「永代橋」を過ぎて佃島のマンション群や勝鬨橋を楽しみにしていたが、二日目後半は心がモヤモヤして、この隅田川全橋縦走を楽しめていなかった。
都心に近く、開発するにはもってこいの立地だから、隅田川はいつも利用される。
対岸にタワマン群があるためか、歩行者数が大変多い。
やはり、この橋は渡っておかないと。
開橋部操作所下から前方を撮影。
しかし、この歴史ある「勝鬨橋」が周りのタワマンと全く調和していない。
「勝鬨橋」より余程周囲に馴染んでいるよ。
こんなことでいいのか。
原因は、「新大橋(お助け橋)」の関東大震災の説明看板を読んでからだ。
あることを思い出してしまった。
「東京大空襲」
心にわだかまりがある中で、最後の橋までは行こうとした。
十五番目の橋、「中央大橋」
タワマン群の佃島に渡る一番目の橋。
背景にタワマン群が写っていると絵になると思います。
その下流には十六番目の「佃大橋」
都心に近く、開発するにはもってこいの立地だから、隅田川はいつも利用される。
今回の全橋縦走で一番楽しみにしていたのが次の「勝鬨橋」。
船が通り過ぎる時に橋が開いたと、余りにも有名な橋だ。
対岸にタワマン群があるためか、歩行者数が大変多い。
やはり、この橋は渡っておかないと。
開橋部操作所下から前方を撮影。
しかし、この歴史ある「勝鬨橋」が周りのタワマンと全く調和していない。
余りにも異質な構造物同士が存在し、異様な空間を作り出している。
むしろ、「中央大橋」や次の、近代的な「築地大橋」の方がタワマン群には似合っている。
もっと似合った空間に移設してあげるとか、そういう発想はないのか。
でかいマンションは儲かるが、利益の出ない文化財には金出さない。
みみっちぃ考えだな。
最後の橋、「築地大橋」到着。
「勝鬨橋」より余程周囲に馴染んでいるよ。
こんなことでいいのか。
「築地大橋」から「勝鬨橋」を望む。
目をつむらなければ前には進めなかっただろうが、無かったことには出来ない。
東京大空襲10万人の無念の想い、時代に老体を晒すだけの橋。
「無かったこと」にしては余りにも不憫だろ。
少なくとも自分の子供には、それを伝えるのが親の義務だ。
過去は目で見えないが、“こころ”で感じることはできる。
「はぁ」
隅田川全橋縦走を終えた安堵感が少しと、やるせない想いのため息一つ。
未熟者アドベンチャーレーサーの挑戦はつづく。