「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

3、竹河 ④

2024年04月15日 08時10分07秒 | 「霧深き宇治の恋」   田辺聖子訳










・薫の君、
そして夕顔と雲井雁の息子、
蔵人の少将が恋こがれる、
玉蔓の長女の姫君が、
冷泉院へお輿入れする日が、
四月九日と定められた。

少将は死ぬ思いである。

朝廷へ出仕もせず、
母の雲井雁をせっついて、
今からでも何とかならぬだろうか、
と泣きつくのだった。

雲井雁は息子可愛さに、
異母妹の玉蔓に、
何度も手紙を送った。

玉蔓は困ってしまった。

「院のご催促に、
お断りしきれなくなりまして、
お許し下さいませ。
いましばらくご辛抱下さいませ。
きっとお心のゆくように、
させて頂きます」

玉蔓は、
そんな風に返事を書いたが、
内々では妹姫の中の君と、
少将を結婚させてもいい、
と思うのだった。

まだ少将の身分は低いので、
そう急がなくていい、
という気持ちもある。

しかし少将の心は、
大君にしかないので、
その日が近づくにつれ、
物思いに沈んでいる。

それを見る母の雲井雁も、
涙ぐまずにはいられない。

父の夕霧も、
今さらのように悔やむ。

そんないきさつはあったものの、
当日は夕霧から、
車やお供の人々、
それに子息たちを添え、

「どうぞご遠慮なく、
お召し使いください」

と玉鬘邸へやった。

雲井雁も祝儀用の女の衣装を、
たくさん贈った。

「魂が抜けたように、
ぼんやりしている病人が、
おりまして、
その世話にかかりきりなもので、
ございましたから、
お役に立てず失礼しました」

と雲井雁の手紙が添えてある。

それとはない恨みがあるのも、
玉蔓は苦しかった。

しかし夕霧邸からの配慮は、
女あるじの家にとって、
嬉しいものだった。

按察使大納言、
(柏木の弟、玉蔓の異母兄)
の邸からも女房たちの乗る、
車をまわしてくれた。

その取り込みの最中、
少将からの手紙が、
中将のおもとに届いた。

「私の人生も、
これで終わったと思うと、
さすがに悲しくてなりません。
せめてひと言、かわいそう、
と姫君のお言葉を頂けたら、
まだしばらくは生きていられる、
かもしれません」

おもとは、
恋に狂うあわれな青年を思い、
姫君に手紙を届けた。

大君と中の君は、
別れを惜しんで、
しょんぼりしていた。

美しい姉妹は今までずっと、
夜昼ともにむつみ暮らして、
仲よかったのに、
今日を限りに離れ離れになる。

日ごろより殊に美しく着飾った、
大君は輝くように美しかった。

大君は結婚に期待はない。

亡きお父さま(髭黒の大将)の、
ご遺志だからといわれて、
冷泉院へ参るのだった。

妹との別れも悲しく、
普段は手に取らない、
少将の手紙を見た。

まだ恋を知らぬ大君には、
少将の手紙は切実にひびかず、
大げさに思われた。

大君は少将の手紙の端に、
書きつけた。

「人はみな、かわいそう、です。
あなただけではありませんわ」

おもとはそのまま、
少将に渡した。

はじめて恋文に返事を下さった、
しかもそれは他の人のものに、
あの人がなってしまう、
その当日だった。

少将は涙が流れて止まらない。

またもやその返事を、
書かずにいられない。

「あなたに、
かわいそうな者よ、
とおっしゃって頂けるのでしたら、
いますぐ死にたい気持ちです。
ああ、私はついにあなたから、
ひと言のお言葉もかけて、
もらえぬまま、
人生を終えるのでしょうか」

それを見て大君は、
軽率に返事をしたことを、
後悔してそのまま捨ておいた。

美々しいお輿入れの行列は、
冷泉院へ向かった。

若く美しい大君を迎えたのは、
中年の冷泉院(父は源氏)であった。

夜更けて参上した大君の、
若々しい美しさに、
院はたちまち魅せられて、
なみなみならぬご寵愛だと、
いう噂が早くも世にもれ初めた。






          


(次回へ)

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