アメージング アマデウス

天才少年ウルフィは成長するにつれ、加速度的に能力を開発させて行きました。死後もなお驚異の進化は続いています。

三界の夢 そのⅩⅡ 風雲(改訂版)

2017-02-21 03:36:35 | 物語
そのⅩⅡ 風雲

 丹波屋の京屋敷では、明智光秀と里村紹巴が主催する俳句連歌の会が度々行
われていた。
 天正6年(1578年)3月10日にも開かれた。
 この時は、連歌会の後、茶懐石が持て成され、続く宴の席では京で評判の琵
琶法師の平家語りが聴けると言う

 その前日、丹波屋宗右衛門の妻女ヨシと娘ヨシコが丹後から入京していた。
連歌会と茶懐石を心を込めて持て成すためだ。
 琵琶法師芳一が丹波屋京屋敷に到着すると、主と妻女が門まで迎えに出てい
た。
 妻女のヨシは目の見えぬ芳一を労り、手を引いて導いて呉れた。
 春爛漫の陽気のように温かい手だった、優しい心が掌を伝って芳一の心を和
ませてくれた。あの時の建礼門院徳子が思い出された。
「法師様は、・・・」と、ヨシは少し言葉を詰まらせた。
「何で御座いましょう?」
「不躾をお許し下さいませ。お目は、生まれつきなので御座いましょうか?」
「いいえ、十に成った冬に突然見えなく成りました」
 ヨシの顔が青ざめた、その後見る見るうちに喜色で輝いた。もしや・・・?
「お名前を聞かせては頂けませんか?」
「芳一と申します」
「良い響きの素敵なお名前ですわ」
 声が震えていた。
 ヨシは迷った。名乗るべきかどうかを。
 ここは一端心の内に秘めると決意した。

 ヨシとヨシコの母娘は日本海に漂う小舟から、丹波屋の大船に助けられ、妻
と成り娘となったのだ。
 不思議な事が有った。生まれつき目が見えなかったヨシコの目が突然見える
ようになったのだ。
 ヨシコは芳一の目が見えない事と何か関係が有るのかと不安を覚えたのだ。

 翌十八日、早朝から連歌会の参加者が続々と集まって来た。
 明智光秀と光晴が玄関に入ってくると、ヨシが光秀の腰の物を預かり、娘ヨ
シコが光晴の刀剣を両手で拝むようにして抱きしめた。
 光晴が娘を見詰めると、ヨシコは頬を染めて俯いてしまった。
 そんな光景を、丹波屋で行儀修行をしていた火が垣間見ていた。今は楓と名
乗っている。

 茶室で、光秀に茶を立てている丹波屋。
「宗右衛門殿、先日の話ですが、光晴には過ぎた話と存じますが、・・・」
 が、の後が気になって宗右衛門は茶筅から目を外して光秀を見詰めた。
「謀反人の汚名を着せられ、惨たらしくも滅ぼされた荒木の家に嫁いでいた、
長女結衣が坂本城で哀しみに呉れておりまする」
「あれは。あまりにも御無体な仕打ちで御座いましたなあ。一族郎党、女も子
供も磔にするなど、人の成せる業では御座いません。不幸中の幸いでしたな、
明智様の結衣姫が御実家にお帰りになれたというのは」
「信長は人に有らず、魔王であるからな。結衣を帰してきたのは、この光秀を
更に追い使う魂胆」
「信長様は明智様の御器量がお分かりなのです」
 前に差し出された茶碗の抹茶をうやうやしく口に運ぶ光秀、そこで大げさに
溜息を付いた。
「実は宗右衛門どの。結衣を光晴に嫁がせようと思っています。結衣を幸せに
出来るのはあの者しかいないと思っています」
「それは良う御座います。なに、丹波屋風情の商人の娘を御正室となど思うて
おりませぬ。どうか側室の一人に加えて下され。うかと口を滑らしてヨシコに
は悟られてしまいましてな、大層気に入っております」
「話は変わるが、謙信公御上洛の大号令が出たそうです。手取川で勝家軍を撃
破してから二ヶ月。・・・今頃春日山では戦支度に湧いておりましょう」
「いよいよ、・・・ですか?! 私共も励めねば成りませんな」
 謙信の上洛が実現した時には、丹後の明智軍が先鋒を勤める、との密約が成
っていた。

