明るい日差しが窓に輝くと、朝になっていたのです。銀河鉄道の窓からは、もう下界は緑の広大な高原のような所が見えて、あっという間に、町並みがひろがり、するりと駅の構内に入って行きました。
やはり、この惑星アサガオはトパーズの宝石のような美しい色に恵まれた大地でした。
「トパーズ。トパーズ」
オペラ歌手が歌うような神秘な音色の声がトパーズ駅の構内に響きわたっています。
駅そのものがそのような宝石めいた石でつくられた巨大なものでした。
吾輩は京都の駅を思い浮かべました。似たような感じもありましたが、やはり人ははるかに少ないものでした。
ここは熊族のロイ王朝だと聞いていましたが、鹿族の方がむしろ多く、その他、虎族、猫族などがいるのでした。温暖化が進み、暑いだけでなく、紫外線がひどく強い土地柄だというので、鉄道の中で、アンドロメダ銀河のデザインがされたTシャツとサングラスを購入して、改札を出ました。
時計台の鐘の音が聞こえてきます。駅の外に出ようとしながら、ぼんやりその美しい音色に耳を傾けていると、「モリミズさん」という黄色い声がします。虎族の若者が振り向きました。声の主は、あの猫族の女の子ナナリアではありませんか。ここには降りないと聞いていたので、吾輩は少し驚きました。
吾輩も猫族ですので、こうしてすらりと立っている美しい猫族の女の姿を見たのは初めてのような気がして、はっとしました。
黒い大きな目に大きな黄色い耳が少しゆらゆらしていました。きびきびした身体ぜんたいの動き、体はふっくらとして丸みを帯びていて、気品のあるデザインにあふれた紫の薄手の服を着ていました。
黄色い豊かな髪の毛は後ろに形よく束ね、どこからともなく匂ううっとりするような香り、まろやかなみずみずしい肌、しなやかな腰は少し官能的でもある。それでもどこかに猫が獲物を追う素早さと人の世のビジネスを感じさせる勢いがあり、耳はどんな情報も逃さないというしたたかさを持っているようだった。
吾輩は虎族の若者モリミズが思慕するこの女性をティラノサウルスホテルのレストランでもアンドロメダ銀河鉄道でも姿を見てはいたが、この時の印象はまた格別だった。初めてこの場で見る思いがして、なにやら恋の炎に焼かれる蝶の思いがするのだった。
「え、惑星アサガオを取材するのかい。危ないからやめなさいとあれほど言ったのに」と虎族の若者モリミズは言った。
「それじや、又ね。どこかで会うかもね」
彼女には迎えの車が来ているのでした。
若者モリミズが我々を案内してくれました。駅を出ると、ひどい日射で我々は三人ともあわてて、バッグからサングラスを出してかけました。駅の前に大きな寒暖計があり、それは四十九度をさしていました。
湿度は低いのは助かるが、酷暑に加えて不快なのは何かもやっとした黄色みを帯びた悪臭を放つ空気の流れがあちこちに漂っていたのです。
「これは変な空気の流れですね。吸うと、気分が悪い」
「なるべく、この黄色い空気は吸わない方がいいです。地下街に行けば、もう少し空気がいいです。
ここのエネルギー源は石炭なのです。この石炭で冷房をしているのです」
馬車が来た。我々は中に乗り込み、外の風景を見ながら、町の感想を話していた。移動の手段は馬車と自転車のようだが、最近、ちらほら見かけるようになったのは石炭で動く車で後ろからもうもうと排気ガスを出す汚染は市民に評判が悪いようだった。
「ガソリンはないの」
「惑星アサガオは、石油がとれません。エネルギー源は石炭しかないのです。
おまけにこの暑さ。冷房に石炭を使うのです。
家の中は勿論、外は暑いし、摂氏五十七度を記録したこともあります。オゾン層が薄いので紫外線が強いし、皮膚ガンや白内障が多発しています。
今は外の暑さや紫外線を避けるために、町は温度の低くなる地下街に出来ているのですが、それでも快適な温度に保つには石炭のエネルギーで調節をしているのです。
