「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

9,姥スター ⑤

2025年03月14日 08時51分38秒 | 「姥ざかり」田辺聖子作










・初舞台生がずらりと舞台に並び、
口上披露になると、
何人目の子が可愛いの、
誰を見ろの、
と指図する

年によると初舞台生は、
黒紋付に緑の袴で出て来たりして、
毎年趣向をこらすが今年は、
ピンクの着物一色、
花が咲いたよう、
しだれ桜にかこまれて、
組長と副組長が向上をのべる

今月は花組で、
この組長さんは恵さかえさんである

私や叔母のように、
古いファンにとっては、
組長さんとか専科の人とかに、
古い馴染みの顔を見だすのは、
嬉しいことである

「東西東西」

と木が入って、

「狂言半ば、
一座高うございますが、
只今より初舞台生のご披露を、
させていただきます」

こういうときの心はずみは、
歌舞伎とはまた違った、
明るい花やかさでいい

副組長の銀あけみさんと、
こもごも口上をのべる

「ここに居並びます三十九名は、
本年初舞台の若桜でございます」

「ご覧の通りまだまだ幼く、
まだまだ未熟者ではございますが、
清く正しく美しくの精神で、
ますます精進いたしますれば、
今後ともご贔屓、
お引き立てのほどを、
隅から隅までズイーッと、
乞い願い上げ奉りまする」

木が入って、
初舞台生たちが深々とお辞儀をすると、
どっと拍手の嵐になる

これは毎年見ても感動的である

魚谷夫人は四月の舞台は、
はじめてだそうで、

「おばあちゃまの、
お若いわけがわかりましたわ、
何十年もこんな楽しいものを、
見てらしたんですもの、
幸せな方ですね」

と休憩のときにいっていた

おばあちゃまというのは、
私の叔母のことである

春のおどりは日本物で、
かぐや姫や浦島太郎が出てきて踊ったが、
叔母の好きなラインダンスは、
洋物のレビューにある

初舞台生のロケットは終わり近く、
ひときわ趣がもりあがる場面で、
その美事でかわいいこと

「今年の子は、
脚がひきしまってるような、
年々、ポチャポチャが無うなって」

と叔母は観察もこまかく、
富田氏は、

「これがいつ見ても、
若さの精気を発散してくれましてな、
キッキッ」

とはしゃいでいた

飯塚夫人は七十五歳であるが、
さすが大阪育ちで、
女学生のころ宝塚を見たといい、

「このロケットとフィナーレがよろしなあ」

と手を叩く

この組の男役スターは、
松あきらさんと順みつきさん

叔母を囲んでぞろぞろと大劇場を出ると、
ファン仲間の誰かれが挨拶してくれる

若い娘さんや三、四十代の主婦たち

叔母は何だか宝塚ファンの、
名物女になっているようで、
あちこちからいたわられ、

「お婆ちゃん、
お疲れになりませんでした?」

と声をかけられ、
叔母はすまして、

「へえ、
今日は若いもんを、
連れて参じやした
若いもんはきょろきょろばっかして、
気ぃ入れてみる、
いうことしやへんので、
こっちのほうが疲れやして、
あんさん・・・
おっほっほ・・・」

しかし叔母を招待するのは、
いつも私である

宝塚を見た晩は、
大阪のキタのはずれにある、
店へ行くことになっている

宝塚というのは、
見たあと気分が高ぶって、
そのまま家に帰りにくい

富田氏らは電車で大阪へ向かい、
私は叔母を家まで送ってゆく

タクシーに乗ると、
さすがに叔母も疲れたのか、
シートに折り込むようにもたれて、

「歌子ちゃん、
ワテもちと年とりやしたんやろか、
昔は昼の部見て、
夜も見るいうことでけたのに、
いまはもうあきまへん
そやけど今年も、
お花見でけて、
春のおどり見られて、
ありがたいことや、
思てますねん
あと、中日見て千秋楽見て・・・
といいたいけど、
花も散りまっしゃろなあ」

叔母も九十一になって、
ようやく老いを知ったらしい

「叔母ちゃん、
見たいお思いやしたら、
いつでもお伴させて頂きますよって、
遠慮無ういうておくれなあ
なんべんでも行きまひょ」

タクシーの運転手が、
私たちの会話を小耳に挟んでいたとみえ、

「ご隠居はん、
何ぼでおます?」

といった

ふと見ると、
でっぷりしたこれもかなり、
いい年の運転手のようである

頭頂ははげているが、
まだ黒髪がふさふさし、
首も太く元気そうである

白い長そでワイシャツから見える手首も、
がっしりしているが、
どうも四十や五十ではなさそう

この運転手、
信号で停まって振り向き、
にっこりしたが、
人扱いに慣れたおしゃべりらしい、
人のよさげな男である

「このおひと九十一、
あたしが七十七になりますのやけど」

と私がいうと、

「へえ~~!
ご隠居さんも奥さんも、
お若うみえはる」

とおどろき、
おばあさんといわないところが、
私は気に入る

「ワテ、何ぼに見えま?」

「そやねえ・・・五十五、六?」

「ヒヒヒ
七十三だんにゃ、
これでも」

私はおどろいた

七十三になる運転手の、
タクシーに乗ったのは、
さすがにはじめてである

彼はそういう反応に、
慣れているようで、

「いいや、
ウチの会社、
ぎょうさんいよりまっせ
みな元気で働いてま」

「あんたそんなんやったら、
個人タクシーしはったら、
よろしのに」

「そんなん事故や補償や、
いうたとき、かないまへんがな
息子がやめやめ、いいまっけど、
これで月二十万や二十五万は、
取りまっさかいな
孫にみやげの一つも、
買うてやられるよって、
やめしまへん
せめて七十五まではこないして、
元気に働かしてもらお、
思てますねん
へえ、どっこも悪いとこおまへん」

声も力があり、
七十五まで働けそうである






          


(次回へ)

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