不思議活性

賢治童話と私 11 いちょうの実


 きょうは、賢治童話の『いちょうの実』を紹介いたします。 そんなに、長くないお話ですので、全部お話いたします・・・・。

  『いちょうの実』

 そらのてっぺんなんか冷たくて冷たくてまるでカチカチのやきをかけた鋼です。
 そして星が一杯です。けれども東の空はもう優しい桔梗の花びらのようにあやしい底光りをはじめました。
 その明け方の空の下、ひるの鳥でもゆかない高い所をするどい霜のかけらが風に流されてサラサラサラサラ南のほうへ飛んでゆきました。
 実にその微かな音が丘の上の一本いちょうの木に聞えるくらい澄み切った明け方です。
 いちょうの実はみんな一度に目めをさましました。そしてドキッとしたのです。きょうこそはたしかに旅だちの日でした。みんなも前からそう思っていましたし、きのうの夕方やってきた二羽のカラスもそういいました。
「ぼくなんか落ちる途中で目めがまわらないだろうか。」一つの実がいいました。
「よく目めをつぶっていけばいいさ。」も一つが答えました。
「そうだ。わすれていた。ぼく水筒に水をつめておくんだった。」
「ぼくはね、水筒のほかにはっか水を用意したよ。すこしやろうか。旅へ出てあんまり心持ちのわるいときはちょっと飲むといいっておっかさんがいったぜ。」
「なぜおっかさんはぼくへはくれないんだろう。」
「だから、ぼくあげるよ。おっかさんをわるく思っちゃすまないよ。」
 そうです。このいちょうの木きはおかあさんでした。
 今年は千人の黄金色の子こどもが生れたのです。
 そしてきょうこそ子供らがみんないっしょに旅にたつのです。おかあさんはそれをあんまり悲しんでおうぎ形の黄金の髪の毛をきのうまでにみんな落してしまいました。
「ね、あたしどんなとこへいくのかしら。」ひとりのいちょうの女の子が空を見あげてつぶやくようにいいました。
「あたしだってわからないわ、どこへもいきたくないわね。」もひとりがいいました。
「あたしどんなめにあってもいいから、おっかさんとこにいたいわ。」
「だっていけないんですって。風が毎日そういったわ。」
「いやだわね。」
「そしてあたしたちもみんなばらばらにわかれてしまうんでしょう。」
「ええ、そうよ。もうあたしなんにもいらないわ。」
「あたしもよ。今までいろいろわがままばっかしいってゆるしてくださいね。」
「あら、あたしこそ。あたしこそだわ。ゆるしてちょうだい。」
 東の空の桔梗の花びらはもういつかしぼんだように力なくなり、朝の白光りがあらわれはじめました。星が一つずつきえてゆきます。
 木のいちばんいちばん高いところにいたふたりのいちょうの男の子がいいました。
「そら、もう明るくなったぞ。うれしいなあ。ぼくはきっと黄金色のお星さまになるんだよ。」
「ぼくもなるよ。きっとここから落ちればすぐ北風が空へつれてってくれるだろうね。」
「ぼくは北風じゃないと思おもうんだよ。北風は親切じゃないんだよ。ぼくはきっとからすさんだろうと思おもうね。」
「そうだ。きっとからすさんだ。からすさんはえらいんだよ。ここから遠くてまるで見えなくなるまでひと息に飛でゆくんだからね。たのんだら、ぼくらふたりぐらいきっといっぺんに青ぞらまでつれていってくれるぜ。」
「たのんでみようか。はやく来るといいな。」
 そのすこし下でもうふたりがいいました。
「ぼくはいちばんはじめにあんずの王様のお城をたずねるよ。そしてお姫様をさらっていったばけ物を退治するんだ。そんなばけ物がきっとどこかにあるね。」
「うん。あるだろう。けれどもあぶないじゃないか。ばけ物は大きいんだよ。ぼくたちなんか、鼻でふきとばされちまうよ。」
「ぼくね、いいもの持っているんだよ。だから大丈夫さ。見せようか。そら、ね。」
「これおっかさんの髪でこさえたあみじゃないの。」
「そうだよ。おっかさんがくだすったんだよ。なにかおそろしいことのあったときはこのなかにかくれるんだって。ぼくね、このあみをふところにいれてばけものに行ってね。もしもし。こんにちは、ぼくをのめますかのめないでしょう。とこういうんだよ。ばけ物は怒ってすぐのむだろう。ぼくはそのときばけものの胃ぶくろのなかでこのあみをだしてね、すっかりかぶっちまうんだ。それからおなかじゅうをめっちゃめちゃにこわしちまうんだよ。そら、ばけ物はチブスになって死ぬだろう。そこでぼくはでてきてあんずのお姫様さまをつれてお城に帰るんだ。そしてお姫様をもらうんだよ。」
「ほんとうにいいね。そんならそのときぼくはお客様になっていってもいいだろう。」
「いいともさ。ぼく、国を半分わけてあげるよ。それからおっかさんへは毎日お菓子やなんかたくさんあげるんだ。」
 星がすっかり消えました。東の空は白く燃えているようです。木がにわかにざわざわしました。もう出発に間もないのです。
「ぼく、くつが小さいや。めんどうくさい。はだしでいこう。」
「そんならぼくのとかえよう。ぼくのはすこし大きいんだよ。」
「かえよう。あ、ちょうどいいぜ。ありがとう。」
「わたしこまってしまうわ、おっかさんにもらった新しい外套が見えないんですもの。」
「はやくおさがしなさいよ。どの枝においたの。」
「わすれてしまったわ。」
「こまったわね。これから非常に寒いんでしょう。どうしても見つけないといけなくってよ。」
「そら、ね。いいぱんだろう。ほしぶどうがちょっと顔をだしてるだろう。はやくかばんへ入れたまえ。もうお日さまがおでましになるよ。」
「ありがとう。じゃもらうよ。ありがとう。いっしょにいこうね。」
「こまったわ、わたし、どうしてもないわ。ほんとうにわたしどうしましょう。」
「わたしとふたりでいきましょうよ。わたしのをときどきかしてあげるわ。こごえたらいっしょに死にましょうよ。」
 東の空が白く燃え、ユラリユラリとゆれはじめました。おっかさんの木はまるで死んだようになってじっと立たっています。
 突然光のたばが黄金の矢のように一度に飛んで来ました。子供らはまるでとびあがるくらい輝やきました。
 北から氷のようにつめたいすきとおった風がゴーッと吹いて来ました。
「さよなら、おっかさん。」「さよなら、おっかさん。」子供らはみんな一度に雨のように枝から飛びおりました。
 北風が笑って、
「ことしもこれでまずさよならさよならっていうわけだ。」といいながらつめたいガラスのマントをひらめかして向うへ行ってしまいました。
 お日様は燃える宝石のように東の空にかかり、あらんかぎりのかがやきを悲しむ母親の木と旅にでた子どもらとに投なげておやりなさいました。

・いかがでしたか。いちようの実たちの兄弟姉妹愛にはほろっときますね・・・・。イーハートブの童話、ときどき紹介していけたらな・・・・・

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