思えば、自分はなぜ詩を書くようになったのか?いつからか、自分の気持ちや考えを言葉にする、書き留めるということでアイデンティティ(自分は自分である)というか、悩んでも苦しくても、今、自分はここに生きているんだということを確認して自分の気持ちを落ち着かせていたのだと。詩を書くということは、自分が生きている意味と意義を感じることであり、それは、絵を描くということでも良かったのである。ゴッホが一枚の絵を描いたように・・・・。
人生、誰もがさまざまな問題に出会います。思春期、就職、結婚、出産、子の結婚、更年期、定年・・・・。私自身、高校を卒業してから社会人として生きていくことに四苦八苦でした。ちなみに、四苦は、生・老・病・死とあり、八苦は、愛別離苦(親愛な者との別れの苦しみ)、怨憎会苦(恨み憎む者に会う苦しみ)、求不得苦(求めているものが得られない苦しみ)、五蘊盛苦(身心の苦痛)とあります。
青年のアイデンティティの危機として、自分は誰か、なぜここにいるのか、どこにゆこうとしているのか、ということがありますが、まさしく、自分もそのような道を経験していたのです。それでもなんとか生活して・・・・。そして、この春のリタイアに関しても、精神的に少し参りました・・・・。
会社を辞めるといった時、娘が、「長いこと働いたのだからよかったね」と、言ってくれたのにはほっとしました。リタイアして半年。いつからか、詩を書くことから遠ざかっている自分ですが。誰でも、悩みや道に迷ったときには、日記にするとか、体裁にこだわらないで、言葉にしてみるということはおすすめですね。
『少年と青空と・・・』
それは夏の日
素足で歩いたアスファルト
太陽の熱で溶けたコールタール
あらゆる物が太陽の下で輝く
砂埃の舞う 村外れの
小さな鎮守の森へ通じる長い道
金色の秋の陽と
たわわに実る稲穂と
赤トンボ・・・・
星が無数にまたたく夜のしじまと
冬の日の悲しみを感じさせない
青空・・・・
あれから 数え切れない
長い年月が過ぎ
愛した きみがいないということ
ふと 調べたコスモスの
ピンクの花言葉は純潔
白は優美 紫や赤は 調和 乙女の愛情
黄色は 自然美 幼い恋心
そしてチョコレートコスモスは
恋の思い出 と 移り変わらぬ気持ち
・拙い詩ですが、過ぎ去りし日々を振り返って、迎える冬の季節を前に・・・・。