アメージング アマデウス

天才少年ウルフィは成長するにつれ、加速度的に能力を開発させて行きました。死後もなお驚異の進化は続いています。

華厳 Ⅳ 薬狩り(改定)

2017-03-15 18:12:55 | 物語
そのⅣ 薬狩り

 神亀6年(729)、8月5日、甲羅に「天王貴平知百年」と文字の書かれた瑞亀が
見つかり、天平と改元された。
 天平とは、仏になる修行を華にたとえ、その華で仏の位を飾る華厳の世界を
地上に築く事。それが聖武天皇と光明皇后の悲願で有った。
 しかし、百年の平和どころか、激動の時代の幕が上がった。

 養老の遣唐留学生、吉備真備と僧玄昉が帰朝した事で一気に幕が切り落とさ
れた。

 天平七年(七三五)八月二十六日。帰朝留学生従八位下下道朝臣眞備が、唐
礼百三十巻を始めとした暦から鎧をも貫き通す矢、儀礼用の矢に至るまで、唐
から持ち帰った貴重な文献武具などを献上した。
 翌八年には玄昉 に封戸や童子などを与えた。
 
 時の朝廷は人材不足に悩まされていた。期待をかけていた阿倍仲麻呂の帰朝
が玄宗皇帝から許されず、遣唐大使藤原清河(北家)は台風のため遠く南の島
に遭難し、結局この二人は生涯を唐で過ごした。

 聖武天皇は真備と玄昉を重用し、合わせて薬師寺の僧侶良弁を華厳の総本山
・東大寺別当に任命した。この時、薬師寺からは、後の怪僧弓削の道鏡もまた
東大寺に移ってきた。権勢を欲しいままにする藤原氏への牽制と対抗策だっ
た。
 特に真備は、四書五経に精通していただけで無く、諸葛亮孔明の八陣をも極
めていた、当に文武両道の俊英であった。

「古の明徳を天下に明らかにせんと欲する者は、先ず其の国を治む」
 真備の礼記の読み下しに阿部内親王が復唱した。
「古の明徳を天下に明らかにせんと欲する者は、先ず其の国を治む」
「其の国を治めんと欲する者は、先ず其の家を斉ととのふ。 其の家を斉えん
と欲する者は、先ず其の身を修む」
 内親王は正座をして書見台の礼記を懸命に見詰めている。
 正座をしていたのは、真備を師として敬う為だ。
 真備の娘由利は内親王の後ろに控えていたが、声に出さずに復唱していた。
「由利、あなたも声に出して復唱するのです」
 阿倍の言葉で、真備が厳しい視線を浴びせた。私語を慎むように言い渡して
いたからだ。
 由利は父真備の顔色を伺うようにして見詰めた。
 真備が娘に微笑んだ。
「其の国を治めんと欲する者は、先ず其の家を斉ととのふ。 其の家を斉えん
と欲する者は、先ず其の身を修む」
 今度は、二人声を合わせて復唱した。
「後は? 姫皇子、読んで下さい」
「はい、其の身を修めんと欲する者は、先ず其の心を正す」
「はいは入りませぬ。続きを由利、あなたが読みなさい」
 由利は緊張で喉がカラカラになっていた。父真備は彼女が生まれて直ぐ唐に
留学したので、なんとこの時が初対面だった。少し風変わりな父娘の対面であ
ったが、由利は十分に満足していた。
 まさか父の講義を受けられようとは夢にも思わなかったからだ。
「其の心を正さんと欲する者は、先ず其の意を誠にす」
 
 聖武天皇は真備にやがて皇太子になる、阿部内親王の教育を任せ、この国の
将来をも託した。
 真備にとってはやや不本意で有った。二十年にも及ぶ唐の留学で、儒教と軍
略を極めたが、古代の中国政治家の多くが、昼は儒家や法家、夜は老荘の人だ
ったように、彼も又老荘の徒で有った。
 真備は帰朝が適ったならば、故郷の吉備に隠棲する積もりだったが。この国
の危機を知り、強く請われて内親王の教師となり、大学寮の講師をも務めてい
た。さらに、近衛兵と言える中衛府の軍師でも有った。

