Asian Railway Plaza

アジア各国の鉄道やJR南武線の話題などをお届けします

ジャカルタの高運103系、試運転開始

2012年01月16日 01時21分44秒 | インドネシア
先日、大晦日にジャカルタで活躍する高運の103系(Tc359の編成)が東海色に変更されたことをお伝えしましたが、1月7日には試運転がManggarai~Bogorで実施されたようです。
早速、ジャカルタ在住の鉄道ファンであり、私のブログにリンクしている「インドネシア鉄道ファン」のKresna君から写真をいただきましたので、そのうち何枚かお見せしたいと思います。


上の写真のようにPT.KAIの新ロゴマークが前面帯中央部に表示され、JR東海の103系とはちょっと印象が異なりますが、高運としての東海色は初めてのお目見えとあって、低運とも違う印象があります。
現在のところ高運の編成ではTc359が東海色に変更され、Tc815の編成はBalai Yasa Manggaraiで検査中であり、東海色へ変更されるものと思われますが、この検査には1ヶ月間ぐらいかかるかと思われますので、とりあえずはこの高運の編成は4両単独で運行される可能性もあります。


車内を見るとイスのモケットが交換されており、女性専用車(Tc車)には赤のモケット、普通車(M M'ユニット)にはグリーンのモケットが使用されており、低運の編成と同じようなモケットが使用されています。



ついでにこの高運の編成の試運転時にどうもMc153の編成がBogor車庫に居たようですが、下の写真のようにロゴマークは前面帯中央部に表示されておらず、これはこれでまたカッコイイ姿になっています。


ジャカルタの高運の103系、東海色に変更

2011年12月31日 19時26分45秒 | インドネシア
今年も残すところあと数時間となりましたが、今年1年の鉄道の出来事で私自身にとってトップニュースと言えば、ジャカルタの103系が東海色に変更されデビューしたことです。
半年前にもこの件について述べましたが、昨年から今年にかけ私自身15のカラーリングを考え、中には岡山で活躍した103系マスカット色、南武線や横浜線の205系バージョンカラー、中央西線や末期には関西線(名古屋口)で活躍した東海色の103系など実在したカラーリングも含め提案させていただきましたが、その中でまさか東海色を採用していただくとは私にとっては夢のような出来事でした。
今年7月のジャカルタ訪問時にBalai Yasa Manggaraiで初めて東海色に塗装された低運103系と対面でき、9月の訪問時においてもManggarai工場に入場中でしたが、10月にMc153の編成が4両編成で営業開始し、その後もう一方のMc105の編成と併結し、8両編成で活躍していました。
また、高運の103系は10月5日にManggarai工場に検査入場し、東海色に変更されるのか、それとも別の色に変更されるのか注目されていましたが、低運と同様にTc359の4両編成は東海色に変更され、Mc105の編成と同様に前面の帯中央部にPT.KAIの新ロゴマークが付されています。


上の写真の左側の高運の車両はTc359で、右側の車両はT'c597です。
低運の編成は12月初め頃に環状線内において床下から煙を出し、すぐにBukit Duri車庫に収容されたようですが、床下機器の不調によるものかその後Manggarai工場で修繕を行っているようです。

下の写真はPT.KAIの新ロゴマークです。


高運の編成も低運の編成と同様に室内についても大掛かりな修繕が行われているようで、床の張替え、シートの取替えなどが行われるものと思われます。


Tc815の4両編成については、下の写真のとおり東海色へ変更されておらず、これから実施されるものと思われます。写真の車両はTc822です。


左の車両はM752で、右側の車両は低運の車両群と思われます。


来年早々には低運、高運の両編成ともに営業に入りまだまだ活躍し続けるものと思われますが、私も103系が活躍するかぎり活躍の姿を追い続けるために、頻度と滞在期間は少なくなりますが来年もジャカルタへ行ってみたいと思います。

今年1年、頻繁にブログの更新ができませんでしたが、来年は無理をしない程度にできるだけ103系や南武線、インドネシア、フィリピンを中心に話題を提供していきたいと思っております。

