を逸らしたくなってしまうのは、私だけだろうか。
 しかし、それら狂気とは裏腹に、描かれた絵は、存在することの確かさを、生きることの誠実さを訴えているようです
 さかのぼって、アルル時代の、自然を相手にした、「花咲く果樹園」「アルルのはね橋」などの絵は、みずみずしい自然の生命が感じられ、うれしくなってしまう私です。


・続きは次回に・・・・。



ランキングに参加中。クリックして応援お願いします!

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

※ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「絵画」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事