8/9の北海道新聞夕刊に「今日の話題」として 「オタモイ龍宮閣」の事が載っていた 内容は次の様なものである。
奇岩絶壁が連なるオタモイ海岸、かって、ここに道内屈指の観光施設があった。
小樽の料亭経営者が巨額の費用を投じて建設、昭和11年にオープン開園した
「オタモイ遊園地」である、
これを代表する建造物が、ガケの中腹に造られた「料亭 龍宮閣」であった。
ガケ上のトンネルを抜けてたどり着くと白壁と赤い柱の三階建てで、一部は海にせり出し支柱の上に建つ姿は京都の清水寺を彷彿させるが如きとか・・・
内部は座敷と食堂に分かれ坪数280、部屋数は大小合わせて18、他に演芸場等
も建てられ遊園地は大変賑ったとの事である。
だが残念乍らこの「龍宮閣」は昭和52年5月9日焼失してしまった、この為に
付属の施設も取り壊しとなって今はほとんど残っていない 移設された「唐門」が
あるのみ・・・
火災から半世紀を過ぎても「龍宮閣」の隆盛は今も語り継がれている。
「龍宮閣」の外観写真は多数あるが内部を撮った写真が一枚もみっかってないとか
要約するとこの様なものであるが
おとぎの世界を模して建てられたと言う「龍宮閣」、今も残っていれば絶好の観
光地になっていたと思うが 跡地には今は行けない・・・!!
龍宮閣の写真があればよかったのですが図書館へ行く時間が無くてごめんなさい!
奇岩絶壁が連なるオタモイ海岸、かって、ここに道内屈指の観光施設があった。
小樽の料亭経営者が巨額の費用を投じて建設、昭和11年にオープン開園した
「オタモイ遊園地」である、
これを代表する建造物が、ガケの中腹に造られた「料亭 龍宮閣」であった。
ガケ上のトンネルを抜けてたどり着くと白壁と赤い柱の三階建てで、一部は海にせり出し支柱の上に建つ姿は京都の清水寺を彷彿させるが如きとか・・・
内部は座敷と食堂に分かれ坪数280、部屋数は大小合わせて18、他に演芸場等
も建てられ遊園地は大変賑ったとの事である。
だが残念乍らこの「龍宮閣」は昭和52年5月9日焼失してしまった、この為に
付属の施設も取り壊しとなって今はほとんど残っていない 移設された「唐門」が
あるのみ・・・
火災から半世紀を過ぎても「龍宮閣」の隆盛は今も語り継がれている。
「龍宮閣」の外観写真は多数あるが内部を撮った写真が一枚もみっかってないとか
要約するとこの様なものであるが
おとぎの世界を模して建てられたと言う「龍宮閣」、今も残っていれば絶好の観
光地になっていたと思うが 跡地には今は行けない・・・!!
龍宮閣の写真があればよかったのですが図書館へ行く時間が無くてごめんなさい!
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