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松尾優紀の耳に奇妙な噂が入った。会社から十キロ離れた森に宇宙人の基地があり、彼らは人類の滅亡を待っているので、平和産業なんていうのは彼らにとっては迷惑、それで平和産業をつぶそうと色々な工作をしているということだった。
これは何人かの会社のスタッフが町の中に広がっている噂を聞いてきたのだ。
しかし、松尾はそういう話に半信半疑だった。
彼とロボット菩薩と田島のコンビの核兵器廃止運動は四年もたち、中学校三校、大学五校、役所二か所と順調に行っていた。それにねたみを持ち、引きずりおろそうとする産軍共同体につながるような邪悪な心を起こすものはどこにもいるものだと、松尾はそんな噂を聞いても驚かなかった。
その日、八月最後の日曜日の雨が降っていた。彼はコンビニに買い物があり、外に出たついでに、公園に出た。雨の降りがひどくなっていたのだ。傘をさしたまま、急いで自宅に戻ろうという気持ちもあったが、ベンチに座ってみようという気にもなった。ベンチの前の赤いハイビスカスの花がひどく美しかったので、心を惹かれたせいもある。美しいと思った時には詩が生まれやすいものだ。陽ざしのある時の美しさとは違う、何かがあるに違いないと思った。
そして、ベンチに座った。ベンチは濡れていたので、ハンカチをのせ、その上に腰をかけた。彼はここに来ると、このベンチに座ることがあるのは、ここが好きだったのである。目の前に、大きな花壇があり、その時もハイビスカスが大きく咲き、他の色とりどりの花がいくつも咲き、向こうの森のサルすべりには実に美しい赤いのやピンクの花がふんだんに咲いていた。
彼は、そこを見ながら、カバンからの小型のノートを出し、あるページを広げ、自分の書いた大雑把な詩句に目を通した。そして、花壇の花に目をやり、同時に自分の胸のあたりを感じ、自分がここにいることの不思議さを思った時、頭の中から、考えごとが消えた。
その瞬間、目の前の景色と自分が一体になるような思いがあった。しばらく、その思いを味わったあと、ペンを出し、ノートの詩句に加筆した。完成だと思う満足感があった。
仏性の話はこの三年ばかり、アリサの寺で座禅したあと、アリサの父から簡単な話があるが、やはり、彼の心に一番印象深く残った言葉だった。不死の仏性というのは物に現れるということであり、物そのものにある、いのちの働きのようではないかと思っていた。物質は絶えず運動しているということと、無常なる仏性は表と裏のようにも感じられた。
(poem)(雨が傘に降りかかる音をたてている。
神秘な音色は夕暮れ時の山に落ちる太陽のようで
目の前には夏の花の咲く花壇
左には森、右にはビル
それでも、大雨はざあざあ降り注ぐ
まるで、この雨は大自然の音楽のよう
ベンチに座り、肩と足は濡れ、
私の身体は雨の音に包まれ
空には濃い灰色の雲
そういう時、私が思うのは不死の愛のいのち(仏性)だ
今、生きている
そして、この森羅万象の大自然と共に生きている
そのことが静かな喜びとなるのだ
我々は仏性の海にいる
それに、気がつけば
我々の肉体が死に至っても
仏性の海は異質の霊の世界を見せてくれ
我々はそこの街角を訪れることになるのかもしれない
仏性とは不死のいのちの海だ
愛と大慈悲心のいのちの海だ
私は今、仏性のいのちが肉体に変身して
今、そのことを感じているのだ
おお、そのことをこの荘厳な雨は教えてくれる
私の傘に降りかかる
激しい雨はまるで音楽のように
自然の深さを教えてくれる
(傘がないと、ひどい目に合うぞと、誰かのささやく声がする )
ああ、この懐かしい雨もこの頃、おかしい。
豪雨で町に水があふれ、土砂崩れで人家がつぶれる
この悲劇の原因は温暖化だという。
これを食い止めないと、住めない所があちこちに出る
今、食い止めて、昔の雨の詩情を取り戻そう )
こんな瞑想に耽っているところ、不思議なことが起きたのである。
彼の座っている、ベンチのそばに、頭の上をドローンのようなものが飛んできたのだ。松尾はドローンのことを知ってはいるが、実物を見たことは今までない。プロペラがついてないのが少し変に思ったが、銀色の円盤で大きさは小型の車のタイヤほどか。プロペラがないから、ドローンというよりUFOと思っても、良いが、UFOは中に宇宙人がいるはず。そう思うには目の前の物は小さ過ぎる。
