「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

1、若宮 ②

2024年04月07日 12時46分17秒 | 「霧深き宇治の恋」   田辺聖子訳










・夕霧の姫君たちの中で、
もっとも美貌の聞こえ高いのは、
六の君、六番目の娘だった。

この姫君は正妻の、
雲井雁の生んだ娘ではなく、
第二夫人の藤典侍の娘だったが、
評判を聞いた貴公子たちから、
求婚が絶えなかった。

美しいばかりでなく、
気だて、心ざまもゆかしく、
人並みすぐれた姫君であった。

しかし身分低い典侍の腹なので、
世間から低く見られがちなのが、
父の夕霧には悔しくも、
不憫であり、
それで思いつくのは、
落葉の宮の養女にすることであった。

落葉の宮は、
源氏へ降嫁した朱雀院の皇女、
女三の宮の異腹の姉君、女二の宮。

柏木と結婚したが、
女三の宮に恋していた、
柏木は妻女二の宮を愛すること薄く、
「落葉の宮」とおとしめた。

柏木は女三の宮との恋に、
身を焦がして早世し、
残される妻の落葉の宮の行く末を、
親友の夕霧に托した。

夕霧は柏木の未亡人だった宮に、
懸想して熱心に求婚し、
やっと結婚した。

一條のお邸に住んでいられたが、
光源氏亡きあと、
六條院がさびれてしまうのを、
悲しんだ夕霧が落葉の宮を、
六條院の東北の御殿に移して、
住まわせた。

ここはかつて、
夕霧の母代わりであった、
花散里が住んでいた御殿。

夕霧は少年のころから、
この御殿になじみがあった。

かくて、
実直男の夕霧は、
本妻、雲井雁のいる三條の本邸と、
この六条院とを、
一日置きにどちらも、
不公平のないように、
通い住んでいる。

そういえば、
光源氏亡きあとの、
夫人たちの身の上も、
語らねばならぬ。

光の君が出家し、
亡くなってのち、
夫人たちは泣く泣く六條院を出、
それぞれの終の棲家に、
移り住んだ。

花散里は、
遺産として贈られた、
二條院の東の院に。

出家された女三の宮は、
父帝、朱雀院から伝承された、
三條の宮に。

いまの六條院にいられるのは、
夕霧の夫人、落葉の宮をのぞけば、
明石の中宮のお子さまがた。

玉の台と作り磨かれた、
六條院の栄華は、
明石の上のご子孫の繁栄のために、
あったようなものと見えた。

源氏の死後、
明石の上は、
あまたの宮さまがたの、
ご後見としてお世話をし、
幸福に暮らしている。

夕霧右大臣は、
亡き父、源氏の夫人だった方々を、
父の生前と変ることなく、
誠意をもってお世話している。

夕霧右大臣が、
わが娘の婿にと、
内心擬している、
もう一人の貴公子は、
薫である。

姫君の一人はぜひ、
薫の君と結婚させたい、
と望んでいるものの、
まだ口に出せずにいる。

当の薫は、
結婚など思いも染めない。

いつとなく、
厭世的な思いに沈んで、
出家を夢みたりする。

わずらわしく心を労する、
結婚など、
とんでもないことと、
思うのであった。

すべて控えめに、
目立たぬように振る舞えば、
振る舞うほど、
世のおぼえもめでたく、
もてはやされてゆく。

薫が父、源氏に死に別れたのは、
五つのころであった。

源氏に薫のことを頼みます、
と托された冷泉院は、
(源氏と継母藤壺の宮の御子)
大切に薫をお世話された。

冷泉院は、
ご自分が源氏の実子だと、
いうことをご存じで、
薫をわが弟と、
いつくしまれるのであった。

冷泉院の秋好中宮は、
(亡き六條御息所のおん娘)
源氏の養女として入内されたので、
ご自分にもお子がなく、
心細く思われるせいか、
薫を頼りにされている。

元服も、
冷泉院で行わせられた。

薫は十四で、
侍従に任命された。

その秋には右近の中将に、
と昇進させられた。

冷泉院には、
弘徽殿の女御と申しあげた方が、
いられたがその方との間に、
たった一人姫宮がいられる。

その姫宮と同じくらい、
薫の君を大切にお世話なさった。

冷泉院ばかりではなく、
帝も薫にはお心を、
寄せられていられた。

帝は薫の母君、女三の宮の、
異母兄君に当られる。

また明石の中宮は、
薫の腹違いの姉君という、
(あくまでも源氏を父と見た場合)
ことで、

「お父様さま(源氏)が、
おっしゃっていたわ。
私の晩年に生まれた薫は、
かわいそうだ。
とても私はこの子の、
成人を見届けてやれない、と。
お父さまのお心を継いで、
及ばずながらわたくしが、
薫を世話してやりとう、
存じます」

と仰せられて、
大切になさる。

十九になった薫は、
右近の中将のまま、
三位の宰相になった。

帝と中宮のご後援がある、
とはいいながら、
めざましい花やぎぶりであるが、
薫の心は物悲しく、
曇りがちである。






          

(次回へ)






この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 1、若宮 ① | トップ | 1、若宮 ③   »
最新の画像もっと見る

「霧深き宇治の恋」   田辺聖子訳」カテゴリの最新記事