写真は全てMas Kresna

103系東海色、運行開始

2011年10月22日 18時49分05秒 | インドネシア
先日、東海色に塗り替え中のPT.KAIの103系についてレポートしましたが、Mc153~の4両編成は検査が終了し、Depok車庫に送られたのち、ようやく東海色の103系が運行開始されました。
編成は4両単独となり、主にBekasi~Tanjung Priok間に運行され、今までこの運用に充当されていた猫バスこと6151Fは以前から冷房装置の調子が悪く、Bukit Duri車庫に収容されているものと思われます。


写真を見る限り、検査中にPT.KAIを示すZマークが前面にありましたが、途中で新ロゴマークに変更されたものの、なぜかそのロゴマークがなくなり、きれいな1本帯となっています。私としてはこの方が103系に相応しく、また、私がデザインしたとおりになり、感激しております。
今回の検査で変更された点としては、女性専用車(Kereta Khusus Wanita)が検査時点でT'c632のみであったものが、Mc153も女性専用車となり、4両編成中半分の2両が女性専用車になっています。
その他、パンタグラフが青色のものになっていること、ワイパーが中央部にも取り付けられていることや号車番号受けがなくなっているなど、各所で改造などが行われているようです。

T'c632も以前あったロゴマークが消えており、そのロゴマークが小さく車体側面に表示されています。また、下の写真では203系が2本見えますが、マト51と66がKCJカラーに変更されたものと推測されます。


女性専用車が先頭車の両方に採用されていることから、4両編成として当分使用されるものと思われますが、相棒のもう1編成(Mc105~)の出場に伴い、以前のように8両編成として使用されるのか、それとも両編成ともに4両編成として単独で使用されるのか気になるところです。

なお、この103系の運用ですが、おそらく下記のような運用に充当されているものと思われます。

Tng5:45→Jak6:48 7:00(環状西線経由)→Bks8:12 8:36→Tpk9:29 9:37→Bks10:29 10:45→Tpk11:38 11:45→Bks12:38 12:45→Thb13:20 13:30→Bks14:09

Bks16:53→Tpk17:49 18:05→Bks18:54 19:00(環状東線経由)→Jak19:45 19:50→Tng20:49

Tng=Tangerang、Jak=Jakarta Kota、Bks=Bekasi、Tpk=Tanjung Priok、Thb=Tanah Abang
上記の運用に入っているかどうかについては確認しておりませんし、この運用に充当されていたとしても毎日この運用に充当されるものと限りませんので、あくまでも参考程度にお願いいたします。

写真、情報提供(Foto dan informasi)はMas Andi Ardiansyah


最後にお知らせですが、新聞などでも報道されているようにBogor線において10月19日より11月29日までの約40日間、架線の補修工事を実施するため、29本の列車が運休します。運休する列車はKCJのホームページに掲載されていますので、利用される方は参考にしてください。

Djoko Lelono2(猫バス)でBekasiへ

2011年10月12日 10時24分48秒 | インドネシア
本日は昨日の続きでRajawaliからまずはTanjung Priokに行き、折り返しBekasiまで乗車してみたいと思います。
Tanjung Priok行きは15分程遅れてやって来ましたが、この列車に充当されたのは昨年の9月1日に乗車した時と同じ猫バス(Djoko Lelono2)として愛されている元都営6000形でした。


車内はやはり前回乗車した時と変わらないぐらいの乗車率で、昼下がりの鶴見線のような雰囲気でした。また、Tanjung Priokまで路盤が脆弱なのか40km/hぐらいのゆっくりしたスピードで進みました。


Tanjung Priokに到着するやいなや列車は遅れているためすぐに発車するとのことで、切符売場まで走ってすぐに切符を購入し、再び列車のところまで走り、ギリギリ列車に乗車することができました。
先程来た同じレールの上を今度は逆に進み、Rajawaliまで戻ってきました。Rajawaliから次の駅であるKemayoranまでは環状線の横にTanjung Priok方面用の線路が敷設されているため、実質、複々線のようになっていますが、このTanjung Priok方面の線路は片方しか使用されていないようです。
Kemayoranからは複線になるため、列車は環状線に入り、まもなく環状(東線)のターミナルPasar Senenに到着しました。Pasar Senen駅のホームは島式の1面2線しかありませんが、地方への中・長距離列車が運行されていることから下の写真のようにホームが広々としています。