それで、彼はとりあえず、ドローンだろうと思った。それが彼の前に音もなくスーッと姿を現わしたのである。ドローンのどこからか、金属性の声が聞こえた。
松尾ははっとして、ドローンをにらんだ。
ドローンのどこからか、金属性の低い声が雨の音を突き抜けて、聞こえてきた。
「核兵器をなくそうなんて、無謀なことを考える。出来ないことをやろうなんて呼びかけるなんて、詐欺みたいなものではないか。そんな会社は早く店じまいすることですな。」
雨はいつの間に小振りになっていた。宙に浮いた銀色の物体の向こうに、赤いハイビスカスが見える。あたりに人影はない。松尾は傘をさしていた。先ほどのポエムに富んだ心境は消え、声の正体を確認したいと思った。ドローンならば、誰かのいたずらで、声は録音されているということだろう。
「核兵器が全世界から、一斉になくなれば、どの国も喜ぶ。浮いた莫大な金は福祉に回せる。人類にとってこんな素晴らしいことはないではないか。」と松尾が言い返した。
「それが出来るならば、我々と共存ということもありうる。しかし、今の人類にその意志があるのか疑うな。人類が滅びれば、我々はこの美しい惑星を手にいれることが出来る。」
「あんたがたは何者だ。」
「我々か。人類ではない。宇宙の善人だ。それにしても、貴公たちは核兵器をなくそうという商売をしている。それはビジネスなのか、それとも、親会社ルミカーム工業の名前を売るための行為か、核兵器をなくすなんて、出来るわけがないのだから」
「最近は親会社から、技術をもらって平和のための、ロボット制作もしている」
「フーン、人類は滅びつつあるという歴史の歯車を変えようってわけか。我々は許さん。あばよ」
その頃、雨がやみかけていた。森の方で、小鳥の声が聞こえる。
目の前のハイビスカスの花が風に揺らいだ。
濃い灰色の雲が大きく悠然と動いていく。宇宙人ということはドローンでなく、UFOかあるいはUFOから派遣された、プロペラなしのドローンなのだろうか。
翌日の朝、仕事が始まる前に、松尾優紀は会社の中で町に広まっている宇宙人の噂をしていた。
「本当に、宇宙人なのか。誰がどこかの勢力がわが社が伸びていることをねたんで、ひきずりおろそうと、企んでいるのではないか、町の中には我々の悪い噂が広がっているではないか。」
「我々の会社がうまくいっていることに対するジェラシイだ。中傷の影には、ジェラシイがあると、シェイクスピアのオセロを見れば、分かる。」
「最近は脱原発でも、我々の親会社ルミカーム工業が批判されている。我々の会社は自然エネルギーに重点を置いている。しかし、町では、県が原発をさらに一基増やそうとしていることに賛成、反対の議論が沸騰している。
これに、賛成する派と反対する派で、町は二分し、賛成する派は我々の平和産業と親会社、ルミカーム工業の両方とも目のかたきにする。困ったことだ。
「それはともかく、その噂の張本人が本当に宇宙人か確かめようではないか。あの森の中にいるという噂があるが、松尾君の見たドローンは他でも、見たという噂がある。しかし本体の宇宙船も森の中に消えたということをいう人もいる。
宇宙人なんて、どこかの勢力の工作に決まっている」と田島が言った。
田島はロボット菩薩と一緒に、「核兵器をなくそう」運動をもりあげてくれた技術者で、普段は無口で、黙々と仕事をするタイプの人で宇宙人を否定したことに、松尾は少々驚いた。 【つづく 】
【コメント 】
1 久里山不識の上記の文章は小説です。青春の挑戦11の続きになります。
私の体調はあまり良くありませんので、ゆっくりペースの掲載になると思います。
幸い、足だけは丈夫ですので、散歩をして体調回復に努力しています。
2 色々の都合で、小説「青春の挑戦11」の続き12は FC2 の私のブログ「永遠平和とアートを夢見る」(「猫のさまよう宝塔の道」の姉妹編)に一週間早く出しています。
ですから、13 はgooでは次の週になりますけど、FC2では 今朝 掲載してあります。【十一月二十日(土) 】
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