ただ、困るのは、石炭の排気ガスは外に出しますから外気がさらに汚れることです。
この惑星の石炭の埋蔵量は膨大で、今のように使っても千年はもつだろうと言われています。しかし、問題はこの排気ガスなんです。」
若者モリミズは一息ついた。
馬車の窓の外は廃墟のような古びたビルの群れと馬車で殺風景だった。彼はまた話し続けた。
「庶民はこの地上の暑さと空気の悪さに、困り、重税をかけられ、熱中症だけでなく、色々な感染症の病気が多く、餓死者も出る始末です。
そして、最近では消費税を導入した。これが庶民の怒りをかっています。
それに、二酸化炭素が原因と言われているが、まだ原因不明の所のある惑星アサガオの温暖化が進むと、惑星の異常気象による大雨と干ばつなどで地上は住みにくくなり、さらに、氷河が解けて海の水面が上昇し、もうすでにいくつもの町が水没して、庶民の不安をかりたてているのです。
ウエスナ伯爵が考えているこの国の改良策は、大統領制による民主主義の確立は当然としても、海と湖と川は幸い、綺麗で魚も豊富ですから、あとはエネルギーを水から取るために、水素に変えるということで、天才ニュ―ソン氏の研究成果を使えば、水素社会にすることが可能だというのです。
ところが、この天才ニュ―ソン氏の家柄がネズミ族ということで、そういう下賤の生まれの意見に誇り高い熊族のロイ王朝は耳をかさない。表面上、研究に時間と金がかかりすぎるという理由をつけていましたが。重大なことは金を新兵器の開発と軍拡に使いたかったのが本音のようです。それでやむを得ず、ウエスナ伯爵の保護のもとで、天才ニュ―ソン氏の研究も進められてきたわけで、これがロイ王朝とウエスナ伯爵の確執を生んだと言われています。」
吾輩は猫であるが、地球の人間、つまり天の川銀河では、ヒト族と言われている人達ももとはと言えば、あの恐竜時代にはネズミのような動物だったというではありませんか。
吾輩は猫族の次にヒト族に愛着を持っていたから、天才ニュ―ソン氏を差別するロイ二十世に嫌悪の感情を持ちました。
ウエスナ伯爵の邸宅は地球のイメージからすると、変わったものでした。田舎は少しは空気がいい筈なのですが、ここまで多少の汚染空気が流れて来るせいと、紫外線とこの外の暑さから逃れるためでしょう。
この奇妙な邸宅のイメージを吾輩の身体で表現すると、猫の頭だけが地上に出て、顔の一部と胴体と足は土の下にあるという比喩が当たっているかもしれません。
邸宅の玄関とニューソン氏の水素研究室の入口が地上に並んでいる。そして、広い宝石トパーズの黄色い玄関を入ると、深い地下から冷房のきいた宮殿に通じる階段があったのです。宮殿と言っても、豪華な地下の涼しい部屋がいくつもあるということでしょうけど。
庶民は川の魚と冷房に関連する若干の工場そして、近くに広大なトパーズの産地がありましたから、そういうものの産業に従事して、生きていたのですが、伯爵領に収める税金と王様に収める税金という二重の税金に苦しめられていたのです。
勿論、ウエスナ伯爵がここを世襲してから、この税金を全廃しました。これには、親族からの抗議だけでなく、王様からも叱責があったようですが、庶民は事実上の市民になれたわけで、ウエスナ伯爵に対する尊敬の念は高まっていました。
地下の宮殿の入口には、トパーズ色の宝石のように輝く巨大なドアがあり、そこから入ると、天井からはシャンデリアが輝き、美しい風景画がいくつも飾っている大広間に我々は通されました。
大きなテーブルがあり、その前の椅子に座り、我々は待ちました。
窓には、見事な薔薇などの花や銀河の模様の入った巨大なステンドグラスがあって、部屋の奥からはモーツアルトのセレナードのような音楽が流れているのでした。