Pasar Senenを過ぎると中央線のような沿線とは違うジャカルタの下町の中を走り、東京の下町を走る私鉄沿線にも似ています。
どの駅のホームも下の写真のように相対式のホームが続き、隣のホームへのアクセスは線路を平面で横切る形になっています。
また、将来的には環状線のPondok Jati~Manggarai間に短絡線を建設し、環状線の完全ループ運転ができるように計画されているようですが、完成は当分先のような気もします。


環状線とBekasi線の接続駅Jati Negaraが近づくと進行方向左側に機関区が見えてきます。私はそもそも機関車にあまり興味がありませんので、この機関区にはお邪魔したことがありません。


Jati NegaraからはBekasi線となり、しばらく3線区間が続きます。以前も述べたようにこの3線区間を利用して、客車列車が電車を追抜くというようなことが稀にあります。また、Jati Negaraの次の駅はこの3線区間の終わるCipinangという駅ですが、戸籍上、駅として登録されているもののホームもなく、列車も1本も停車しないようですので、実質、信号所のような扱いになっています。


Klender駅はホーム有効長が4両しか対応しておらず、ホームのない場所に停車した車両の乗客は車両に付いているステップなどを利用して乗降する必要があります。
Bogor線や中央線ではホーム有効長が足りない駅はありませんが、他の路線では稀にこのような駅もあります。


Bekasi線線路北側には将来的に複々線として計画されているため、用地がほとんど確保されていますが、軌道の敷設工事はいまだに実施されていません。


Rawa Bebekは戸籍上、停留場でありますが、列車は1本も停車しません。このような停留場であり、使用されていない駅は環状線やTangerang線などにもあります。
また、Rawa Bebekは日本語であひる(Bebek)、湖(Rawa)を意味し、Tangerang線の駅でもRawa Buaya(わに湖)という駅名があります。このように駅名の由来がその土地の特徴や英雄の人名などから名づけられているものが多く、駅名のルーツを探るのも楽しいものです。


進行方向左側にBekasiの電留線が見えてくると間もなく終点Bekasiに到着です。
このBekasiの電留線内への入場についても、以前であれば簡単に入ることができましたが、現在では基本的に許可証がないと入場できません。


Bekasiでは折り返し用の2番線に遅れて到着し、この列車はすぐにTanjung Priokへと引き返して行きました。


簡単に乗車記をご紹介しましたが、また、他の路線でも乗車記を作成して面白いものがありましたら、ご紹介させていただきたいと思っております。

Kampung Bandan、Rajawali駅をウォッチング

2011年10月11日 10時46分05秒 | インドネシア
7月のジャカルタ訪問時のことをお伝えしていないこともありますので、今回は車両以外のことで述べていきたいと思います。

7月20日の朝、実はこの日も103系の走行写真を撮影したいということで考えていたのですが、103系運用に充当されたのは別の形式が充当されましたので、どこへ行こうかと考えつつとりあえずは私の宿泊先の最寄駅のGondangdia駅からManggarai駅へ行ってみることにしました。
Manggarai駅に到着すると駅本屋に近い1番線にKRL-Iが停車しており、今日はおそらく103系も運行されていないことだし、気が趣くままにまかせ行きたいところに行ってみようかということで、このKRL-Iに乗車することにしました。
このKRL-Iはおそらく環状線内回り(Tanah Abang方面)の列車であろうと推測のもとで乗車したのですが、4両編成であるためかぎゅうぎゅう詰めの混雑を呈しておりました。8時ちょうどに出発し、中央線のレールを斜めに横切り、私の予想どおりに環状線へと入って行きました。オフィスビルの集中するSudirman駅に到着すると大勢の乗客が降車し、次のTanah Abang駅でも降車が相次ぎ、車内は日中の鶴見線のような閑散とした状態になりました。列車はこのまま行くとManggarai駅に戻ってしまいますので、どこへ行こうかと思いついたのがTanjung Priokでした。Tanjung Priokへは1日に3本の電車と数本の列車が運行されていますが、Tanjung Priok方面に分岐するRajawali駅を9:15頃に発車することがわかりましたので、しばらくは時間があるということで環状線とJakarta Kota方面が分岐するKampung Bandan駅で降りてみることにしました。
このKampung Bandan駅はご存知の方も多いと思いますが、先程、環状線とJakarta Kota方面の分岐駅と申しましたが、実はその他にJakarta KotaからTanjung Priokへ向かうTanjung Priok線が環状線を跨ぐ形で通っており、かつてはこの路線にも列車が運行されていたようなのですが、現在では1本も列車が運行されていません。
この路線のホームや線路がどのようになっているのか覘いてみたところ、線路はかつての荒れ放題の状態から整備されたようで、いつでも列車が走れるような状態になっていました。