「真備先生にお願いが御座います」
 講義を終えた時、阿部内親王が真備に頭を下げている。
「何をしているのです。貴女様は内親王で御座います。臣下に頭など下げては
いけませぬ」
「この場には、わたくしと真備先生と由利しかおりませぬ故、師として尊敬の
心をあらわしての事です」
 苦笑する真備、一体何を考えているのか計り知れないと思った。
「して、何でしょうか?」
「わたくしに文だけで無く武の教授もお願いしたいのです」
「姫皇子(ひめみこ)は、やがて皇太子となり、天皇となられお方。しかも女
性であらせられる。武など必要に成りはしませぬ」
「いいえ、だからこそ一通りの武道、馬術、剣術、弓の道を身に付ける必要が
有ると、わたくしはおもいます」
 真備はまたも苦笑為ざるを得なかった。
「内親王(ひめみこ)、それは屁理屈というもの」
「真備」
 阿部は今度は真備と呼び捨てにした。
「教えなさい。理屈抜きにわたくしは武術が好きなのです」
 真備は少し驚いた、正直な上に人間関係の機微を心得ている。
 真備は、この時から阿部内親王を好ましく思った。行く末立派な皇太子に、
そして民の上に立つ、澄んだ心でお仕え出来る天皇(すめらみこと)にお育て
したいとも思った。

 教えてみると、意外に筋が良かった。特に馬術と弓は急速に進歩を遂げた。

 天平八年(736)、生駒郡司から訴えが有った。生駒山中の鹿が増えすぎ、
木の若芽や、若木の皮を食い散らし、放っておけば禿げ山になりかねないと。

 政庁は急遽薬狩りをすることに決定した。
 鹿は神聖な生き物として保護されていて、衆生(民衆)が殺して食べたりし
たら厳重に処罰された。悪くすると死罪になったりしたのだ。
 鹿の数を調整する事を薬狩りと呼んだ。
 鹿の肉は滋養に富み、爪の先からは毛、皮に至るまで役に立つので薬狩りと
言われたのだ。
 また、鹿狩りは公家の特権で庶民には縁が無かった。
 この宮中行事には官女達も参加して紫草などの薬草を摘んだそうだ。

 東(ひむがし)の野に 炎(かざろい)の立つ見えて かえり見すれば
 月傾きぬ    柿ノ本人麻呂
    平成29年3月15日(水)  Gorou

華厳 後書き

2017-03-09 21:07:58 | 物語
 七転八倒の末にようやく華厳書き上げました。
 奈良時代の話というのはとても難しいのです。
 果たして、このラストを読んでくれた方がどのように感じるのか、わたしと
しては気になるところです。
 忌憚の無いご意見を賜れば有り難いと思います。
 もし、この物語に少しでも興味を持たれたら、ご自分で阿倍が孝謙天皇に名
成ってからの歴史を調べてみて下さい。面白いですよ、眞備と恵美押勝と名を
変えた仲麻呂の死闘が語られています。
 稚拙な文章と、中途半端な知識で書かれた物語【華厳】にお付き合い頂き、
本当に有り難う御座いました。

 参考文献
日本霊異記
続日本紀
万葉集

    今日   Gorou

三界の夢 そのⅩⅥ ときは今

2017-02-27 08:57:14 | 物語
そのⅩⅥ ときは今

 光秀は京都御馬揃えの前年には、丹波、丹後国を平定し34万石を領する大大
名に成っていた。
 光秀の戦振りと言うのは調略を主とする物で、城を囲んで果敢に攻めたり、
平原で決戦するなどというのは、どちらかというと苦手としていた。現に何度
か敗戦の憂き目に遭った。
 それでも信長は光秀を使い続けた。光秀の粘り強い戦振りを高く評価してい
たからだ。
 信長が信頼していた軍団長は秀吉と光秀の二人であった。
 
