「野生の棕櫚」と「オールド・マン」まったく異なる物語が交互に語られるフォークナーの小説『野生の棕櫚』、オンライ読書会。備忘録の続きです。
ほぼ1日でお読みになったらしき(すごい!)はづきさんパートなのですが、御本人がブログで語られていることとほぼ同じでして、そちらを読んでいただいたほうがいいかもしれません。↓
とはいえ、こちらでも書かせていただきますね。
***はづきさん
読み終えてみて、実はすごく良かったんです。結局、世界に対して徹底的に2人きりであろうとしたシャーロットとハリーの物語ということで、読み終えてからずっとそのことを考えている感じです。
文庫本の裏のあらすじを読むと、「野生の棕櫚」は超つまらなそう。「人妻と恋に落ちた元研修医が2人の世界を求め彷徨する…」勝手にさまよえ!これだけ読むとなんの興味もわかんわ!と。「オールド・マン」の「漂流したボートで囚人が妊婦を救助する」そりゃ大変だ。こっちの方が絶対楽しいと思ったんですよね。
最初の章の視点はハリーじゃなくて40代の医者で、この医者の視点がよどんでいる。なんなのこの医者は?じゃあ、この人が主人公じゃないのか、と。
その後「オールド・マン」を1回挟んで、ハリーたちの話に視点が戻った時からも、ハリーの考えてることは局所的に太字で出たりはするんですけど、それ以外は基本的に行動しか書かれてない。何がどうなってシャーロットとこうなったの?という過程をすっ飛ばされた感じで、全然納得がいかない感じがすごくあったんですね。
その分「オールド・マン」の方は、洪水で水がどんどん増水してくる表現がすごくて、描写の上手さでぐいぐい読ませる。なので、やっぱり自分も「オールド・マン」の方が面白いとは思ってました。
シャーロットとハリーが安定的な収入を蹴って鉱山に行くところと、その後囚人がスペクタクルアドベンチャーを経てなんとか陸地に着いたところまでを読んで、一回ちょっと休憩を入れました。
そのとき、先に読み終わっていた母と話していて「シャーロットとハリーの関係性がいわゆる男女の恋愛と捉えない方がしっくりくるな」と考えて。その後はそんな感じの視点で読みました。
ラストの解説を読んでも、結局「オールド・マン」の方はあくまでも「野生の棕櫚」の背景的な効果があればいいって作者も言ってたというので、やっぱり「野生の棕櫚」がメインストーリーでいいんだと。それもあって、とにかく二人の話として自分はすごく面白く読めました。
■シャーロットは魔性の女ではない
すごく陳腐でありふれた言い方をしてしまえば、あらかじめ親から求められて決められていたお医者さんになりなさいってレールの上を真面目に勤ましく生きてきた男が、遅い初恋を知って、奔放な女に性的魅力も罪も含めてのめり込んでいっちゃった話と言えなくもない。
いわゆるシャーロットがファム・ファタール的な女(魔性の女)として描かれているみたいになるけれど、そういう感じでは読めなくて。
シャーロットもハリーも二人とも頑なで融通が効かなくて、ただどうしようもなくお互いがお互いと一緒にいるしかない、そういう必死さ、切実さを感じたりしました。
もちろんそれが男女の恋愛ってことだと言われればそれまでで、作者は多分そのつもりで描いてるんでしょうけれど、自分としてはこの二人が「男と女として恋愛的に、あるいは性的に惹かれ合った二人ですよ」というのはあまりしっくりこない。
この世界の中で生きていくってことは、世界に包摂され取り込まれることで、それを二人で徹底的に拒否して、二人きりだけであろうとした。そういった二人の痛々しさもちゃんと肯定してあげたいと、わりとしんみり真面目に思ったりしました。
■カポーティーの『誕生日の子どもたち』を連想
で、なんでここまで予想外に思い入れちゃったかなと思うと、多分途中で全然違うすごく好きな話、カポーティの『誕生日の子どもたち』をちょっと連想したんです。
これは村上春樹訳の短編で、シャーロットの目が黄色いって表現が何回か出てきますが、『誕生日の子どもたち』の方でも印象的な登場人物のミス・ボビットっていう10歳の少女が黄色い目をしてる。
そこでこれをポンと連想したんですね。『誕生日の子どもたち』は強烈な個性のある10歳の少女にすごく恋焦がれる13歳の男の子が出てきて、女の子自身は別に男の子を全く必要としてない完全体みたいな面白い子なんですけど、男の子の方がすごく焦がれる。
その焦がれ方の描写がすごい好きだったんです。恋というよりは、本当にどうしようもなく好きであるというような。ハリーがシャーロットに惹かれる気持ちもそうだったかもしれないし、シャーロットも単にハリーを引き回したんじゃなくて、ハリーと同じようなものを感じたから、2人ともこういうことになったのかなという感じで。
この1つの作品の中で感想が完結しなくて、他に逸れる読み方をしちゃったんですけれど、なので、自分はすごく面白かったです。
■あの医者はハリーの別の未来像だった
あと気づいたのは、冒頭のすごくよどんでいる医者。これは多分ハリーがシャーロットに会わなかった場合の未来像なのかなと。彼もお父さんから色々引き継いで、妻もお父さんに決められて。もしハリーが普通に地道にシャーロットに出会わずにインターンも完了させてたら、こうなってたのかなと。
オールドマンとの対比では、安定した陸地に着きたいのに、ひたすら文字通り流されているオールドマンと、安定しそうになったらその場を自分たちから離れていこうとするハリーとシャーロットという対比がある。
あとちょっと気になったのはこの当時の二人の避妊方法ですね。シャーロットの方に主導権があるみたいに読める。「ねえ避妊してなかったの?君」みたいな感じで。いや、お前(ハリー)がするんじゃね?って思うんですよ。そこら辺はちょっと気になりました。
女性主導の避妊法があるとしたら、当時はどういうことが行われていたの?と。当時読むとそれはなんとなくわかるものなのかな、とは思ったところでございます。以上です。
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ありがとうございました。一気に読めたのがとにかく素晴らしいです!ほかの本を連想して、どこか補完するような作用があった様子なのも興味深いです。確かに、あの40代の医者がハリーの別の未来像だったと考えると、あの医者の生い立ちをあれだけ連ねた意味に納得です。
くらさんも仰っていたように、いろいろな考えが浮かんで色々言いたくなる、読書会向きの本だったようですね。(スウ)
まだ続きます!笑