下の写真はJakarta Kota方面を見たところです。架線柱の形状やカテナリーの方式から推測すると左側の線路はオランダ統治時代に電化し、のちほど右側の線路も日本の援助によって電化されたのでしょうか?(間違っていたらゴメンナサイ)


下の写真は逆方向のTanjung Priok方面を望んだところで、ホーム近くにトラス橋が見えますが、この下に環状線が通っています。
このTanjung Priok線の旅客列車の運行の再開予定があるようですが、旅客需要が極端に見込まれないことから計画が実施されないままなのか気になるところで、INKAの新車KFWやKRL-Iなどの4両編成を1日数本実験的に運行させてみてはいかがかと思うのですが、運行が再開するのはいつになるのでしょうか。


再び環状線のホームに戻るとホームは嵩上げ工事が行われていました。近年どこの駅でもホームの嵩上げ工事が実施され、乗り降りが楽になっています。


環状線内回りのホームの南側にはTanah Abang・Duri方面とJakarta Kota方面と行き来できる線路があります。列車はこの線路でスイッチバックを行っているのですが、客車列車ですと何とも面倒な推進運転が行われているようです。
新Kota駅が環状線に設置できれば、効率的な列車運行ができるのですが、果たしてこの計画が実現するのはいつになるのでしょうか。
また、2005年時点で103系はTangerang線のBenteng Ekspresに充当されていましたが、この時はこの引上線を使用せず、駅北側にあるホームのない引上線を使用していたかと思います。(確かとらえもんさんが、以前、この場所でビデオカメラで撮影したものが販売されたかと思います)


7月訪問時点でTangerang線Ekonomi列車に6両編成のDjoko Lelonoが充当されていましたが、先月の訪問時にはBalai Yasa Manggaraiに入場していました。


そろそろTanjung Priok行きの列車の出発の時間が近づいてきましたので、Rajawali駅に移動してみることにしました。Ekonomi列車に乗り込み外を眺めているとMangga Dua Squareのショッピングセンターが見えますが、その線路脇に「香港城」と書かれた門があります。この近くに中華街でもあるのでしょうか。


Rajawali駅近くではおそらく1日1往復かと思いますが、Surabayaからやって来た緑色の荷物列車と擦れ違いました。もう少し早くRajawali駅に到着していればこの列車を綺麗に撮影できたのですが残念です。


Rajawali駅に到着するとTanjung Priok方面のホーム近くで待っていたのですが、突然とPasar Senen方面から客車列車がやって来ました。この列車はおそらく西ジャワ、Banten州Rangkas Bitung行きかと思われます。Rangkas Bitung、Merak方面の列車はJakarta KotaやTanah Abangからも列車が出発しています。


Tanjung Priok行きの列車が遅れているようですので、駅の外に出てみました。するとインドネシアではどこでも見ることのできるオレンジ色のバジャイが止まっていました。フィリピンでもそうですが、このような乗り物に乗る時には運転手に料金を聞くのではなく、乗車する前に周りの人か知人に料金を聞いた上で乗車するようにしていますが、時々ぼられてしまうこともあります。


上の写真を見て既にお気づきになった方もいるかもしれませんが、バジャイのうしろに何やら怪しげな女性のマネキンが街燈に括り付けられていました。真夜中に見たら何とも不気味かと思うのですが、何のためなのか近くにいた方に尋ねてみると、ただ飾っているだけと言っていました。
このような女性、Gajah Mada通りのKota駅からモナス付近で、今でも見かけることができるかもしれません。