 天正10年(1582年)、信長の天下布武は大詰めを迎えていた。
 秀吉は毛利攻めに粗目途を立てていたが、あえて信長に援軍を哀訴してき
た。猿と呼ばれた秀吉一流の処世術である。

 5月、徳川家康饗応役だった光秀は任務を解かれ、羽柴秀吉の毛利征伐の支
援を命ぜられた。
「日向、毛利征伐の荷担にあたり、丹波・丹後の所領は没収致す。余も直ぐに
参るゆえ、猿と心を合わせて余の到着を待て、一気に毛利を屠り、その勢いで
お前は九州を攻めよ。九州は攻め取り次第である。二百万石も夢ではないぞ」
 
 その月の末、愛宕山五坊の一つである威徳院で、明智光秀、連歌師・里村紹
巴、威徳院住職・行祐らによって百韻が詠まれた。後に愛宕百韻として知ら
れ、光秀研究の要とも言われる連歌の会であった。

 発句は光秀。
「ときは今 あまが下なる 五月かな」
 行祐が二の句で受けた。
「水上まさる庭の夏山」
 さらに、里村紹巴が三の句へと継いだ。
「花落つる池の流れをせきとめて」

 光秀が時と詠んだのか、土岐と詠んだのか、未だに謎である。
 土岐と詠んだなら、土岐源氏の光秀が平氏の信長を討って、朝廷から征夷大
将軍を拝命される。という意味に成る。
 二の句と三の句で、二人共苦境を推し量って光秀を励ましている様にも受け
取れます。
 挙句で、光秀の長子光慶がこう詠んだ。 
「国々は 猶のどかなるころ(国々がのどかに治まる太平の世をもたらしてく
ださい)」
 此の頃には光秀の決意は固まっていたのか、晴れやかな笑顔で一同を見回し
た。

 6月2日早朝、光秀軍団は播磨に向けて出陣する。
 その途上の亀山城内で全軍に下知が下された。
「我らは、毛利討伐で無く、堺の徳川家康を討てとの上様よりの急使が来た。
敵は堺に有り」
 明智の武将達の意気は余り上がらない、家康討伐の真意が図りかねたのだ。
 だが、一部の重臣達には光秀の本心が明かされていた。

 赤揃いの騎馬隊三百にも、隊長火によって知らされていた。本能寺の信長を討つ
事を。
 皆、武田家の仇を討つと息巻いていた。
 そこへ、火が合流した。
 今日の火は、甲冑姿では無く、青苧の縮れ織りで編まれた真紅の忍び衣装
に、結い上げた髪を、紅い鉢金をキリリと巻き、胸には漆塗りの金箔で編まれ
た鎖帷子が、煌めいていた。
 三姉妹はこの日は、忍び衣装で挑むと決めていた。
「なんじゃ、葬列のようではないか。者ども我に続け! ウオーッ!」
 速駆ける火、一党は隊長に続き、鬨の声を上げた。
「ウオーッ!」
 殿を進んでいた赤揃いの騎馬隊が、瞬く間に全軍の先頭に躍り出ていた。
 その頃には、騎馬隊の意気が明智軍の将兵に行き渡り、行軍は弾みを増し
た。

 申の刻( 午後3時)を回った時、丹波屋に信長が寄越した籠が着いた。
 芳一を本能寺に迎える為だ。
 盲目の琵琶法師の盛名は信長の知るところと成り、今宵琵琶語りの宴が本能
寺境内で開かれる事と成った。
 ヨシとヨシコが芳一の両脇を支え、林が引き継いで籠に導いた。
 母と娘は籠が見えなく成るまで佇み続けた。
「お母様、酔芙蓉の花があの様に色づいてまいりましたわ」
 娘の視線の先を見る母、確かに朝よりもその花びらは赤みが差増していた。
希望なのか哀しみなのか分からなかった。

