空華 ー 日はまた昇る

小説の創作が好きである。私のブログFC2[永遠平和とアートを夢見る」と「猫のさまよう宝塔の道」もよろしく。

銀河アンドロメダの猫の夢 18 【黄昏の幻】

2018-11-19 09:18:50 | 文化

 目的の惑星がブルーの満月のように見える頃、急にアンドロメダ銀河鉄道の内部に放送が入った。ここの空間でしばらく停車しますという内容だった。キラキラ輝く銀色の無数の星を見詰めていると、吾輩はそこに、地球にあるような水車のような輪を描いているいくつかの星に気がついた。ほう、まるで地球人が見たら何かの物語をつくって、星座の名前を付けるかもしれないと我輩は思った。そう思うと、不思議なもので、無数の星が小川の流れのようになり、周囲は一面の花園のような思いがするのだった。

「ここに三十分は停車するようだよ。銀河鉄道の停まる駅を監督する鉄道省の検査が厳しいのだそうだ」とハルリラが突然そう言った。

吟遊詩人の川霧は微笑して、「それなら、僕が鉄道の中で、昔を思い出して作った物語詩を聞いてくれる時間はあるな。いいかい」と我輩の目を見た。アーモンド型の目の奥のブルーの瞳は水晶のように澄んでいた。

吾輩もハルリラも喜んだ。吟遊詩人は次のような物語詩を歌うように話してくれた。「黄昏の幻」という詩の題名だった。

 「五月の黄昏にさわやかな風が吹く。向こうにチューリップの大群が見える

俺は道若と一緒に夕闇のそこにせまる道を散歩していた。

さらさらゆらゆらからころと

小川のせせらぎの心地よい音がする

まるでピアノソナタの月光みたいに俺の心に染み入る

あの赤い花も心に染み入る

まるでここは虚空のようですねと言っているよう

真空は物だけど、虚空にはいのちがあると絹のような声がする

はっとすると、道若は顔に夕日を受けて微笑している。

柳の下を流れる曲線美の川のたわむれが、天国におけるピアノの鍵のように聖者の聞くという静かなせせらぎのささやきの声を流しているのだろうか。

 

ここはいのちの世界ですね。西の空には何ともいいようのないやさしさと宗教的な深さをいちめんにたたえた美しい色が原始的であるが故に、いっそう人間の魂おくせまっている、このいっぷくの風景画の中でいっそうの完全さを与えていた。

夕日が川の上の空を落ちていく。その雲と空の色が溶け合う茜色の神秘な色は まるで永遠そのもののようで、大地には、かぐわしいそよ風が吹き、樹木の梢の葉をかきならして不思議な優しい音をたてていく。

  

おお、永遠の心。あたりは静寂、聖なる夕暮れよ、おまえは七色の虹の上を憂愁に浸った青白い妖精が漂うという風だ。

やがては七色の虹は薄れ妖精はこの神秘的な風景画の中でおもいきり舞踏を始めるにちがいない。

「思い出すね。君の父さんと母さんを」

「ええ、そうね。でも、もう宇宙に溶けてしまったの」

夕日は妖精のような君と愛をいつもこんな風に運んでくる。そして、そこは霊性の世界となるのだ。

 

地球という大地の上の自然と人が いのちの世界に変身するようだ

しかし、俺の敬愛する道若は楽し気に言う

「あの赤い花が心に染み入るのは虚空だからです」

「虚空。意味が分からない」

俺が驚いてその意味をたずねると「それはあなたが分別をする二元の世界の人間だからです。あなたは執着しています」と道若は言う

「執着」

俺は缶コーヒーをごくりと飲んだ。

だが俺には分かるような分からないような不思議な気持ちだった。

  

俺は必死な気持ちで「だって、あなただってチューリップに執着しているではありませんか」と言いかけて、ある不可解な感情におそわれました。

 

 それはあの嵐の晩の以前に、俺が存在していた世界は、今こうして道若と一緒に夕焼けの空を眺めながら語り合っているこの世界とちがっているというような謎めいた感情でした。

道若の瞳を見ながら俺は ためいきをつくのでした。

あの瞳の深さはおとぎの国があるという深い森の深さです

なによりもその優しい瞳は菩薩の瞳です

なによりも 菩薩の瞳は春風の吹く美しい夜 輝く満月のように

あるいは又春の到来と共に輝く太陽のもとに咲く美しい花のように

あるいは又森に囲まれた青色の湖のように

 

道若の言うことは理解しにくい。

でも、こんな夕焼けの美しい時にはそんな気持ちになるのかもしれない

永遠の前には我らの肉体のいのちははかなくちりのようではないか

 

それでも我らは水辺からしずかな散歩道を長く歩き、やがて森の中の小道に入った。

夕日は落ち、森の上のいくつもの小さな空間に星が輝いている

まるで銀色の宝石が空の広間にしきつめられたようではないか

確かに、道若の言うように、ここは霊性の世界なのかもしれない。

「あなたは人間、分別する人間ですもの」と道若は私に言う。

 

それを言われて、俺は以前の嵐の晩のことを思いだした。

あの恐ろしい稲光

あの天地をゆるがす雷の大音響

俺はずぶぬれだった。

一瞬、俺は一つの激しい稲光と共に火柱が 耳をもつんざくような音とともに俺の背後の大木の上にたち

俺はそのおそろしい地獄の火炎の中で目覚めたのだ。

 

