
・薫の君、
そして夕顔と雲井雁の息子、
蔵人の少将が恋こがれる、
玉蔓の長女の姫君が、
冷泉院へお輿入れする日が、
四月九日と定められた。
少将は死ぬ思いである。
朝廷へ出仕もせず、
母の雲井雁をせっついて、
今からでも何とかならぬだろうか、
と泣きつくのだった。
雲井雁は息子可愛さに、
異母妹の玉蔓に、
何度も手紙を送った。
玉蔓は困ってしまった。
「院のご催促に、
お断りしきれなくなりまして、
お許し下さいませ。
いましばらくご辛抱下さいませ。
きっとお心のゆくように、
させて頂きます」
玉蔓は、
そんな風に返事を書いたが、
内々では妹姫の中の君と、
少将を結婚させてもいい、
と思うのだった。
まだ少将の身分は低いので、
そう急がなくていい、
という気持ちもある。
しかし少将の心は、
大君にしかないので、
その日が近づくにつれ、
物思いに沈んでいる。
それを見る母の雲井雁も、
涙ぐまずにはいられない。
父の夕霧も、
今さらのように悔やむ。
そんないきさつはあったものの、
当日は夕霧から、
車やお供の人々、
それに子息たちを添え、
「どうぞご遠慮なく、
お召し使いください」
と玉鬘邸へやった。
雲井雁も祝儀用の女の衣装を、
たくさん贈った。
「魂が抜けたように、
ぼんやりしている病人が、
おりまして、
その世話にかかりきりなもので、
ございましたから、
お役に立てず失礼しました」
と雲井雁の手紙が添えてある。
それとはない恨みがあるのも、
玉蔓は苦しかった。
しかし夕霧邸からの配慮は、
女あるじの家にとって、
嬉しいものだった。
按察使大納言、
(柏木の弟、玉蔓の異母兄)
の邸からも女房たちの乗る、
車をまわしてくれた。
その取り込みの最中、
少将からの手紙が、
中将のおもとに届いた。
「私の人生も、
これで終わったと思うと、
さすがに悲しくてなりません。
せめてひと言、かわいそう、
と姫君のお言葉を頂けたら、
まだしばらくは生きていられる、
かもしれません」
おもとは、
恋に狂うあわれな青年を思い、
姫君に手紙を届けた。
大君と中の君は、
別れを惜しんで、
しょんぼりしていた。
美しい姉妹は今までずっと、
夜昼ともにむつみ暮らして、
仲よかったのに、
今日を限りに離れ離れになる。
日ごろより殊に美しく着飾った、
大君は輝くように美しかった。
大君は結婚に期待はない。
亡きお父さま(髭黒の大将)の、
ご遺志だからといわれて、
冷泉院へ参るのだった。
妹との別れも悲しく、
普段は手に取らない、
少将の手紙を見た。
まだ恋を知らぬ大君には、
少将の手紙は切実にひびかず、
大げさに思われた。
大君は少将の手紙の端に、
書きつけた。
「人はみな、かわいそう、です。
あなただけではありませんわ」
おもとはそのまま、
少将に渡した。
はじめて恋文に返事を下さった、
しかもそれは他の人のものに、
あの人がなってしまう、
その当日だった。
少将は涙が流れて止まらない。
またもやその返事を、
書かずにいられない。
「あなたに、
かわいそうな者よ、
とおっしゃって頂けるのでしたら、
いますぐ死にたい気持ちです。
ああ、私はついにあなたから、
ひと言のお言葉もかけて、
もらえぬまま、
人生を終えるのでしょうか」
それを見て大君は、
軽率に返事をしたことを、
後悔してそのまま捨ておいた。
美々しいお輿入れの行列は、
冷泉院へ向かった。
若く美しい大君を迎えたのは、
中年の冷泉院(父は源氏)であった。
夜更けて参上した大君の、
若々しい美しさに、
院はたちまち魅せられて、
なみなみならぬご寵愛だと、
いう噂が早くも世にもれ初めた。



(次回へ)