 茶室に入って正座するヨシ。
 ヨシコも母の前に正座をした。
「お茶を点てましょうか? お母様」
「いいえ、あなたにお話が有ります。誰にも聞かれないように茶室にしたので
す」
「そんなに怖い顔をして。なぁにお母様」
「ヨシ、あなたは光晴様をどうお思い?」
「愛おしく思うております」
「あなたがどんなに慕っても、一緒にはなれませぬぞ」
「辨えております。わたくしはいっかいの夫人でも構いません」
「正室はおろか夫人にも成れませぬ」
「お母様何故で御座います?」
 ヨシコの顔は衝撃で青ざめ、眼には涙が給って、今にも零れてきそうだ。
「嘘! ごしようだから嘘と仰って下さい。余りにも惨う御座います」
 大きく顔を左右に振るヨシ。
 それを見て、ヨシコは膝を崩して泣き崩れてしまった。
 ヨシも又項垂れ、零れてくる涙を懸命に堪えた。
 母は、娘の思うがままに泣かせた後、優しく声を掛けた。
「顔をお上げなさい」
 顔を上げるヨシコ、涙でくしゃくしゃに成っていた。
「涙を拭きなさい。そして母の話に耳を傾けるのです」
 懐紙で涙を拭い、もう何を聞いても驚かぬ覚悟の眼差しを母に向けた。
「先ほどお見送りした、あの法師殿は、・・・」
 言いかけて声を詰まらせるヨシ。
「あの琵琶法師殿は、・・・あなたの上の兄、わたくしの長男です」
「ええっ! 嘘! でしょう?」
 驚かぬ決意が不意になった。
「産みの母がなんで我が子を見誤りましょう」
「あのお方が、眼が見えないのはわたくしに、その眼を下さったからで御座い
ましょうか?」
「或いは? 優しい思いやりの有る子でしたから」
「ああっ、何故今に成って言うのですか? いっそ、口を閉ざして呉れれば良
いのに」
「あなたと共に、哀しみを分かち合う為です。あの二人は、修羅場と成る本能
寺に行ったのです」
 ヨシは二人の無事を祈り手を合わせて神仏に縋った。
 ヨシコは狂ったのか? 藻掻き苦しんで、狭い茶室を転げ回った。
 青苧の衣が解けて花が散り、長い帯が大蛇の如く、か細い腰を締め上げた。
「あなたは、光晴が生きて戻ったら、正室にも夫人にも成れぬが、明智家を影
に日向に支えるも良し。芳一が無事で戻ったら、法師の眼となって生きるも良
し」
 ヨシコが、大蛇の鎌首を掴んで、よろよろと立ち上がり、涙の涸れ果てた眼
で、恨めしそうに母を見詰めた。
「お母様は、どう為さるのです?」
「わたくしの心は固まっております。芳一の眼となって、諸国を行脚する所
存」
「ああ、ああ、わたくしはどうすれば良いのでしよう? 兄とは言え愛おしき
方のお側で生きるか? わたくしに眼を下さった優しいお兄様の眼となって、
万分の一でもご恩をかえすのか?」
 ヨシコは、哀しみの余り、大蛇に飲み込まれて、気を失ったて倒れ込んだ。

    2017年2月26日   Gorou


三界の夢 そのⅩⅤ 本能寺

2017-02-25 18:06:43 | 物語
そのⅩⅤ 本能寺

 京都御馬揃えの前日も当夜も、信長は本能寺に宿泊した。
 以後も京に出るときは、必ずと言って良いほど本能寺に泊まった。警護の侍
は百人程だった。
 本能寺は寺とは言え、塀は高く、堀や土塁を築いて、小さな砦と変わらぬ防
備力を持っていたのと、京の治安が良かったから、信長は本能寺が襲われよう
とは夢にも思わなかった。