次回はTanjung Priok行きの列車に乗車し、Tanjung Priokで折り返して、Bekasiへと向かいます。

PT.KAI情報-元JR車両の話題

2011年10月10日 10時19分09秒 | インドネシア
一昨日、昨日と南武線の話題を提供しましたが、本日から再びジャカルタのPT.KAIについて話題を提供したいと思います。
本日は元JRの車両である103系や203系の新たな情報を現地のマニアからいただきましたので簡単に紹介します。

まずは103系の話題で、検査入場した低運の編成が東海色で塗り替えられていることを先日お伝えしましたが、しばらくDepok車庫に留置されていた高運の編成もBalai Yasa Manggaraiに今月5日頃入場したようです。
この編成も東海色に塗り替えられると思われますが、高運の東海色は今まで存在しませんでしたので、どのような姿になって現れるか楽しみです。おそらく広島のヨン様ことE04編成のようなサプライズがあるのではないかと個人的に期待しております。

下の写真はBalai Yasa Manggaraiへ検査入場した高運編成。(Foto:Masa Andi Ardiansyah)


一方、203系の話題で9月22日にマト68と69がジャカルタに到着しましたが、これらの車両ものちほどDepok車庫に送られ、転入整備待ちのような状態になっているようです。また203系の転入整備のトップバッターとしてマト66がKCJカラーに変更されましたが、女性専用車の装飾以外の整備は終了したようで、下の写真のように夢のようなJR時代の編成とのツーショットが実現しました。

下の写真はDepok車庫に留置中のマト69(左)とマト66(右)です。(Foto:Mas Adam Faridl al Fath)

Bogor・中央線、Bekasi線系統で活躍する東急車

2011年10月07日 09時22分44秒 | インドネシア
103系に続きジャカルタに到着したのが東急8000・8500系統で、2005年から2009年にかけて合計11編成が譲渡されました。8007Fが2005年9月13日にTanjung Priok港に到着し、9月28日から伊豆のなつ号塗装のままデビュー、続いて8003Fが12月に到着し、黄色+赤帯を纏いました。その後に続く8500系8604F、8608F、8611Fなども編成ごとに独自の帯の色を纏いファンの目を楽しませてもらいましたが、3年前頃から全ての編成において検査時に黄色+緑帯に変更され、近年では青+黄色帯が東急車の標準色となっています。

おそらく東急ファンとしては帯の色に注目している方も多いと思うのですが、現在では8604Fのみが緑+黄色帯、8613F(JALITA)は今まで赤系でなかなかのデザインでしたが、今年6月にKCJ標準色に変更されてしまい、面白みに欠けてしまっているのではないかと思っています。

そこで今回は青+黄色帯以外の8604Fと8613Fに注目してみました。東急車は基本的にTangerang線やSerpong線以外の路線で運行されており、8604Fや8613Fは主にBogor・中央線で運行されているようです。

9月訪問時に8604FはDepok車庫でお昼寝中でした。なお、朝は営業に入っていました。


デハ8504の側面は車と衝突したのか一部コルゲートが剥がされ、側引戸も都営6000形と思われるものに変更されています。


一方、8613F(JALITA)もBogor・中央線系統で運行されていますが、9月訪問時にはBekasi線にも充当されていました。


7月訪問時の昼間にDepok車庫を訪問してみると8613Fは8618F(右)の隣に留置されていました。


夕方にはDepok車庫を出庫し、運用に付いていました。私としては以前のカラーリングのほうがお気に入りなのですが、皆さんはいかがでしょうか?