 その頃、光晴は別室で控えていた。
 襖の開く音がして、絹擦れの音が近づいて来た。
 その若い女中は、光晴の前に抹茶を置いた。
 茶碗を取り上げる光晴を穴の開くほど見詰めている娘。
「わたくしが立てましたのよ」
「有り難く頂戴いたします」と、抹茶を一口飲んで顔を顰めた。恐ろしく苦か
ったのだ。
「おいしう御座いましょう」
「はい」と言って、光晴も娘を見て小首を傾げた。
「お世辞と嘘はいけませぬ」
 娘が笑った。
ようやく火だと気付く光晴。なんという娘だ、変幻自在、狐狸の類いかも知
れない。

 煌々と篝火が庭園と舞台を浮かび上がらせ、夜桜が乱舞を見せる中、芳一の
平家語りが始まった。

♪ 祇園精舎の鐘の聲、諸行無常の響あり
 観る者は皆、それぞれの想いの中で傾聴している。
 芳一の実母ヨシは名乗り合わぬ長男の琵琶と謡いに涙を溢れさしていた。
 ヨシの夫・宗右衛門、実は桓武平氏の子孫だった。夢枕にたった建礼門院徳
子の訴えで、芳一の訪問は前もって知っていた。また、土岐源氏の明智光秀の
支援をするのは奇縁とは言え、全身全霊で明智氏を援助する覚悟が有った。ヨ
シコを光晴の側室にと請うたのは本心からである。

♪ 沙羅雙樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす
 散花が風に舞った。
 花の気配を感じた芳一が眼を開いた。何も見えなかったが、家族との再会
が、尼御前の予言として実現すると念じ、信じていた。
 今は翠と名乗っている林は、これは運命の出会いだと確信した。今までにこ
んなに胸がときめいた事は無かった。ああ! 法師様の眼となってお護りした
いと願った。
 突然、芳一の琵琶が激情のままに、荒々しくかき鳴らされた。

♪ 驕れる人も久しからず、唯春の夜の夢の如し。猛き者もつひには滅びぬ
 稚葉と名乗っている風がそっと光秀の袖を引いた。
 光秀が風を見返ると、悲痛な面持ちで見詰めていた。
 また、琵琶が凪のそよ風の如くに静まった。
 
♪ 偏に風の前の塵に同じ

 別室で、風が光秀に唯ならぬ形相で口を開いた。
「ただ今急使が参りました。お屋形様が、謙信公が病を得、昏睡状態に陥った
との事」
「なに! 本当か?」
 風の顔が不安でおののいていた。
「我ら三人は春日山に急行して真偽を確かめまするので、駿馬を九頭馳走して
下さりませ。風と林と火が越後へと、今から直ぐにも立とうと思います」
「いかにも、馬など容易い用じゃ。騎馬武者の一隊でも光晴に率いさせて同行
させようぞ」
「無用に御座います。恐れながら足手纏いになりまする」
「相分かった。向後の事は、お主達の知らせを待とう」
「御免!」
 溢れ出そうになる涙を断ち切って、風は雄雄しく立ち上がった
   2017年2月18日   Gorou

三界の夢 そのⅩⅢ 夢と栄華と酒

2017-02-19 19:57:50 | 物語
そのⅩⅢ 夢と栄華と酒

 天正5年(1577年)12月18日、謙信は春日山城に帰還し、12月23日に上洛の
大動員令を発した。翌3月15日に遠征を開始する予定だった。
 しかし3月9日、遠征の準備中に春日山城内で倒れ、3月13日の未の刻(午後2
時)に急死した。享年49。
 遺骸は甲冑に太刀を帯び、甕の中へ納めて漆で密封された。