 年が明けた正月の中頃、丹波屋が本能寺の信長に年賀の挨拶に参上した。
「いつもながら気前が良いの、丹治屋」
「手前どもが安心して商売に励めるのは、上様あっての事で御座います」
 平伏していた丹波屋が僅かに顔を上げて信長を拝謁した。
 信長は胡座をかいて、両腕を膝当てに置いていた。自然と信長は横目で丹波
屋を見る事になった。
「許す、面をあげよ」
 丹波屋はようやく顔を上げたが、後ろに控えている三人の娘は平伏したまま
だった。
「丹波屋、お前の後ろに控える女達は耳が聞こえぬのか?」
「上様を直接拝顔する等恐れ多い事と躾けて参りましたので、容易には顔を上
げませぬ」
 信長は益々顔が見たくなった。
「では命じる。戦場での下知と心得よ」
 一番年若の娘が顔を上げて信長を直視した。
 隣の娘が袖を引きながらもやや顔を上げた。
「名は?」
「楓、・・・と申します」
 信長が睨めば、その倍の眼力でその娘は睨み返した。
 苦笑を浮かべる信長。
「丹波屋、これで躾けられておるのか?」
「はい、わたくしの実の娘として養育をし、行儀作法から四書五経まで仕込ま
れた、才色兼備の娘達で御座います」
 風が上体を起こし、背筋を伸ばして信長を優しい眼で見詰め、微笑みを浮か
べた。
 続いて林も顔を上げたが、その眼は信長を怖れていた。
「わたくしは蒼ともうしあげます。尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じます。嬉し
ゅう御座います」
「わたくしは翠と申します」
 林の声は震え、その後が聞こえなかった。
 ためかどうか、信長が更に身を乗り出して三人を見詰めた。
 見詰めて小首を傾げた。どこかで見た事があるような気がしたのだ。
「丹波屋、その風変わりな娘達をわしに呉れると言うのか?」
「滅相も御座いません。安土の上様に仕えさせるには身分が違いすぎます。本
能寺に来られた時だけ、この三人を追い使って下さいませ」
「ふーむ。良きかな。抹香臭い坊主と薹の立った小姓共の顔も見飽きた。たま
にはそれぞれに咲き様の違う華を愛でるのも風雅」

 こうして、三姉妹は本能寺で信長の身の回りの世話をする事となった。
 ようやく敵の懐に飛び込んだのだ。

 信長は三姉妹を気に入ったようだ。特に凜とした美しさと優しさを持つ蒼に
はご執心だった。
 翠の淑やかさと細やかさも捨てがたく、一番若い楓はじゃじゃ馬で、時には
無礼なことを平気で言ったりするのが可愛いと思えるのである。
 信長は三姉妹を自分の侍女、いや、娼とさえ思っていた。いずれは三人とも
抱くつもりであった。
 二月に入って直ぐ、風が夜伽を命じられた。
「風よ、絶好の好機では有りませんか」と、林。
「飛んで火に入る夏の虫。生意気な奴じゃ、始末してしまおう」と、火。
「林よ、火よ、それで良いのだろうか? 我らは二人のお屋形様の敵を討つた
めに今まで艱難辛苦を嘗めて来た。寝首を掻けば、信長という男の命を奪うだ
けのこと。わたしは信長の取った天下をひっくり返したいのじゃ」
 取りあえず準備だけはして様子を見ることにした。