その時 突然

山の方角から静かな町に向かって、一人の男が走ってくる足音にびくりとして 俺はじっとその足跡の徐々に高まってくるのをせせらぎ音の中に聞き分けていた

そうして その男がやっと俺の目にも人間の姿として見えるようになる頃

この男は 急に足の歩調をゆっくりし、そして俺に近づきながら言った

「お前は何ものだ」

俺は黙ってしらじらとあけかかってきた薄い光にこの男の姿を見た。彼は小柄で、その服装の奇妙なこと、その顔つきの恐ろしさは俺のどぎもをぬいてしまった。

「俺は画家だ」と答えた。

「画家。俺は職業を聞いているのではない」

「俺は人間だ」

「そんな答えしか出来ないのか、画家なら大自然の神秘から流れ出てくるような答えが出来るはずだ。」

その時、俺は以前、一度だけ禅寺に行き、座禅したことを思い出した。

「俺はそのつまり仏性だ」

「うん。なるほど。お前は天界から降ってきた男だな。実を言うと、俺もその天界から、今舞い降りてきたのだ」

俺は嘘だろうと言いたかったが、沈黙した。

「天界のどこの番地にいた?」

「無という番地にいた。光に満ちた愛の場所だ」

「ふうん」

 

 その時 東の空に赤みがさし

しらじらとあけてくる空には 嵐のことなどうそのように雲一つない青空が

やがて 躍り出る太陽を待ちこがれるかのように徐々にあかるさを増してきたこともあって、

その小男の姿がいっそう俺の目に印象深く焼き付いたのだが

髪はまるで草原のようにはえほうだい その長い髪は腰までかかり、それでいて綺麗だ。

服装は原色のすべてをめちやくちやにぬりたくったような貧乏画家

のようなブレザーを着ていた。

そしてその服は彼の身体にあわず、だぶだぶという感じで それに奇妙な

ことに腰に立派な黄金の剣をさげていた。

その小男は

「まあ、しばらくここで町を見物することですな」と言う。

 

  ああ、ひばりの声が聞こえる 春なんだ

それは美しい春の午後だった

それはまるで天界が地上に舞い降りて来たかのように感じさせるほどの美しい光景だった。

広場の真ん中に大きな柳の木が緑の枝もたわわに大地をおおう。

手をつなぎあった 十人ほどの子供達が柳の周りを

ゆっくりとまわりながら 何か楽しそうに歌をうたっていた

 

かごめ かごめ

かごの中の鳥は

いついつ出やる

夜明けの晩に

鶴と亀がすべった

うしろの正面だーれ

 

俺はまぶしいものを見るようにその子供等の遊びをしばらくの間ながめていた

平凡な風景であるはずなのに俺には何故か この光景が神秘的な感じとして心に焼き付いたのだった。

 

意識は真空を包みこむ虚空を子宮のようにして、無限にからみあった場に立ち上る布のようで、そこに光が 突如として照らした時に世界は現象するようで、

それはともかくとしてキリスト教徒でもない俺が俺という意識が死んだ後に

何億年か先に再び復活するという啓示をうけたというのは錯覚か、それとも何千回と輪廻したある日の光景か

 

だが、俺にそういう錯覚か幻覚か本物か分からないけれど、そうした神秘を感じさせるものを、その子供たちの歌声と柳の木は持っていた。

そして、多くの八才から十才ぐらいの子供たちにまじって、一番年長の娘が俺の目に入った

年の頃は十五・六才ぐらいの年頃の美しい娘が皆をリードしていた。

ちょうど、この時も夕暮れの美しい時だった。

何とその娘は、先程まで俺の横にいた道若でなかったか

あの霊性の世界を言っていた道若ではないか

俺は人間、分別する人間

だが、人間の世界から、しばしの間、霊性の世界へ旅をしていたわけか。

 

その娘が古びた広い武家屋敷のような家屋に住む落ちぶれ貴族の娘だと知ったのはちようど永遠の夕日の美しい光がすべてを「空」に溶かし込んで

子供たちのざわめきが生命の喜び賛歌に聞こえるそんな夕暮れだった。」

 

     

   吟遊詩人の話す「黄昏の幻」という物語詩を聞いていると、アンドロメダ銀河鉄道はいつの間に動いていて、大きな駅についた。

我々【吾輩とハルリラと吟遊詩人】が列車から降りた。駅は巨大な建物で、天井が高く、大理石でつくられたような白い美しい壁に囲まれた構内をゆったりと、人が歩いていた。

駅を出ると、ちょっと小さな広場になっていて、トラ族の武人の彫刻が目についた。三メートル近い長身で、らんらんと凝視する大きな目と、黄色いトゲのような毛がふさふさと顔中にはえ、厚い唇。ブルー色の軍帽にも軍服にも金色の階級章がデザインしてある。腰にさした軍刀に右手がかけられている。

ハルリラはそれを見て、「生きていれば、強いかもしれないが、わが魔法の剣にはかてんな」と笑った。

 

                                                                                 【  つづく  】

                                                      久里山不識