 三姉妹が春日山に入城したのは三月十三日の夕刻だった。
 城内が戦支度でごった返している中、家老直江景綱が大手門で出迎えた。
 騎馬から飛び降りた三姉妹は、よろける身体に鞭打って景綱に傅いた。
「お屋形様のご容体は?」
 城内の斯様な戦支度、もしかしたらご回復になったのかと思う三姉妹。
「一刻遅かった。謙信公は身罷れた」
 風は聞き間違いかと願い、重ねて尋ねた。
「お屋形様は?」
「くどい! お亡くなりになった」
 驚愕の事実を突き付けられ、三人とも地べたにへたり込んだ。
「苦労であった。見ての通り城は困窮を極めておる。そなた達を構うている余
裕が無い。あれ成る小屋で疲れを取るが良かろう」
 三姉妹が景綱の視線の先を見ると、粗末な見張り櫓が有った。
「御葬儀はいずれにて?」
「城内の不識院に埋葬されると決した」
 景綱は林の問にも素っ気なく応えた。埋葬は決したが、葬儀の予定はたって
いないという事だ。
 大地を渾身の力で踏みしめている景綱、顔面蒼白なれど、両の眼は不退転の
決意でランとして輝いていた。
「そなた達は、休息を取った後、明日の夜までには城を出るのだ。明日以降は
越後に二度と踏み入れては成らぬ」
 上杉家と三人姉妹との決別宣言だった。
 踵を返して悠然と歩く景綱の袂からひとひらの和紙が零れ、春の風に舞うよ
うにして風の足下に落ちた。
 景綱が膝を落として蹲り、右手の拳を大地に叩きつけた。眼からは止めども無く涙が溢れ出てき
た。これから始まる内乱、上杉景勝と上杉景虎の跡目争いを纏める自信が無かったのだ。

 和紙を拾い上げる風。

 極楽も 地獄も先は 有明の 月の心に 懸かる雲なし
 四十九年 一睡の夢 一期の栄華  一盃の酒 嗚呼 柳緑 花紅

 その紙には謙信の辞世の句が書いてあった。謙信直筆とは思えないほど無骨
な筆跡だった。

 その夜の内に、三姉妹は春日山城を出た。
 春日山城は夜通し篝火が焚かれており、読経とも鬨の声とも分からぬ雄叫び
が続いていた。將も兵卒も異常な興奮状態に違いない。

 三姉妹は、夜明けまで闇に浮かぶ春日山城を見ていた。
 今は忍び衣装に着替えていた。
 丹波屋の匠達が極めた技で織り上げ、魂魄の限りを尽くした金色の鎖帷子は
幾重もの漆が塗ら
れていた。
 蒼、萌葱、紅の領巾がそれぞれの首から、棚引く雲となって揺らめいてい
た。
「風よ、我らは向後をいかに生きれば良い?」
 街外れの古刹、その大木の枝に立って、林が風に聞いた。
「林よ、あなたは忍びには向かぬ。法師殿の眼となって供に平穏な人生を歩む
が良い」
「いやじゃ。わたくしは姉上と共に生きる覚悟」
 枝に止まる大鷲が如く、毘ける(たすける)の一文字を染め抜いた謙信の旗
印が三姉妹の背中ではためいていた。
「風よ、わしはどう生きれば良い?」
「火よ、お前は忍びの為に生まれた娘じゃ、わたしと共に来るが良い」
「ウオーッ!」
 火と林が、雄叫びを上げて風に応えた。
 風だけが嘆き悲しみ、頬を涙が伝っていた。
 今当に夜が開けんとする暁の中、春日山城の上空に龍が如き雲が飛翔してい
た。
「おおーッ! あれは龍ではないか」と、火。
「謙信公の御霊が龍になった」と、林。
 風は慈しみの顔を雲に捧げて、こう言った。
「お屋形様は、三界から解脱なされたのだ」