「僕の家もここの伯爵家と同じ家柄だったのですけど、貴族を嫌い、その頃の宇宙移住計画で今住んでいる惑星に移り、平民として暮らしています。ですから、この伯爵家にも貴族を嫌う血が流れているのかもしれません。ウエスナ伯爵はそういう方です」と若者モリミズが言った。
「ロイ王朝は庶民に受け入れられていないとか」と吟遊詩人が言った。
「なにしろ。貧しい人々に重い税金をかけ、若者が住む家もなくネットカフェーにあふれ、そこから工場に働きに出るような政治をやっているのですから、庶民は怒りますよ。特に、消費税。魚はここの民の主食のようなものですから、これにまで消費税をかければ、豊富な魚まで、貧しい庶民は食べられなくなってしまう。その危機感がある」
ウエスナ伯爵が出て来た。虎族だけあって、吟遊詩人と同じくらいの背の高さで、貴族だけにふっくらした堂々たる体格、色つやも良く健康そのものという感じである。鼻の下の黄色い口ひげは濃く、大きな丸い目は穏やかである。
彼が席に着くと、同時に給仕のボーイがやってきて、テーブルの上に、ご馳走と飲み物をならべて行く。
「あの件はうまく行ったのですか」と若者モリミズが聞く。
「うん、一昨日、決行してうまく行った。彼を釈放させたのはちょっとしたトリックが必要だった。わしの伯爵の地位も利用した。」と伯爵は満足そうな顔つきで言った。「なにしろ、彼はわしの子供の頃の侍医でもあったからね。
わしの病気が難病で、彼でなくてはなおせないとロイ王に説得したのだよ。
彼がもともと監獄に拘留されたのはヒト族だったことも関係している。熊族はヒト族に偏見を持っている。
それに、彼は優れた詩人でもある。ロイ王朝を揶揄する詩を十編ほど出したというだけのことさ。「ロイは空の空なるかな」という詩が一番、人気が高かったな。
彼は庶民にも人気の高い医師であったから、拘束された時は、皆、驚いたよ。
詩を書くのはこの国の文化だったのに、ロイ王朝は自分の悪口を書いた詩を許さないとしたわけでね、拘留が十五年にもなっていた。
しかし、わしはロイ王を説得したよ。
彼は十五年の牢獄生活でかなり、病弱な状態になっているので、もう詩は書けないと。
ともかく釈放され、今はここで休ませてある。彼は巌窟王だよ。最近は監獄の地図を書いているのさ。何しろ巨大な監獄だ。強盗などの犯罪人は周囲に、真ん中の方に三十人ほどの政治犯が入れられている。
革命の時には、監獄にいる我らの仲間の政治犯のみを解放しなければならないから、これが意外と難しい。普通の犯罪人は解放するわけにはいかない。
それにあの監獄は天下一品の堅固な造りだから、地図があればそういう人達を助けるのにも役に立つ」
「監獄の地図を知っているのですか」
「彼はね、何と独力で、あの監獄を脱出しようと地下に穴を掘り、廊下の方に出ているのだ。
しかし、監獄の周囲は深い堀に囲まれ、周囲には衛兵が常に番をしているし、土の所に出ると、獰猛な番犬がうろちょろしている。
堀には暑さに強いワニが沢山いる。それで、出られないと知ったあとは、夜中、眠っている兵士に気づかれないように、細かい地図をつくり、自分の監獄に戻ると、ラテン語で地図を言葉に変えて暗号化したのだという。それをブロントサウルス教の聖典に詩で書いていたのだそうだ。
看守には地球のラテン語なんて暗号みたいなものだからね。
今、それを元に、記憶と一緒にして監獄の正確な地図を書いている。」
我々はその巌窟王に会わせてもらった。
その時は、庭園の眺められるテーブルの上で、地図を書いているらしかった。横にブロントサウルス教の聖典があるらしく、時々、めくっていた。
我々が入ると、もう話は通じていたらしく、微笑した、確かに落ちくぼんだ眼額にきざまれた深い溝のような皺、長い老化した白髪。中肉中背の彼の体には老いと長年の疲労が刻まれていたことは一目で分かった。