 その夜、風が信長の寝所の襖越しに声を掛けた。
 勿論、身体の隅から隅まで囚人が如く調べられていた。
「上様」
「誰だ?」
 中から信長の声がした。
 誰だ、はないでしょうと、風は少し腹を立てて再び声を掛けた。
「上様、お申し付けに従い、参りまして御座います」
「おお、そうであるか。許す、襖を開けて中に入れ。廊下では寒かろう」
 中は温かい、というよりは熱かった。
 信長は肌着の上から丹前を羽織り、大火鉢を抱え込んでいた。余程の寒がり
なのだろう。
 蒼を見た信長の顔が綻んだ。
「そこではまだ寒かろう。近くによって、そなたも火鉢に当たれ」
 蒼は膝を滲ませ、両手を火鉢に掲げた。
「上様は、お寒いのはお嫌い?」
「大嫌いじゃ」
「そなたは?」
「わたくしは、寒いのも暑いのも平気で御座います。真夏でも汗一つ掻きませ
ぬ」
「嘘を申せ、確かめるぞ」
「まあ、嬉しぅ御座います。夏までご寵愛を頂けるのですね」
「今の所その気だ。ところで、寒がらぬのはそなたの身体が温かいからか?」
「さあ、お試しになっては?」
「うむ、ならば裸になれ」
 行燈の火を消そうとする蒼。
「成らぬ、消しては成らぬ」
「上様、ご趣味が悪ろう御座います」
 風は、そう言いながらも、さらりと肌着を脱ぎ捨てて裸になった。
 悪びれること無く凜として立っていたが、それでも右の懐で乳房を隠し、左
の手のひらで前を隠した。
 無遠慮な信長の目が蒼の肉体を這いずり回った。
 視線に堪えかねた風が頭を激しく振ると、束ねていた豊かな乱れ髪が上半身
を隠した。
 あとは両手で大事な所を覆った。
「蒼よ、布団の上に仰向けで寝よ」
「はい、でも上様、行燈だけは堪忍」
 素直に行燈の灯りを落とす信長、丹前のまま蒼の上に覆い被さって来た。
 力の限りで蒼の肉体をかき抱く信長。
「そなたの身体は温かい。本当に温かい」
「上様が火をお付けになったから」
「憂いことを言う。哀しく思うぞ蒼」
 蒼の肉体、乳房から乳首、そして腹を這って下半身へと愛撫する信長の手
は、思いの外優しかった。
 信長の手が女陰の入り口に差し掛かろうとした時、天井の隙間から忍刀がス
ルスルと降りて来た。林と火が天井裏に潜んでいたのだ。
 眼前の忍刀を見詰める風の眼が霞んできた。
 信長の手が女陰を愛撫し、指が中に入ってきたのだ。
「ああーっ」
 思わず嗚咽を漏らす風。こんな事は初めてだった。常は、風が男を意のまま
に操って、思うがままに果てさせていたのだ。気をいかされた経験が無かっ
た。だけに激しく肉体が反応してしまった。
「上様、・・・上様」
 狂おしく顔を振り、快感に頬を紅潮させる風の肉体が炎のように燃え上がっ
た。
 風の眼前に有った忍刀がスーッと天井に上がって行き、やがて消えた。

 三月、四月、五月に成っても、信長の蒼への寵愛は止むことは無く、益々愛
おしさを増していった。愛撫に敏感に反応する肉体をも慈しんだ。
 ある夜、寝床で蒼が信長に聞いた。
「なぜ、林と火には伽を命じないのですか?」
「あれたちはそなたの実の妹であろう。わしはそれ程悪趣味では無い」

 風の様子がおかしいので、林と火が森林の中でひそひそ話をしていた。
「風は大丈夫だろうか?」
「心変わりをしていたなら、いっそわしら二人で片付けてしまおう」
 突然、風が木の上から降ってきた。
「林よ、火よ、懸念は無用。機会を伺っているだけじゃ」
 と言い放つと、風のように走って行った。
 風は走りながら、思わずも腹部を撫でていた。覚悟は変わらぬが、思わぬ不覚
を取っていたのかも知れないと案じていた。

   2017年2月25日   Gorou

三界の夢 そのⅩⅣ 天下布武

2017-02-21 20:27:15 | 物語
そのⅩⅣ 天下布武

 天正四年(1576)、織田信長は後に安土桃山時代と呼ばれる元となった、地上
六階、地下一階で吹き抜けを持つ安土城を琵琶湖東岸に築いた。
 この日本では克ってない、豪華絢爛で煌びやかな城は天主(本来は天守)閣が
聳えて、あたかも日本中とは言えないまでも、京都と近畿を威嚇していた。
 天主閣・・・? 信長は神に成ろうとしていたのだろうか?