最後に日曜日のみ運行される昔のAncol Ekspresですが、現在はBogorを8:40に発車し、Tanjung Priokに10:33に到着(その後、客扱いでBogorに戻る)。逆はTanjing Priokを17:19に発車し、Bogorに19:19に到着し(BogorからTanjung Priokへも客扱い)、各駅停車で運行されています。9月18日にその運用に充当されていたのは8612Fで、運用表上では東京メトロ5000系が運行されることになっています。
18日、Manggarai駅で撮影していましたので、ちょうどその列車が通過する頃観察しておりましたが、それらしき列車がBogor方面からやって来てManggarai駅構内手前の信号で停止しましたので、運転士にAncolへ行く列車か尋ねてみるとそうだと言うので、その列車がManggarai駅構内へと入線したのちManggarai駅方向を撮影してみました。


最も左(Bogor線下りの左)に8612F(Tanjung Priok行き)が停車し、偶然にも東急8500系2本が停車しました。その後8612Fはこの駅でスイッチバックし、上の写真でもわかるようにBogor線下り、上りを渡り環状線(Bekasi方面)へと入り、次の駅のJati Negaraで再びスイッチバックします。この列車に関することは2009年7月に述べていますので興味のある方は参考にしていただければと思います。


いまだに現役の都営6000形

2011年10月06日 09時39分24秒 | インドネシア
近年の05系や7000系などの東京メトロからの譲渡やニューフェイスの203系にニュースを奪われがちで、新しい情報が入りにくくなった都営の6000形ですが、2000年にジャカルタにやってきてから既に10年も経ち、事故で使用できなくなった6155、6152を除き合計70両がいまだに活躍続けております。

Bukit Duri車庫から出庫してきた緑+黄色帯の6201Fで、最近では先頭車には女性専用車の装飾が実施されています。


検査のたびに帯の色を変え、近年では緑+黄色帯が標準でありましたが、ここ最近の傾向としてはBalai Yasa Manggaraiで検査を受けた車両は緑+黄色帯、Dipo Depokで検査を受けた車両は東急車やメトロ5000系などのように青+黄色帯になっているようです。また、唯一、青+白帯だった6121Fは標準の緑+黄色帯に変更されています。

9月19日、Depok車庫を訪問した時点で、6161Fが検査を受けており、下の写真のような青+黄色帯に変更されていました。


今年7月の訪問時には今まで黄緑+黄色ベースだった6187FはDepok車庫で検査を受けていましたが、9月19日現在、営業に入っていました。


一方、Balai Yasa Manggaraiで検査を受けている6217F(黄色+黄緑ベース)ですが、7月訪問時の時点では下の写真のように緑+黄色帯に変更され、9月の訪問時でも検査が終了していませんでした。


6177FについてもKCJデザインベースの緑+黄色帯に変更されています。


度重なる事故によって乗務員室の再生と編成替えを実施して誕生した猫バスこと6151Fは青帯+裾部がオレンジ色で活躍しており、主に閑散線区の環状線やTanjung Priok線に充当されています。


今のところ青+黄色帯の編成は掲載した写真のとおり、確認したかぎり6161Fと6187Fの2編成のみとなっています。

また、6000形の所属については、8両編成の6121F、6161F、6171Fの3編成はBogor車庫所属、6両編成で先頭車改造の6217Fと6227Fの2編成はDepok所属、6両編成の6181F、6177F、6201F、6271F、6281Fの5編成と猫バスこと6151Fの4両編成はBukit Duri所属となっています。

今後も東京メトロからの譲渡やINKA組み立ての新車KFWの投入が予定されており、日本の中古車両の中では最も古株であることから、今後の処遇が気になるところですが、KCJとしてはまずはEkonomi車両の一掃が先のようですので、しばらくは活躍し続けるものと期待しております。

