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ワニが消えた原因
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第7章 増加する容疑者達
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「乳がんはとても複雑な病気です。私たちは エストロゲンがいかにして
乳がん細胞を分化・増殖させるかという狭い分野に的を絞って
重要な研究をしています」とアナ・ソトは言う。
女性の体内で分泌されるエストロゲンが乳がんの重要な危険因子であることは
以前から知られている。エストロゲンにさらされる期間が長ければ長いほど
リスクは増大する。初経など女性の生殖に関する一生の鍵となる出来事のタイミングは
エストロゲンの暴露量を左右し 乳がんのリスクと関連がある。
初経が早い 閉経が遅い 子供を産んだ経験がない
あるいは産んでも母乳で育てなかった女性は 乳がんにかかる危険性が高くなる。
これらの要素はいずれも 女性が一生の間に浴びる
エストロゲンの量を増加させると考えられる。
女性にとって性発達と生殖に不可欠なエストロゲンが
乳がん細胞の増殖を促進して害をなすというのは奇妙に思えるかもしれない。
しかし 若いころに卵巣を切除しなければならなかった女性は
結果として内因性エストロゲンの暴露が少なく
乳がんにかかるリスクが低いことが明らかになっている。
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研究室へ一歩入ると 真っ先に目に入るのは 細胞を増殖する
明るいピンクの培地が沢山おさめられた大きな培養器だった。
何列も並んだ明るいピンクや 淡い黄色のフラスコには
一つひとつラベルが貼られ そのなかでは細胞の増殖への影響が
考えられる様々な物質が有効かどうか評価されている。
人間の乳がん細胞は肉眼では見えず 顕微鏡が必要だ。
だが そのとき 何か大異変が起きているのは一目瞭然だった。
「まさに青天の霹靂でした。研究中の培養細胞が 突如として
まるでエストロゲンを加えたかのように分裂し 増殖していたのです。
エストロゲンは絶対に加えていません。ですから
分裂するはずのない細胞が分裂したのです」とアナ・ソトは回想する。
説明しようのない事態だった。
彼女らは実験をやり直したが 結果は同じだった。
エストロゲンが存在しないにもかかわらず
エストロゲンに反応する乳がん細胞は急速に増殖した。
「あまりにも不思議な現象で 研究はすっかり混乱しました。
細胞の増殖ははっきりしていました。
まるでエストロゲンのような働きをする何かによって汚染されたかのようでした。
何としても汚染源を突き止めなくてはと決心しました」とアナ・ソトは説明する。
ソネンシャインとソトは10年以上も共同研究を続けていたが
このような事態ははじめてだった。
細胞は鋭い感受性を持つので 実験に際しては 一切の汚染を防ぐために
常に念には念を入れていた。
それだけに科学的興味を超えて いらだちや憤りさえ感じられた。
二人は実験手順をあらゆる側面から丁寧に確認し誤りを探した。
「時間ばかりが過ぎ 私たちは事の成り行きに落ち込みました。
どうしてこんなことが起きるのか 見当もつかなくて・・・」
実験を何度か繰り返したが
そのたびに細胞が増殖するのを確認して 愕然とした。
数週間にわたって原因究明のために手を尽くしたにもかかわらず
作業手順に誤りは見つからず やがて疑いの目は 機材や材料へと向けられた。
とはいえその時点では 実験機材が原因とは思ってもいなかった。
ただ あらゆる可能性は 一つひとつ徹底して確かめなければならなかった。
そしてついに 一歩前進した。
実験用のチューブを変えてみると 細胞の増殖が起きなかったのだ。
どうやら謎のエストロゲンはチューブから滲み出ているらしい。
信じられない結果だった。
ソトもソネンシャインも 農薬や工業用化学物質の一部に
弱いエストロゲン作用があることはよく知っていた。
だが プラスチックからエストロゲンが溶け出すとは聞いた事も無い。
「プラスチックにエストロゲン作用だなんて考えられない」とソトは言った。
「でも もしそうなら 話は全然違ってくるわ」
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