 織田信長が怖れていた武将、武田信玄に継いで上杉謙信の死で天下布武は加
速度を増し、粗成し遂げられた。

 明智光秀と光晴主従は、琵琶湖畔を坂本城目指して騎行していた。
 光晴は安土城を振り返り、今更ながら華やかさに眼の眩む思いだった。
「あんな城は見たことは有りません」
「あれは城では無い」
 光晴には良く聞こえなかった。安土城に気を取られ、光秀と離れてしまった
からだ。
 馬を急がせて光秀と並ぶ光晴の耳に再び光秀の声が届いた。
「あれは城では無い。西洋の大聖堂と呼ばれている建物じゃ」
「大聖堂?」
「神の仮御殿である。故に天守ではなく天主と呼ばせておる」
 牡丹のような雪がちらついて来た。
 手のひらに雪の結晶を受ける光秀。
 その結晶は手の温もりに堪えられずに直ぐ消えた。
「最後の雪かも知れぬ」
「はい、近頃は寒の厳しさも随分と揺らいで参りました」
「信長公は今朝、御馬揃えを命じられた」
「御馬揃え?」
「朝廷と大名、末は民百姓の隅々まで、信長軍の威容を見せつける為じゃ」
 そう言うと、光秀は何事か思い出したのか、苦笑を浮かべた。

「日向(ひゅうが)よ」
 信長は光秀をいつもこう呼ぶ。陰日向のない武将と、将来は九州を平定せよ
との寓意が込められていた。
「これ日向。京で御馬揃えの支度と、采配を致せ」
 光秀が苦笑したのは、この後の言葉故であった。
「吝嗇も大概に致せ。金にいとまを付けるで無いぞ。足り無ければ安土の蔵か
ら幾らでも出す。いや、それよりも猿にでも借りろ」
 光秀が又笑った。今度は吹っ切れたのか、からりとしていた。
 信長の言葉は更に続く。
「良く聞け、金柑頭。そちの家臣で名だたるは、稲葉一鉄から盗んだ斉藤利三
位であろう。惜しむな、武将は戦の華である。新規に募れ。募って、御馬揃え
では騎馬隊を三隊組織し、騎馬戦を見せろ。この信長に恥を掻かせるな」
 
 斉藤利三は明智家の筆頭家老で、末娘お福は後の三代将軍家光の乳母とし
て、大奥で権勢を欲しいままにした春日局である。

「殿、風の斡旋で武田の浪人三十名を召し抱えました」
「三十名か? 家康は随分と召し抱えたというぞ。まあ良い、武田の残党なら
騎馬術に長けておろう。隊長の人選は抜かるな」
「畏まりました」
「それから、三十名の騎馬上手を二隊組織せよ」
「合わせて三隊? いかが致します」
「来たるべき御馬揃えで仮の騎馬戦を演じさせる為じゃ」
 光晴には過ぎた命令だった。六十名の騎馬武者は何とでもなるが、その隊長
に心当たりが無かった。
「一つお訊きして宜しいでしょうか?」
「なんだ、改まって」
「以前、殿はわたくしに、菩薩に復讐を願った時に、人では無くなったの言わ
れましたが、近頃は随分と人臭くなったと思います」
「悪魔に魂を売ったのじゃ。わしと同時にな。悪魔は人の心に住み着いて、悪
さをしたり、人を殺めたりするが、それも数年の間だけ。悪魔は気紛れでな。
そなたは十分に立派な人として成長を遂げた」
 光晴は、今では斉藤利三と並んで家老職を勤めていた。

