写真はふるさとの野間岳 吹上浜からはきれいに見えます
議会報告「お元気ですか」が底をついたため、増刷り。ゆっくりと過ごしました。
今日は戦没者追悼式典。
戦争犠牲者に哀悼の気持ちを抱くことに違和感はありません。ただもの足りなさを覚えるのは、戦争は誰が何のために起こしたのか、どんなことが戦場で行われていたのかが語られることは少なく、国家も自らの意思として究明してきたとは言えないし、国民の認識としても薄い点です。
「戦没者のおかげで今日の繁栄と平和がある」とよく言われますが、事実はどうなのでしょうか。確かに戦没者の家族をいたわる言葉なのでしょう。しかしそこには戦争を遂行する立場にあった者たちを意図的に覆い隠し、責任追及に至らないようにという思惑を感じてしまいます。
戦争で多くを失い何もないなかから、今日を築いてきたのは生き残った国民であり、それを支えた平和憲法だと思っています。更には朝鮮戦争やベトナム戦争特需といった戦争によって戦後の経済界が大きく潤ったことも忘れてはなりません。
太平洋戦争にしてもほとんどの国民が今でも「やむを得ない戦争」と思わされ、「終戦」という言葉にしても、勝利、敗戦に比べて人為的なニュアンスは薄められています。
天皇が出てくるのは終戦の詔だけで、「すべては軍部の暴走、ABCD包囲陣でやむを得ない自衛の戦争だった」と聞かされていました。私の父親からもそうで、父は日本軍の非道な侵略行為が出てくると露骨にいやな顔をしたものです。
権力権限の大きさに応じて責任を取るのは自明のことですが、天皇は戦争責任をとらなかったし、国民も取らせることができなかった。前線に兵士に兵を送りこみ、戦争で暴利をむさぼった連中の存在もなかなか出てきません。
戦争の被害者面だけを強調し、加害者の側面には目をつむる。これではいつまでたっても世界から尊敬される国にはなれないでしょう。戦争の惨禍を思う時、その全貌に迫る取り組みはまだまだ足りないと思わざるを得ません。
そんな中で、夜のNHKで「日本人はなぜ戦争へと向かったのか 戦中編 果てしなき戦線拡大の悲劇」を放送していました。戦争指導者の非科学的な精神論、愚かさ、無責任さ、そのために亡くなった兵士たちの無念さを思います。見たのは途中からでしたが、番組紹介を以下に載せました。
また第二次世界大戦等の戦争犠牲者数はさまざまな資料を載せていて、改めて戦争の愚かさを感じます。
NHKの番組紹介
国力数十倍のアメリカになぜ無謀な戦争を仕掛けることになったのか。
太平洋戦争70年の年に問いかけた大型シリーズ、NHKスペシャル「日本人はなぜ戦争へと向かったのか」は、1月から3月に放送して大きな反響を呼んだ。そこでは1931年の満州事変から対米開戦を決定した1941年までを取り上げたが、今回は戦中編を放送する。
想定を遙かに超える戦果をもたらした12月8日の真珠湾攻撃。その直後から、開戦を決めたと同じリーダーたちのトップ会議で、戦争をいかに終結に持ち込むかの方針模索の議論が始まった。
しかし、そもそも無理を承知で始めた戦争。アメリカとの早期講和を狙うのか、長期持久戦でひたすら耐えるのか、首脳部の意志は割れて統一できない。結局、防御と戦線の際限ない拡大の両方を、陸海軍が各々バラバラに追求するという矛盾した決定に至る。この決定が日本の悲劇を一層深刻にしていくのである。
資源や補給船は陸海バラバラに運用される一方、作戦情報も共有しないまま南方へ送られた兵士たちは次々倒れた。軍官僚たちは占領利権を争い、戦線拡大のエスカレートは止まらない。重大事に危機感を共有できず、統率力を発揮できない国家指導者の下で犠牲者は膨らんでいく…。
以下の歌は「あきらめない」という歌。とても軽快で、訳も気に入っています。日本だけでなく世界に広まってほしい歌です
HK & Les Saltimbanks "On lâche rien" (Japanese subtitles)
≪被爆地福島の今を伝える地元紙など≫
福島民報 福島民友新聞 いわき民報
≪これまでの福島原発関連情報≫
◆今日も拡がる福島原発放射能汚染 さて大阪は ドイツ 気象局
◆全国の放射能(水道、雨の放射能)濃度一覧
◆山下HP反核・反原発サイト、放射能情報公開、反原発の歌
山下HP・「お元気ですか」 今日も元気だ のぼりラン のぼりラン備忘録