 極楽も 地獄も先は 有明の 月の心に 懸かる雲なし
 四十九年 一睡の夢 一期の栄華  一盃の酒 嗚呼 柳緑 花紅

    2017年2月19日    Gorou

三界の夢 そのⅩⅠ 青苧

2017-02-15 21:13:03 | 物語
その十一 青苧

 設楽原の戦法は、信長の敵対勢力に脅威を与えた。
 信長を巡る戦局は風雲急を告げたのです。

 天正3年(1575年)六月。謙信は越後平野の視察をしていた。相変わらず供
は小姓が数人であった。
 一面は稲田、では無く青苧(あおそ)畑であった。
 謙信の時代、越後の経済基盤は米では無く、青苧から作る繊維だった。
 謙信は青苧座を設け、各地に売って大儲けをしていた。特に力を入れていた
のは矢張り京であった。豪商越後屋と丹後の丹波屋に競わせていた。

 斜面に大きな青苧畑が有った。
 三人の百姓娘がいそいそと働いていた。長身の二人は畑から首を出していた
が、小柄な小娘は見事に成長を遂げた青苧の茎葉に隠れていた。
「良き眺めである」
 謙信は上機嫌で、柿の大木の根瘤に腰をかけ、瓢の酒を飲んだ。
「肴は柿が良い」
 小姓の一人が柿の大木によじ登って、柿の実を一つ取ってきて謙信に捧げ
た。
「うまそうだな。そなた食べてみよ。ゆるす」
 それを聞いていた畑の小娘が駆けだした。
 柿を囓る小姓、苦さに顔を歪めながらも飲み込んだ。
「馳走仕った」
 小娘が謙信に駆け寄って、柿を手拭いで丹念に磨き、謙信に差し出した。
 火だ、さすがのこの娘も謙信の前では比較的行儀が良かった。
「上手い! 美味じゃ」
 嬉しそうに微笑む火。
「何故甘柿と分かった」
「小鳥が突いていましたもの」
「若いのに、物の道理が分かっているようじゃな」
 少しふくれ面を見せる火。
 風と林も畑から出て来た。
 大きな筵で巻いた物を二人で抱えて謙信の御前に傅いた。
「いつもながら苦労である。そなた達の報告は、どの物見からよりも面白
く、役に立った」
 そう言いながら三人をジロジロと見る謙信、忍び衣装を着ていない三人娘を
見たのは初めてだった。
 忍び衣装では無かったものの、三人はそれぞれ青と萌葱と紅に拘っていた。
「似おうているぞ、わしは忍び衣装よりもこの姿の方が好きじゃ」
 三人娘は頬を赤らめて頭を下げた。
「青苧で作ったのか?」
 風が顔を上げて謙信を見詰めた。
「はい、越後屋に仕立てさせました」
「そうか、してその筵の中身はなにじゃ」
 二人が筵を解くと巨大な種子島が出て来た。
「ほーう、それが噂の大筒か?」
 風と林が大筒を肩に支え、火が引き金に指をかけた。
「このようにして放てば百発百中、凄まじい破壊力を発揮しまする」
「信長はこれをどれくらい所持しておるのか?」
「確かな数は分かりませんが、千挺位は手に入れておるかと?」
「堺、根来、国友で造らせております」
「根来と国友からは無理でも、堺からなら、丹波屋を通じて可能かも知れぬ、
だがな、手練れの弓兵と槍武者の破壊力も侮れぬぞ」
「お屋形様に何か策がお有りなのですね」と、林が尋ねた。
「有る。・・・ところで、今日は真に良き天気じゃ」
 空を見回す謙信。
 三姉妹も、それぞれに空を仰いだ。
 晴天が続く中、遙か西の彼方に雲が湧いていた。
「風よ、雨は来るか?」
「はい、二刻ほど後には必ず」
「わしは雨を待ち、夜襲を仕掛け、平原では信長とは戦わぬ」
「それこそ毘沙門天の知恵で御座います」
 三姉妹は、今更ながら頼もしきお屋形様、謙信に絶大な信頼を寄せた。
 風が懐から書状を取り出して謙信に渡した。
 ざっと目を通す謙信、満足げに大きく頷いた。
「何よりの馳走じゃ、一向一揆に悩まされず信長に全力を注げる」
 書状は本願寺蓮如からの盟約だった。
 風が謙信の顔色をうかがいながら、
「真に恐れ入りますが、お屋形様にお願いが御座います」
 風を見詰めて、謙信は顔で何かと聞いた。
「我ら、京に隠れ家は手に入れました。が、甲斐の山奥で育てられた為、女と
しての行儀作法に欠けておりまする」
「特に火にはな」
 頬を膨らませる火。
「どなたかに紹介して呉れませぬか?」
「分かった、越後屋ではまずいな。丹波屋が良い、文を認める、丹波屋は悪い
ようには決してせぬ。・・・間男でも作るのか? 作って誑かすのか?」
「さあ?」
 意味ありげな微笑みを浮かべた三姉妹は、大筒をその場に残し、青苧の着物
で走り出した。