今までManggarai駅で都営6000形は頻繁に見ることができましたが、最近のメトロ軍団進出で駆逐されたかのように見る機会が少なくなりました。



ジャカルタに到着した203系

2011年10月05日 09時22分21秒 | インドネシア
20日、Balai Yasa Manggaraiで東海色の103系の撮影を済ませた頃には既に午後1時30分を過ぎ、この後Depok車庫で203系の撮影を予定していましたが、そろそろお腹も減ったことだし、ここで昼食でもと考え我々一行の意向を伺ったところこのまますぐにDepokへ行きましょうということになり、すぐにManggarai駅を目指し電車に乗ることになりました。
とりあえず、Depok Baruに所在する現地の鉄道雑誌Majalah KAで取材者として働くS君にメールし、おおよそのDepok駅到着の時間を告げ、Depok駅で会うことにしていましたが、Depok Baru駅で偶然に隣のドアから乗車したのを発見し、彼とすぐに会うことができました。私がジャカルタにいるとなぜかわかりませんが、電車内や駅構内で偶然に現地のKRL Maniaや鉄道会社に勤務する方と会うことが多く、びっくりさせられることが多いのですがなぜなのか今でも不思議に思っております。今から5年前ぐらいの時も皆さんご存知かもしれませんが「とらえもん」さんとジャカルタでご一緒させていただいた時にManggarai駅で撮影していると都営6000形を運転しているR氏(その当時Bogor車庫に勤務、現在Soloに勤務)が遠くの方から我々を呼んでいるのを発見し、我々は撮影を中止してすぐにその列車の乗務員室に飛び乗りKotaに向かったというエピソードもありました。
少々話しが脱線してしまいましたので、話しを元に戻しますと我々はDepok駅に到着するとそこから車庫まで約2kmの道程を歩いて向かいました。車庫のゲートでBukit Duri車庫の区長に発行していただいた許可証を警備員に見せ、拙いインドネシア語で説明すると無難に入場することができました。

203系は8月2日、マト51と66がTanjung Priok港に到着したのを皮切りに、8月下旬にマト52が到着し、これらの編成は一旦Balai Yasa Manggaraiに収容されたのち、Depok車庫へと回送され、全ての編成がDepok車庫で転入整備を受けるようです。なお、8月に新潟東港に回送されたマト68と69ですが、9月22日にTanjung Priok港に無事に到着したようです。

車庫の奥へ進んで行くと留置線にはマト52が留置され、まだ転入整備が実施されておらず、JR時代そのものでした。


まずは車庫の事務所で偉い方に許可証の提示と挨拶を交わし、忘れてはなならいのがここでも菓子折りを渡して少しばかりの御礼をさせていただいたのち、我々一行は全員ヘルメットをかぶって車庫の奥にいる203系マト51と66のところへと向かいました。

マト51とマト66が並んで留置され、両方の編成ともに転入整備を受けており、マト66のほうは中間車のみ帯の色がKCJカラーに変更されていました。なぜかこの2編成、編成の向きが逆であり、整備する上で全く問題なのか気になるところです。


Tcは女性専用車ということで、女性専用車の装飾が施されるものと思われますので、このようなJR時代とKCJカラーを一緒に見ることができるのもほんの僅かです。中間車は全てKCJカラーに変更されていましたが、おそらく営業にあたってはMM'が1ユニット抜かれ、Tc M M' T T M M' T'cの編成を組成するのではないかと推測されますが、果たしてどのような形で組成してくれるのでしょうか。余剰になった中間車は将来的に05系や7000系などのメトロ車の余剰車も含めて本来であれば10両編成として使用できることが最適なのですが、どのようなことになるのかこちらも気になるところです。(部品取りにならなければ良いのですが)


マト51のエメグリ帯の姿もこれで最後かと思います。


マト66の乗務員室に入ってみると、スイッチ類に他の形式と同様にインドネシア語の表示が付けられていました。東南アジアの船に乗船すると日本の中古船に乗船することがよくありますが、船員から日本語で表示されたスイッチを質問され、私自身よくわかっていないにもかかわらず訳すのに四苦八苦することが多くありました。同様にジャカルタで乗務員室に乗車することが許されていた時代に乗務員から質問され、困ったことがありました。


マト66のTcの前面はKCJカラーに変更中で、のちほど投石防止の黒いネットが設置されました。そのあとの姿は9月26日付けアップの写真を見ていただければと思います。また、その後、貫通扉の黄色帯部分にKCJのロゴマークが追加されています。


ある程度撮影し終わったところで時計の針を見てみると夕方5時近くになっており、結局この日は昼食を取らないまま103系と203系を中心に撮影に没頭した1日となりました。
JR系列の車両については、おおよそのことはお伝えしましたので、JR車両以外のことで7月訪問時のことも含めて次回はお伝えしていきたいと思います。