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今日は戦没者追悼式典。
戦争犠牲者に哀悼の気持ちを抱くことに違和感はありません。ただもの足りなさを覚えるのは、戦争は誰が何のために起こしたのか、どんなことが戦場で行われていたのかが語られることは少なく、国家も自らの意思として究明してきたとは言えないし、国民の認識としても薄い点です。
「戦没者のおかげで今日の繁栄と平和がある」とよく言われますが、事実はどうなのでしょうか。確かに戦没者の家族をいたわる言葉なのでしょう。しかしそこには戦争を遂行する立場にあった者たちを意図的に覆い隠し、責任追及に至らないようにという思惑を感じてしまいます。
戦争で多くを失い何もないなかから、今日を築いてきたのは生き残った国民であり、それを支えた平和憲法だと思っています。更には朝鮮戦争やベトナム戦争特需といった戦争によって戦後の経済界が大きく潤ったことも忘れてはなりません。
太平洋戦争にしてもほとんどの国民が今でも「やむを得ない戦争」と思わされ、「終戦」という言葉にしても、勝利、敗戦に比べて人為的なニュアンスは薄められています。
天皇が出てくるのは終戦の詔だけで、「すべては軍部の暴走、ABCD包囲陣でやむを得ない自衛の戦争だった」と聞かされていました。私の父親からもそうで、父は日本軍の非道な侵略行為が出てくると露骨にいやな顔をしたものです。
権力権限の大きさに応じて責任を取るのは自明のことですが、天皇は戦争責任をとらなかったし、国民も取らせることができなかった。前線に兵士に兵を送りこみ、戦争で暴利をむさぼった連中の存在もなかなか出てきません。
戦争の被害者面だけを強調し、加害者の側面には目をつむる。これではいつまでたっても世界から尊敬される国にはなれないでしょう。戦争の惨禍を思う時、その全貌に迫る取り組みはまだまだ足りないと思わざるを得ません。
そんな中で、夜のNHKで「日本人はなぜ戦争へと向かったのか 戦中編 果てしなき戦線拡大の悲劇」を放送していました。戦争指導者の非科学的な精神論、愚かさ、無責任さ、そのために亡くなった兵士たちの無念さを思います。見たのは途中からでしたが、番組紹介を以下に載せました。
また第二次世界大戦等の戦争犠牲者数はさまざまな資料を載せていて、改めて戦争の愚かさを感じます。
NHKの番組紹介
国力数十倍のアメリカになぜ無謀な戦争を仕掛けることになったのか。
太平洋戦争70年の年に問いかけた大型シリーズ、NHKスペシャル「日本人はなぜ戦争へと向かったのか」は、1月から3月に放送して大きな反響を呼んだ。そこでは1931年の満州事変から対米開戦を決定した1941年までを取り上げたが、今回は戦中編を放送する。
想定を遙かに超える戦果をもたらした12月8日の真珠湾攻撃。その直後から、開戦を決めたと同じリーダーたちのトップ会議で、戦争をいかに終結に持ち込むかの方針模索の議論が始まった。
しかし、そもそも無理を承知で始めた戦争。アメリカとの早期講和を狙うのか、長期持久戦でひたすら耐えるのか、首脳部の意志は割れて統一できない。結局、防御と戦線の際限ない拡大の両方を、陸海軍が各々バラバラに追求するという矛盾した決定に至る。この決定が日本の悲劇を一層深刻にしていくのである。
資源や補給船は陸海バラバラに運用される一方、作戦情報も共有しないまま南方へ送られた兵士たちは次々倒れた。軍官僚たちは占領利権を争い、戦線拡大のエスカレートは止まらない。重大事に危機感を共有できず、統率力を発揮できない国家指導者の下で犠牲者は膨らんでいく…。
以下の歌は「あきらめない」という歌。とても軽快で、訳も気に入っています。日本だけでなく世界に広まってほしい歌です
HK & Les Saltimbanks "On lâche rien" (Japanese subtitles)
≪被爆地福島の今を伝える地元紙など≫
福島民報 福島民友新聞 いわき民報
≪これまでの福島原発関連情報≫
◆今日も拡がる福島原発放射能汚染 さて大阪は ドイツ 気象局
◆全国の放射能(水道、雨の放射能)濃度一覧
◆山下HP反核・反原発サイト、放射能情報公開、反原発の歌
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