 天正9年2月28日(1581年4月1日)、京都内裏東にて御馬揃えが行われた。
 一番隊・惟住五郎左衛門尉長秀(丹羽長秀)。
 二番隊・蜂屋兵庫頭(蜂屋頼隆)。
 三番隊・惟任日向守(明智光秀)。
 四番隊・村井作右衛門(村井貞成)。
 越前衆・柴田修理亮(柴田勝家)。
 その他にも、欧風の甲冑にビロードのマントと傾きを尽くした信長本人は勿
論、御連枝の御衆に公家衆と織田軍団を総動員する大規模なものだった。
 正親町天皇も招待され、馬術に通じた公家には馬揃への参加が許された。

 今風に言うと、フリー参加型の大イベントで、公家から大名、一般庶民も観
覧を許され、軍団と観衆の総数は十万位に成ったと想像できます。

「でかした日向」
 信長は光秀を呼びつけ、珍しくも上機嫌で褒めあげた。
「よくぞここまで。見事で有る」
「なんの上様、見物はこれからで御座る」
 光秀が采配を頭上で振ると、蒼揃いの甲冑に漆塗りの面を付けた騎馬武者が
信長に大長刀を捧げて、
「馬上故、御免仕る」
 大音声で呼ばわった。
「日向、あれはお前の家臣か?」
「燦候」
 また一騎、今度の武者は萌葱揃で長槍を頭上で勇ましく旋回させていた。
「我が槍と騎馬術を御覧じ有れ」
「オウ! 承った」
 思わず信長が鬨の声を上げると、全軍団が声を揃えて雄叫びを上げた。
「エイ、エイ、オー! エイ、エイ、オー!」
 或る者は箙を叩き、或る者達は槍刀を打ち鳴らしあった。
 信長の顔が興奮で紅潮していた。
 今度は空馬が駆けてきて信長の前で止まると、前足を折り曲げて御礼を捧げ
た。
「今度はなんじゃ?!」
「上様の御前ではあるが、姿を現せ!」
 光秀が叫ぶと、騎馬の上に姿を現す、紅に燃える甲冑に面の武具で揃えた武
者、襷に掛けた長刀を抜き放って頭上に掲げた。
「尻れい仕る!」と、言うや否やくるりと身体を回転させ、そのまま駆けて行
った。
「あの者は軽業師か?」
「なんの、実戦でも強う御座る」
 天皇も公家も、騎馬武者達も観衆も皆ヤンヤの大喝采を上げた。

 三騎の武者は、それぞれ蒼、萌葱、赤で揃えた三十騎の先頭に立った。
「方円! 方円の陣」
「オオッ!」
 槍で揃えた萌葱の騎馬武者が大将を囲んで林のような槍衾を作った。
「偃月(えんげつ)」
「畏まった!」
 蒼の部隊は、大将自らが大長刀を振るって敵陣に攻めかける態勢をとった。
「我らは車掛じゃ!」
「承った!」
 赤の武者達は一斉に刀を抜き放った。
 この三十騎は、川中島で謙信の取ったこの陣形に苦しめられた武田の残党
で、名だたる赤揃えの騎馬武者揃い。

 蒼の大将が萌葱の槍衾に攻めかかった。
 一方が崩れかかった。
「静まれ! 整えて堪えよ」
 大将の下知で態勢を整える萌葱部隊。
 今度は別の方から、赤の武田武者が車掛かりで次々と突っ込んで来た。
 どうやらまず萌葱部隊を滅ぼしてから、蒼と赤で決戦をする作戦だ。
 堪らず崩れかかった部隊に大将が命じた。
「背水の陣を敷け!」
 萌葱隊は築地塀を背に必死の陣形を取った。

「実戦ではああは上手くいかぬぞ」
 信長の問に応える光秀。
「なんのなんの」

「鋒矢」
「魚鱗」
 目まぐるしく陣形を変えて鬩ぎ合う三隊。
 実戦宛らの迫力だった。

「日向、あの三名をわしに譲れ」
「恐れながら、上様の仰せでもこれだけは適いませぬ」
「相変わらず吝い奴じゃ」
 顔を合わせて共に高笑いする二人。

   2017年2月21日   Gorou