 青苧は別名が多く、紵(お)、苧麻(ちょま)、山紵(やまお)、真麻(ま
お)、などである。
 謙信は真麻と間男(まお)とで謎をかけたのだ。

 三姉妹は、丹波屋で行儀作法の修行に励んだ。
 不満を浮かべたのは火だけだった。
「こんな行儀作法など、何の役に立つ? 忍びの修練の方が遙かに楽じゃ」
 そんな火を、風と火が宥めたり、賺したりして機嫌を取った。
「火よ、これは信長に疑われずに近づく為の修行、疎かにするでない」
「分かった。我慢する」
 火にとって風は母親代わりで逆らう事が出来ない。
「光晴とは逢っておりますのか?」
 林の言葉で、忽ち相好を崩す火、無邪気な笑みを浮かべた。
「逢うておる。わしは」
「これ、火よ」
 風が窘めた。
「うむ、わたくしは光晴様を益々好きになりました。光晴様もわたくしを好い
てくれております」
「良きかな、それも励め」
 火は少し悲しかった。光晴との事は利用したり、誑かす為に近づいたのでは
無い。本当に好きになっていたのだ。

 丹波屋で修行に励む三姉妹の元に悲報が届いた。

    2017年2月15日    Gorou

三界の夢 そのⅩ 設楽原

2017-02-13 11:55:02 | 物語
 そのⅩ 設楽原

 三年の喪を守った武田勝頼は、天正3年(1575年)4月、三河侵攻を開始。
 因縁の長篠城(徳川の前線)を囲んだ。
 守勢僅か五百、囲む武田勢は二万。
 数日を待たずに落城と思われたが、200丁の鉄砲や大鉄砲、そして周囲を谷
川に囲まれた地形のおかげで、籠城軍は武田の猛攻に絶えていた。

 5月14日の夜、城側は鳥居強右衛門(すねえもん)に岡崎城の家康へ援軍を
要請させた。
 鳥居は夜陰に紛れて武田軍の厳重な警戒線を突破し、岡崎城にたどり着い
た。
 岡崎城にはすでに信長の援軍3万が到着していた。
 信長軍には光秀と光晴も従軍していた。

