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忘憂之物

男はいかに丸くとも、角を持たねばならぬ
             渋沢栄一

2008.12.16「3」

2008年12月18日 | 過去記事
平成20年12月16日 ③
日本の敗戦後、占領軍としてやってきたGHQの悪事は枚挙にいとまないが、実は冤罪もある。「日本の学校から二宮金次郎の銅像を撤去した」というのがソレだ。▼1946年に発行された日本国銀行券である「1円札」には「二宮尊徳」が堂々と載せられている。そもそも、「銅像」というくらいだから、戦時中に日本軍に提供されたと察しも付くはずだ。▼それにしても、二宮少年には「読書するための菜種油を自ら収穫した菜種のタネと交換する」「仕事の合間にわらじを編んで父親の酒代にした」など、多くの苦労話や孝行話が尽きない。▼その二宮金次郎像が失われた現代の学校でも、「学ぶ権利を奪わないで!」という向学心溢れた言葉や「将来を背負うのは私たちだ!」という日本の未来を担って立つ覚悟のある若人が「私学助成金を削減するな!」と1500人も集まってデモ行進したと、若者の味方である「しんぶん赤旗」に出ていた。▼まさか「菜種油を灯して」で教科書を読んでいるわけもあるまいが、それでも「学業には金がかかる」という如何ともし難い現実的な問題に直面しているのだろう。▼「奨学金をもらえるほど勉強すればいい」とか「私学に金がかかるのは当然」という真っ当な意見も聞かれるが、だが、ちょっと待ってほしい。▼努力をしたり、工夫をしたり、我慢をしたり、ということも立派な学問であるはずだが、彼らの求めているモノは「学歴に基づく権利」のことだから、言っても詮無いことなのである。▼そう言えば、学校にあった二宮像は薪を背負って読書していたが、神奈川県小田原市にある「二宮尊徳像」は普通に正座をしている。▼彼らに薪を背負えというのは不可能だ。その脆弱な背骨が折れるだろう。

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