忘憂之物

男はいかに丸くとも、角を持たねばならぬ
             渋沢栄一

民主党政権時代の最大のメリット

2013年05月19日 | 過去記事



聖母マリアは「穢れ」のないままイエス・キリストを身籠った。いわゆる「無原罪懐胎」だが、白人の建前とは「セックスしないで子供を産むレベル」だとわかる。連中は「その子は精霊が授けたのだ」とウイスキーを飲まなくても言える。日本の左巻きのアホンダラでも「コウノトリが運んできた」を本気では言わない。つまり、底が抜けているわけだが、白人は性行為を「罪」だと思っている節がある。何か後ろ暗い、疾しいことが思い当たるのかもしれない。

支那人も「伝承」では「井戸の水を飲んだら」とかある。テレビドラマの「西遊記」で猪八戒と三蔵が妊娠したのがそうだった。西田敏行扮する猪八戒が母性に目覚めていくシーンに笑い、それから「だからあんなに人口が多いのか」と納得した記憶がある。

天照大神でも父親のイザナギがいる。よく「日本人の建前にはうんざり」みたいな論調もあるが、日本人における建前とは痩せ我慢であったり、公共心であったり、紛争忌避の概念からである。一言で済ませば「和を尊ぶ」だ。我慢する、だ。山本五十六の「男の修行」だ。だからカミに父親がいるかどうか、セックスしたのかしないのか、は「本音」としてどうでもよろしい。大事なことはそんなことじゃぁない。

大阪市長も「アメリカ人の建前」を侮った。これくらいの本音トークは当たり前だろう、と日本人の感覚でアメリカ人と対した。これがいけなかった。「国際感覚が足らなかった」はその通りかもしれないが、それは「アメリカの欺瞞、偽善、独善」のことだった。

アメリカは昔からそういう国だ。ロサンゼルスの米西戦争記念館には「植民地支配に苦しむ者たちに自由の手を差し伸べた」とか平気で刻む。意味は反対だが、広島の平和記念公園内にある「過ちは繰り返しませぬから」に似た馬鹿さ加減が漂う。

先ずははキューバだった。日露戦争の少し前、アメリカは「スペインの植民地支配に苦しむ人々を救う」と言い出す。もちろん、建前だ。このときアメリカはお得意の「リメンバー」をやった。メイン号は日本人8名を含む266名の乗員の命と共に沈んでいき、ニューヨークの新聞は好戦的な見出しを躍らせた。スペインはキューバの人々を苦しめ、アメリカの船まで沈めた、だから許せないと。新聞は公然と「くたばれスペイン」を書いたが、アメリカ政府の本音は地政学的に看過できないだけだった。

日本に例えれば朝鮮半島の位置に似る。そんなところに反米国家があれば夜も眠れない。なんとか手に入れたい。それが無理なら傀儡政権を置きたい。また、もうひとつの本音は太平洋の戦略拠点も欲しい。狙ったのはスペイン領土のフィリピンだ。

アメリカは植民地支配に抵抗していたアギナルドを取り込む。海からは米軍が砲撃する、お前は陸から頼むと。すると、スペインはすぐに降参する。それでも米軍はいなくならない。どころかアギナルドはマニラにも入れない。騙された、と気付いたころにはもう遅い。アギナルドの現地兵士と米軍が睨み合う。そんなとき1発の銃声が響く。どこかで聞いたような話だと思ったら「盧溝橋事件」はその再現だった。

「最初に撃ったのは?」はともかく、アギナルド軍の現地兵士の主な武器は槍。近代兵器を装備して、用意周到だったアメリカの軍に適うはずもなく、あっという間にジャングルに追い込まれる。追った軍隊にはダグラスの父親とウィリアム・タフトらがいた。彼らは「ジャングルにいるのはゲリラ兵士。これは通常の戦闘行為ではない」と勝手に決めて、邪魔なモラルとルールを破棄した。つまり、捕虜は殺してもよい。無差別に虐殺もOKにした。タフトは後、アメリカ大統領になった。

米軍はジャングルのフィリピン人を殺しながら、現地住民の家畜を殺して田畑を焼いた。人為的な飢餓状態を発生させる。非武装のフィリピン人が何人餓死しようが関係ない。これでまず数万人を殺す。それからアギナルドに協力した現地人は拷問してから吊るす。日本に対する「慰安婦非難決議」とか、阿呆な文句は米下院に提出されたらしいが、フィリピン人に5ガロンの海水を飲ませて殺した「ウォーターキュア」は上院の報告書にある。もちろん銃殺もやった。しかし、これには数日かけた。ゲームみたいに即死しない箇所から撃っていく。楽しんでいたとわかる。

当然ながら、こんなことをしていると、イラクみたいに米兵が襲われることもある。親兄弟を殺されて、怒り狂ったフィリピン人に米兵38人が殺された。すると、アーサー・マッカーサーらはサマール島とレイテ島の住民を皆殺しにした。これも上院の記録になるが「少なくとも20万人」を殺している。実はコレ「少なくとも」過ぎる。60万人以上、という数字もあるが、ともかく、これでようやくフィリピン人は大人しくなる。というより、たぶん、戦える者がいなくなった。そこでロサンゼルスの石碑になる。

「植民地支配に苦しむ者たちに自由の手を差し伸べた」

自由の手を差し伸べたくせに、フィリピンの独立は1942年まで40年待たねばならない。この年、米軍は飛んで逃げた。そうしてフィリピン全土を日本軍が統治下に置く。アーサーの息子、ダグラスもみっともなくオーストラリアに逃げたあと、日本は翌年の1943年にラウレルを大統領にした。つまり、第2共和国として独立させたのは日本だった。

朝日新聞などは知らん顔をするが、こんな話は東南アジアにゴロゴロある。珍しくもなんともないが、コレと同じようにアメリカが(自分のことだけ)綺麗事を言いたがるのも昔からだ。大阪市長は<日本だけを特別に非難するのはアンフェアだ>とか口を尖らせるが、それくらいのことアメリカは痛痒にも感じない。ずっとアンフェアな連中だ。

大阪名物の市長にはもう遅いが、元来、政治家というのは「本音と建前」を上手に使う。例えば、国会で阿呆相手にするときは「異を唱えるわけではありません」とか「ノーコメントで」と馬鹿にしながら、邪魔臭い低レベルな隣国にも「かけがえのない友好国」とか、テキトーに機嫌を取りつつ、涼しい顔で独裁国家に内閣参与を送り込んで怒らせるとか。

もちろん、これを続けるには有権者が賢くならねばならないが、御蔭様の3年と少しがあった。呑気にしてた有権者も目覚めざるを得なかった。たまには民主党も役に立つ。また、民主党政権の弊害は少なくないが、経済でいえば半年かからず戻してしまった。外交や安全保障も着々と取り戻しつつある。まだまだ、これからだ。

それから民主党政権時代の最大のメリットを忘れてはならない。その最大の成果、それは「消えて無くなる」だ。これも夏に達成か。



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