ジャカルタ103系-JR東海色に変更中

2011年10月03日 21時38分51秒 | インドネシア
昨日までフィリピン国鉄(PNR)の話題をお送りしましたが、おおよそのことは述べましたので、本日からインドネシアのPT.KAIの話題についてお送りしたいと思います。

今回、ジャカルタでは9月16日から20日まで滞在し、先日も申しましたようにJR好きな方と同行しましたので、103系や203系を中心に撮影しました。また、近年、車庫内や車両工場内への入場については許可証が必要となっているため、前もって現地の鉄道会社で働く方にお願いしておいたのですが、何の返事もなく許可証が取れないまま現地に到着してしまいました。私1人のみの行動であれば車庫内に入れなくても良いかなと考えてしまうのですが、何せ今回はJR好きな方々や他にも何人かの知り合いの方々も同行していますので、責任重大ということでBukit Duri車庫で働くI区長に菓子折りを持ってお願いしたところ、無事に許可証を発行していただきました。

一安心したところで、Bukit Duri車庫内の車両を撮影したあと、私達の一行はメインディッシュのBalai Yasa Manggaraiへ向かいました。この車両工場には7月の訪問時で低運転台の103系が検査を受けており、塗装を従来の青系塗装から東海色へと変更されていましたが、大がかりな検査であるため入場が長期化し、9月の訪問時でも検査中でした。

入場が厳しいBalai Yasa Manggaraiは必ず許可証が必要で、入場に際してもある程度のインドネシア語での説明が必要となります。その他、パスポートのコピーまたはIDカードを持参する必要があります。


中へ通されると7月に御会いした電車検査部門トップのS氏に御会いし、早速、同僚の方に案内していただきました。
東海色に塗られた103系を発見すると、子供の頃のような気持ちで撮影に没頭したのですが、7月の訪問時にもお伝えしたようにまさか私の方から提案させていただいた15枚のサンプルから1つの案を採用していただき、今でも感謝していると同時にとても感動しております。(デザインはJR東海色のものをそのまま真似っ子して提出しただけなのですが)

まず、見つけたのがこのMc153の車両で、このMc153の4両編成はほぼ検査が終わっている状態でした。7月時点と比べ、帯の中央にPT.KAIのロゴマークが取り付けらています。また、投石防止ネットは黒色のものが取り付けられています。


この編成の反対側に行ってみるとT'c632は女性専用車ということで、車体側面には東海色の帯は巻かれず、女性専用車を示す装飾が施されています。戸袋窓にはセクシーな女性の姿のステッカーが貼られ、窓下にはKereta Khusus Wanitaと記されています。(Keretaは鉄道、Khususは特別、Wanitaは女性という意味です)


T'c632の前面はMc153と同様に東海色の帯が巻かれています。8両編成として使用される場合は運行番号窓が潰されたこの顔が前に出ることになり、もう一方の編成のT'c597(運行番号窓が残っている)は中間に入ることになると思われます。


この編成の中に入ってみるとMc153のシートは赤色のものに取替えられていました。また、つり革の取替え、床も新たに張替えられており、更新工事並みに大がかりな修繕が行われています。


Mc153以外の3両は下の写真のようにモスグリーンのようなシートに取替えられていました。


もう一方の編成はというとT'c597とT210は東海色に変更済みでしたが、Mc105とM'231は東海色に変更されていませんでした。

T'c597の側面には女性専用車を示す装飾が行われていないことから、おそらく中間に封じ込まれると思われます。本当はこの車両が先頭に出てくれたほうが良いのですが。


Mc105とM'231は未塗装となっており、このような姿を見るのは私自身初めてです。(更新工事を施工する途中で白色の103系を見たことがありますが)


こちらはMc105で、おそらく女性専用車として使用されるものと思われます。まるで鉄道模型と同じように色を塗るようで面白いですね。


以上、簡単に紹介しましたが、9月22日にMc153の4両編成は冷房装置を搭載しないまま試運転を実施し、Mc105の編成も今月中には塗装変更が終了し、出場も間もなくかと思われますが、この新たな塗装(東海色)で変身した103系がジャカルタの街の中を走る姿を早く見てみたいものです。