泳ぎても泳ぎても此岸かな 上田克彦
写真 千田完治
秋彼岸の九月。今月の言葉は、 令和5年5月5日付け、日経新聞俳壇への投稿句です。
まずは、選者の俳人・横澤放川師の批評はというと。
「面白うてやがてほんに悲しきだ。代も変って昔なら隠居の齢であっても、省みれば一生といふのまだまだこんなことなのかねえ」
俳人の評をわが体験にかさねてみれば、若い頃は歳を積んだ先輩方は気分の変調も少なく、判断力もすぐれ、間違いなど起こさない大人物ばかりだと尊敬もうしあげていました。だが、しかし。自分がそうした年齢になっても、理想郷(彼岸=ひがん)からはほど遠く、相変わらず気は短く、腹はたつことばかりで、失敗ばかりの毎日(此岸=しがん)です。
なんてことを友人に嘆いたら、同年齢の友人がいいました。
「あたりまえじゃん。俺らが年寄りになりつつあるんだから、年寄りなんて信用できないよ」。
まぁー、年上だからという理由だけでは、誰も尊敬などしてくれないのが現代です。
でも、現代の年寄りだけが、いくじなしかというとそんなことはない。趙州(じょうしゅう・779~897)という中国は唐の時代の禅僧がおられました。六十一歳で出家して百十八歳の長寿を全うしたという怪物です。その怪物が次のような言葉をのこしています。
「たとい百歳の老翁なりともわれよりおとられんは、われ、かれをおしうべし。たとい七歳の女なりとも、われよりもすぐれば、われ、かれにとうべし」
作家・吉川英治の名言、「我以外皆師」の心境ですな。みんな師なのですが、特に幼い子どもの「なぜなぜ、どうして」の問いかけは、物の本質をとらえていてずしりときます。
だから、ラジオの「こども電話相談室」は聞いていて面白いし、教えられることが多かった。でも、相談室でたくさんのこどもの「なぜ」に答えつづけて、七月に亡くなった無着成恭さんは晩年、「平成に入ったころから質問がつまらなくなった」と憂いていたという。無着師は曹洞宗の禅僧でもありました。幼いこどもの、「なぜ」まで面白くなくなったとしたら、師はどこにいるんだ!