「空の空なるかな。」
と巌窟王は弱々しい声で言った。
「お分かりかな。わしの前世は王族だった。わしは先頭にたって、戦い、勝ち、大きな城を気づき、ありとあらゆるぜいたくをした。しかし、これが何になろう。空しい。それだけだ。
そこで、この国に生まれ変わると、わしは人のいのちを助ける医師になる決心をし、その通りになった。しかし、地球の有名な詩句からヒントを得て、ロイ王のことを書いた詩を書いただけで、監獄だ。娘との別れは辛かった。」
「地図はできましたか」と伯爵が聞いた。
「おお、もうすぐ完成だ。わしと同じ目に会った三十名の政治犯を釈放してやってくれ」
「前世では王族 ? 」と吟遊詩人は巌窟王に聞いた。
「そうだよ。王様のどんな栄耀栄華も神仏の前には、空の空なるかなだよ。このことをロイ王も分かってくれたらな。ただ、それだけの詩を書いただけさ。
伯爵と我々の食事に巌窟王も招かれた。
「地図はほぼ完成だな。あの監獄は堅固でね。まあ、わしも穴を八年かけて掘った時は、これで脱獄できるという喜びに躍り上ったものだ。しかし、毎晩のようにそこから、外に出る道を探したけれど、絶望的になった。外に出るのは不可能だったのだ。
それで仕方なく、監獄の地図を書くことにせいをだした。しかし、書く所がない。しかし、監獄には、熊族の民族宗教であるブロントサウルス教の聖典が一冊だけ置いてあるんだな。
そこに地図を書くわけにいかんから、看守の絶対に分からないラテン語で詩を書いた。その中に、監獄の地図の暗号を入れたのさ。
問題はペンだよ。これは看守にもらったよ。この看守は以前に、彼の胃が悪い時に随分面倒を見てやった。だから、わしにはよくしてくれた。ペンをくれたのだよ。勿論、他の看守に見つかるとヤバいから、普段はトイレの横に隠して置いたけれどね。」
「大変なご苦労がおありだった。その地図は今度の決起で、仲間を解放する時に役に立ちますよ」
「ところで、お嬢さんがカナリヤ国からこちらに来るのですよ」
「いつ」と巌窟王は驚きと喜びの二重の深い感情を皺だらけの頬ににじませた。
「数日以内ですね。なにしろ。海を渡らなければなりませんし、カナリヤ国からの馬車は厳しく検問されますから、すんなりというわけにはいかず、いくつかの宿を泊まってまいります。でも、ご安心下さい。一緒に警護するのは、あなたに仕えていた秘書のあの屈強な男、ソロですから。」
「おお、ソロ君か。わしが捕まった時は、兵士にくってかかった男だ。わしの信頼できる男だ」
「今はカナリヤ国で弁護士をしております」
食事はおいしいものだった。巌窟王の心をなぐさめようと、テーブルの真ん中には美しいランの花が豪勢に沢山咲いていた。
果物の入っている皿も、様々な料理の入っている見事な花模様の椀も上等なワインもこの愉快な晩餐会をもりたててくれるようであった。
巌窟王は寄って来ると、
「ハハハ、わしがロイ王に突きつけてやった詩はな、地球という惑星から仕入れてきたものなのだ。」
「ぜひ言ってみて下さい。知りたいものです」
「おお、君はヒト族ではないか」巌窟王は初めて気がついたように、吟遊詩人の肩に手を置いた。吾輩とハルリラは猫族と分かったせいか、巌窟王はただひたすら、詩人を見詰めていた。
「分かりますか」と吟遊詩人が言った。
「分かる。分かる。このアンドロメダ銀河では、ヒト族は少数民族だ。」
ワインをカップ三杯ほど一気に飲むと、微笑した。「これを飲むと、生気が生まれるのだよ。なにしろ、地下の監獄に十五年もいた。ごつごつとした岩に囲まれた不潔な狭い部屋にそんなに長い事、孤独にいると、声も出しにくくなる。しかし、このワイン三杯で回復する。不思議なものだ。記憶力もね、鮮明に覚えている所と、抜け落ちる所がある。まあ、まだらな記憶というわけだ」
「今のご気分は」