「光秀様、織田の足軽は刀槍よりも丸太を担ぎ、多数の黒鍬(工兵)が来てい
ます。信長はどのような戦をする積もりなのでしょう?」
 そう言う光晴の横を小柄な足軽が丸太を担いで通った。
「おそらく。・・・信長公は欧州の戦に想を得、大規模な防御陣地を築くので
あろう」
 光秀の言葉に耳を傾けた足軽が窪みに足を取られて丸太を落とした。
 光晴の側に転がってくる丸太。
「我が軍は敵に倍しています。正攻法で直押しにするが常識かと思いますが」
 顔中墨を塗りたぐった足軽が舌を出して光晴を見た。
 火だ、相変わらず光晴に笑いかけている。
「これが信長の戦じゃ。間違いなく勝てる方策を立てた上で敵を玉砕させる。
叡山、浅井・朝倉攻めで、お前は何を見ておったのだ」
 光晴は足軽・火の顔に頬被りをさせて、耳元で囁いた。
「無茶をするな」
「なんの、偵察ついでにお前の顔を見に来たのだ。有り難がれ、光晴」
 火の肩に丸太を担がせる光晴。
 光秀も火の存在に気付いた。
「火とか言ったな。主だけか?」
「二人の姉も来ておる」
「その二人は、どこで何をしておるのだ?」
「知らぬ。知っていても言わぬ。これだけは言っておく。わしらは武田を抜け
た。どこで何をしようが勝手。知らぬ振りをしろ」
 火は丸太を軽々と担いで、小走りで去って行く。丸太のため、疾走とまでは
言えなかった。
「いつも元気な小娘じゃな」
 光秀に返事をするのも忘れ、光晴は火の行方を追った。

 強右衛門は信長や家康と面会し、翌日にも家康と信長の大軍が長篠城救援に
出陣することを知らされた。
 強右衛門はこの報告を一刻も早く長篠城に伝えようと引き返すが、5月16日
の早朝、城の目前まで来て武田の兵に捕らえられてしまった。
 死を覚悟の強右衛門は武田側の厳しい尋問に臆せず、自分が篭城軍の密使で
あることを敢えて知らせる。武田側は強右衛門に「お前を城の前で磔にする。
そこでお前は『援軍は来ない。早く城を明け渡せ』と叫べばお前の命は助け
る」と取引を持ちかけた。
「承知仕った」、強右衛門は即座に取引を受けた。
 翌朝、城の前に磔りつけ柱に縛り付けられた強右衛門は、
「鳥居強右衛門で御座る。敵に捕まり、この為体。城中のみな、よく聞け」と
呼びかけた。
「あと二、三日で、数万の大軍が救援にやってくる。堪えよ」と大声で叫ん
だ。
 強右衛門はその場で武田軍に槍で突き殺された。
 
 その様子を、城壁で見ていた籠城兵に変装した風と林。
 二人は比較的長身だったので、小姓に見えた。
「なんと惨い」と、顔を背ける林。
「あっぱれなり鳥居強右衛門。あなたの子孫は必ずや繁栄致しますぞ」
 二人は、強右衛門に黙祷を捧げた。

 強右衛門の死は、城兵の士気を奮いたたせ、設楽が原で織田徳川連合軍が武
田軍を撃破するまで、城を守り抜いた。

 信長到着の報を受けた武田陣営では直ちに軍議が開かれた。信玄時代からの
重鎮たち、山県昌景、馬場信春、内藤昌秀らは信長自らの出陣を知って撤退を
進言したが、勝頼は決戦を強く主張する。そして長篠城の牽制に3,000ほどを
置き、残を設楽原に向けた。
 信玄以来のの重臣たちは敗戦を予感し、死を覚悟して一同集まった。
「もはや武田もこの日限り」と昌景。
「音に聞こえた武田騎馬武者の散り様をみせてくれん」と信春。
「信玄公御覧あれ。我らは信長に目に物見せましょうぞ」と昌秀。
 三人の老将は、騎乗で水盃を飲み干し、杯を地面に叩きつけ、化天との決別
とした。
「いざ、設楽原に」
「いざ、最後の突撃じゃ」
「いざ、信玄公の元へ供に参らん」
 三人は風林火山の旗を立て、設楽が原の決戦場に騎馬を走らせた。
 夏の突風で風林火山が颯爽と翻っていた。