「まあ、監獄から出てきた後では、最高だね。なにしろ、ここには地球の詩人がいる」
又、一杯、ごくりと飲むと、「始めるか」と言った。
「空の空、空の空、いっさいは空である
日の下で人が労するすべての労苦はその身になんの益があるか
世は去り、世はきたる。
しかし地は永遠に変わらない。
日はいで、日は没し
その出た所に急ぎ行く
風は南に吹き、また転じて、北に向かい
めぐりにめぐって、またそのめぐる所に帰る
わたしは魔界のメフィストの甘い誘惑の言葉に動かされ
強い権力と富を得て、王となった。華やかな宮殿、美しい女、色とりどりの花園、ブドウ畑、様々な樹木を生い茂らせ、水を注いだ。
私は金とダイヤモンド、エメラルド、そうしたあらゆる宝石が瑠璃色の大地のあちこちから、顔を出し、四方から、美しい滝が落ちるようなミニ自然をつくった。そして、牛と羊を飼い
わたしは多くの働き手を得て、わたしの思うように動かし、わたしも働き、その労苦によって富は富を生んで、宮殿の町はさらに、華麗になった。しかし、気がついた時は、
宮殿の外の村は荒れはて、多くの人が重い税に苦しみ、病気になり、住宅が壊れ、路頭に迷い、あちこちで人が倒れ、宮殿の町の中に入ろうとする人々を衛兵がこばんでいた。
わたしはそれを知り、今までの労苦の空しさを知った。
悪魔メフィストのあざ笑う笑い声が聞こえるようだった。一切は空であると。」
最初は地下から響くような声が、話す内に高揚し、生命力が附加し、まるで無から銀河が誕生する宇宙の物語のように、彼の詩句に富んだ声はしだいに生き生きとなり、「皆、空であって、すべて風をとらえるようなものである」と急に奈落に落ちるような響きで、我々を見回した。
吟遊詩人と伯爵が拍手した。
「その空は魔法界でも聞いたことがある」とハルリラが言った。
「仏教の『空』とはまるで違うよね」と吟遊詩人は言った。
「どういう風に」と吾輩、寅坊は聞いた。
「説明すると長くなるな。ともかく、まるで違う」と詩人は笑った。
「王の栄耀栄華の空しさは風をとらえるようなものであることを、わしの詩で知らせたかった」と巌窟王は言った。
「仏教の『空』はもっと生命の肯定的な面があるよ。あの詩句の『空』は空しいという風な感じがある。キリストの『野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。
しかし、言っておく。栄華を極めたソロモン王でさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった』という教えにも似通っている。「空」は栄華とぜいたくの空しさを言っていると思う。つまり、ソロモン王のどんなに華やかで贅沢な暮らしも野に咲く一輪の百合の花の美しさにかなわないというようなところかな」と吟遊詩人が言った。
「その通り。わしはこういう風に、熊族のロイ王朝のロイ二十世に、庶民が苦しい思いをしている中での王の栄華の空しさを詩句で突きつけてやったのだ。地球の日本にあると聞く、戦争は絶対にしてはいけないという憲法九条のあるような素晴らしい日本国憲法を取り入れて、カント九条として平和主義と国民主権と基本的人権を守るような国づくりをするように提言したつもりだったが、受け入れられなかった。しかし、ウエスナ伯爵がいずれ、立ち上がり、そういう国をつくってくれるだろう」と巌窟王は笑った。
巌窟王は「ところで、こちらの皆さんはアンドロメダ銀河鉄道で知り合った仲間と聞いているが」
若者モリミズがヒョウ族の若者にナイフをふりかざされたいきさつを手短に説明した。
「そうですか。それは助かりました。」と伯爵が言った。「怪我でもされたら、スピノザの講師を失うところでした。虎族のティラノサウルス教も熊族のブロントサウルス教も私は気にいりませんし、庶民もそうです。どちらも強者のための宗教ですからね。