 勝頼は1万5千ほどの軍勢を率いて滝沢川を渡り、織田軍と二十町(約
2018m)ほどの距離に、兵 を13の兵団に分けて西向きに布陣した。
 対する織田軍は二重の土塁を高々と築き、更にその前に馬防柵を巡らせて、
三段の鉄砲隊が獲物を待ち構えていた。
 勝頼の本陣には風林火山が旗めき、山を気取って采配を西に向かって振り下
ろした。
 音に聞こえた武田の騎馬隊の突撃が始まった。

 戦場近くの大樹の枝には三人のくの一の姿が有った。
 変装を解き、今はいつもの忍び衣装だ。青と萌葱、そして紅に燃える領巾が
風に棚引いている。
「勝頼殿は下手な戦をする」と、風。
「武田の騎馬隊でもあの馬防柵と大土塁は越えられまい」と、林。
「いっそ全滅するが良い、勝頼の阿呆め」と、火。
 三姉妹は毒づいていたが、顔は青ざめ、悲痛な趣で、瞬きも忘れて戦場を凝
視していた。

 武田軍が射程内に来ると鉄砲が一斉射撃で騎馬もろとも武者をなぎ倒した。
 素早く一段の鉄砲隊が後方に引き、二段めが一斉射撃、素早く入れ替わった
三段めも一斉射撃。
 織田軍は主力の槍隊と騎馬隊は戦闘行為の気配すら感じさせなかった。
 まるで、芝居見物でもしているようだ。
 光秀と光晴もこの新作舞台の見学者だった。
「光秀様、戦の歴史が変わりました」
「これからは、鉄砲を多く持った者が有利になる」
「はい、戦の猛者など、これでは役に立ちません」
 空を見上げる光秀。
「今日は晴天だが、雨が降っていたらどうする?」
「合羽や大敷物などで鉄砲を守ります」
「じゃが、鉄砲隊の威力は半減。・・・それでも勝頼相手のの戦では勝てる」
 二人がこんな会話を交わしている内にも、勝頼が次々と放つ武田武者が骸に
なっていた。

 夕日が戦場を照らした。
 そこには真っ赤な武田武者の血と、赤鎧で綾なす紅葉の様だった。

 『信長公記』に記載される武田軍の戦死者は、譜代家老の内藤、山県、馬場
を始めとして、原昌胤、原盛胤、真田信綱、真田昌輝、土屋昌続、土屋直規、
安中景繁、望月信永、米倉丹後守など重臣や指揮官にも及び、戦傷者は一万を
超えた。が、織田方の損害は僅か六十名に留まったと伝えらている。

 勝頼はわずか数百人の旗本に守られながら、信濃の高遠城に後退した。

 木の上の三姉妹は、風も林も、火も、金縛りにかかった如くに動かなかっ
た。
 夕日が沈み、戦場が闇に包まれた時、三姉妹は改めて魔王の恐ろしさを知ら
された。
 三姉妹が地上に飛び降り、疾走し、やがて何処ともなく消えた。

  2017年2月13日   Gorou

三界の夢 そのⅨ 長篠

2017-02-12 23:05:16 | 物語
そのⅨ 長篠

 長篠城は交通の要衝にあり、寒狭川と大野川が合流する場所に突き出した断
崖絶壁上の天然の要塞であった。

 信玄は野田城を落とした直後から度々喀血した。
 このため、信玄は長篠城において療養していたが、近習・一門衆の合議にて
4月初旬に甲斐に撤退することと決まった。

 粛々と甲斐に引き返す武田の軍勢に常の覇気が無かった。お山が病に倒れ、
明日をも知れぬ重傷。との噂が掛け巡っていたからだ。

 一人の騎馬武者が、遙か彼方で夕焼け目掛けて疾走する信玄(影武者)とお
側衆の幌武者を見付けて、鬨の声を挙げた。
 鬨の声が全軍に伝染して行く。
「お山はお元気だぞーッ!」
「髑髏館で出直しなさる!」
「エイエイオー!」
 十騎程の騎馬武者が、堪らず信玄の影とともに早駆けた。

 その頃、鎧を脱いだ近習衆と医者と風に守られた一台の籠が裏街道を急いで
いた。その籠は三州街道上の信濃国駒場宿に入った。
 思えば、「遠州・三河・美濃・尾張へ発向して、存命の間に天下を取つて都
に旗をたて、仏法・王法・神道・諸侍の作法を定め、政をただしく執行はんと
の、信玄の望み是なり」と、上洛軍を興し。
 俳諧書犬筑波集で「都より甲斐への国へは程遠し。おいそぎあれや日は武田
殿」という句が記されている。

 4月12日、信玄は風を病床に呼んだ。
 半身を興しながら信玄が何か言おうとしている。
「お山は動いてはなりませぬ」
 風はやまい人を優しく床に寝かしつけた。
 三姉妹は、決して信玄をお屋形様とは呼ばなかった。今も病と風林火山の山
との掛詞だ。
「わしの夢を知っておるか?」
「京に御旗を立てる事でございましょう」
「もう一つ有った」
「もう一つで御座いますか?」
「わしの跡目は勝頼が継ぐ事は決めてある。が、あの者では心許ないでな、わ
しはそなたに男子を生ませかった」
「それでは、お抱き遊ばせば宜しう御座いましたものを」
「わしは、気に染まぬ者を手籠めにする程女に不自由はしておらぬ」
 風は袖で口を隠して笑った。
「それはまた、お行儀が宜しう御座いますな」
「可笑しいか?」
「はい、可笑しう御座います」
 信玄も快活に笑った、笑いすぎて咳き込んだ。
 信玄の背中をさする風。
 咳が収まると、信玄は真顔になった。
「勝頼では、そなた達三姉妹を使いこなせまい。わしが死んだら、意のままに
せよ。重臣たちには言うてある」
「勝頼様に仕えよとは命じないのですか?」
「風よ、山が崩れた甲斐に風と林と火の居場所は無い。・・・そうよな、風を
使いこなせるのは、わしの他には謙信公しかいないかも知れん」
 思わず顔を伏せる風。謙信公の名が信玄から出たので顔を赤らめていたから
だ。
「そうだ、もう一人思いついたぞ」
「どなたで御座います?」
「小童、痴れ者、歌舞いた阿呆、魔王、色々な名で呼ばれる信長じゃ」
「残念では御座いますが、信長風情に仕える風では有りませぬ」
「ハ・ハ・ハ、戯れ言じゃ、許せ」
 信玄は、風の二の腕を掴み、優しく掌までを撫でていく。
「大ていは 地に任せて 肌骨好し 紅粉を塗らず 自ら風流」
 信玄は辞世の句を詠んだ後、風にこう言った。
「此の世は世相に任せるものだ。見せ掛けで生きるな。本音で生きよ」
「はい、お屋形様の仰せの通り、本音で生き抜きます」
「初めてお屋形様と呼んでくれたのう」
「はい」
 風の頬を一筋の涙が伝った。
 その涙を優しく拭う信玄。
「風よ、勝頼と重臣(おとな)共を呼べ」
「はい、畏まりました」
 風が退席して間もなく、勝頼と山形を初めとした重臣達が入ってきた。
「勝頼、信玄の葬儀は出しては成らぬぞ。三年の間は、国を富ませ、兵を鍛え
るて忍ぶのだ、良いか、外征は成らぬぞ、今のお前では甲斐を滅ぼすのが落ち
じゃ。何事も重臣共との合議で決めよ」
 そう言うと、信玄は傍らの山形に顔を向けて微笑んだ。
「山形、京の瀬田に風林火山の旗をはためかせたかったのう」
「なんの、我らが勝頼様を街道一の御大将に育てたてまつり、京に御旗を立て
て見せまする」
「夢じゃ、美しい夢じゃ」

 風林火山の、動かない山、武田信玄が崩御した。
 果たして天下の行方はいかがなるのであろうか?!

    2017年2月11日   Gorou