親鸞の教えはこちらでは、かすかに耳に届く程度で、取り敢えず庶民が力を得るような宗教哲学が必要なのです。」
「庶民には民族宗教みたいなものはないのですか」
「ありますよ。でも、一番の欠点は、権力には従えというのが長い習俗として残っていますから、これではロイ王朝を倒せないのです」
【つづく】
(ご紹介)
久里山不識のペンネームでアマゾンより短編小説 「森の青いカラス」を電子出版。 Google の検索でも出ると思います。
長編小説 「霊魂のような星の街角」と「迷宮の光」を電子出版(Kindle本)、Microsoft edge の検索で「霊魂のような星の街角」は表示され、久里山不識で「迷宮の光」が表示されると思います。
http://www.amazon.co.jp/
【アマゾンの電子書籍はパソコンでも読めます。無料のアプリをダウンロードすれば良いのだと思います。 】
水岡無仏性のペンネームで、ブックビヨンド【電子書籍ストア学研Book Beyond】から、「太極の街角」という短編小説が電子出版されています。ウエブ検索でも、書名を入れれば出ると思います。
【久里山不識から】
九月十五日【2015年】の東京新聞には、私がいつも感銘する文章をお書きになる経済評論家の内橋克人氏がご自身が経験された戦争と憲法九条について書いてありましたので、この場に、それを掲載させていただきます。
「言わねばならないことがある。戦争にはルールないと。神戸大空襲の一九四十五三月十七日、私は盲腸(虫垂炎)を患い、自宅から離れた病院にいた。
命拾いしただけでない。身代わりになった人がいる。
家で一人になる姉のために「おばちゃん」と呼んでいた近所の女性が来てくれた。空襲で裏庭の防空壕に避難。私がいつも座っていた場所にいたおばちゃんを、不発の焼夷弾が直撃した。父親が壕を掘り起こした時、おばちゃんはもう亡くなっていた。
その年の六月五日の空襲では、目の前で多くの方が亡くなった。疎開先でそうした様子を話すと、地元の子は小銃を担ぐ格好をして「B29なんてパンパンと撃ってしまえばいいんだ」と言った。
体験をしない人は分からない。
安倍晋三首相らも同じだ。今、「戦争を知らない軍国少年たち」が安全保障関連法案を成立させようとしている。
この法案は戦争に直結する。後方支援などと言っても、戦闘と区別できない。
彼らの話は戦争のリアリティーが全く感じられない。絵空事だ。
安倍政権は軍需産業による成長戦略を描き、米国とともに軍・産複合体をつくるのが最終目標のようだ。
武器輸出三原則を変え、武器の輸出入を事実上、解禁した。
経済界の欲望にも沿ったものだ。
戦後は憲法九条がラムネのふたのようになって、軍需産業育成という強者の欲望を抑えていた。
だが今、ふたが抜けそうだ。強者に寄り添う政権でいいのか、国民は金もうけさえできればいいのか。戦後七十年の今年、それが問い直されている。」
【物語の参考】
記憶の不確かな巌窟王が歌いあげた彼独自の詩句ですが、その土台となったのは地球の旧約聖書の「伝道の書」です。
【「空の空、空の空、いっさいは空である
日の下で人が労するすべての労苦はその身になんの益があるか
世は去り、世はきたる。
しかし地は永遠に変わらない。
日はいで、日は没し
その出た所に急ぎ行く
風は南に吹き、また転じて、北に向かい
めぐりにめぐって、またそのめぐる所に帰る 】
ここまでは伝道の書の文章を引用しています。欧米人やキリスト教徒なら、たいてい知っていると思われる人生を深く見た詩文です。人の世は空しいから、神の言葉を聞けということでしょうか。
そのあとの長い詩文は、巌窟王が前世に王族であったことをふまえ、目の前で統治しているロイ王をいさめる詩句をつくったものですから、巌窟王の独自の詩句となります。