日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

雪に戯れて (13)

2023年06月14日 01時59分57秒 | Weblog

 圧雪され滑りやすい道路の両側には除雪された雪が高く積まれ、山肌に沿い眼下に流れる川幅の広い川に沿う様に細い道が続き、運転中の健ちゃんが後ろを振り向くこともなく
 「まだ、大分先なの?」
と声を掛けたところ、美代子が
 「もう少し行くとバスがUターンする駐車場があるわ」
と、大助とのお喋りをやめて答えた。
 
  ほどなくして、除雪された雪が壁の様に積み上げられた広い場所に到着して、皆が車から降りて頂上を見上げると、想像していた以上に丘陵は広く急斜面や平地を織り交ぜて高く、美代子が
 「右上に細長く灰色に見える校舎がわたしの通う中学校なの」 「私の家は校舎の近くだゎ」 
 「頂上の真ん中辺りにポツント見える小屋が炭焼き小屋ょ。今は正月休みが終わって皆都会に帰りスキーをする人が少ないゎ」
と地形などを説明していたが、健ちゃんが
 「これは登るのに大変だわ」
と溜め息をついて言うと、美代子が
 「中学校まで行けば、裏手は平になっているゎ」
と答えると、皆が声を揃えて
 「そこに行こうや。こんな急な山坂は登るだけでヘバッテしまうわ」
と声を出して再度車に乗りこんだ。

 走行中の車中で、美代子が
 「もう少し行くと左側に市役所があり、そこを左に曲がって行くと突き当たりに学校の駐車場があるゎ」
と教えてくれた。
 健ちゃんは、凍てついた道を注意深くドンドン車を進めたが、静まりかえった街中に入ると道は地下水で融雪され、雪に埋もれた家並みや商店が続き、市役所の付近に、雪囲いされた植木が並んだ石塀の生垣に囲まれた広い庭に、縄で枝を保護された数本の大きな樹木に囲まれた、診療所の白い二階建ての建物が見えた。 
 美代子は、自宅である診療所については説明することも無く、大助の手袋の上に手を重ねて彼の顔をチラット見て、周囲をはばかり話しかけることも無く通り過ぎたが、大助は無言で感慨深そうに周辺を見ていた。
 やがて校庭脇の除雪された駐車場に到着して皆が下車した。

 スキーを履いて校舎の裏側に出てみると、比較的平な雪原が遠くまで続き、右側に連なる雑木林は雪をかぶっていたが、その背景には、時折、晴れた雲間に真っ白な峰の飯豊山が遥か遠くに眺望できる絶景で、炭焼き小屋を中心に左手側は所々に適度な平地がある斜面になっていた。
 美代子は、健ちゃん達に
 「窪んでいる平地は段々畑と棚田で、急な斜面は笹薮混じりの原っぱと石垣の崖ですゎ」
と、ストックで方向を指しながら地形を大雑把に説明した。
 丘陵の下の方には、林に囲まれた集落が散見され、蒸気機関車が黒煙を吐いてゆっくりと走る貨物列車がマッチ箱位に小さく見えた。
 彼等は、彼女の説明を聞きながら、高い所にも街があるもんだなぁ~。と、来るまえには想像もしなかった景観に返事をすることもなく、夫々が一様に感慨にふけっていた。
 美代子は、景色に見とれている皆に対し
 「わたし達、青草が萌える初夏のころや、木々が紅葉色に染まる秋には、此処で仲良し同志が輪になって、持ち寄りの具でお鍋料理をしたり、お弁当をいただくのょ」
と、田舎の学校生活の楽しみを話して聞かせていた。

 宿周辺の湿った雪とは異なり、丘陵の頂上に立つと気温が低いためか、時折、弱い風に舞って降る雪は、乾燥した小粒のさらっとした感じの雪で、人影は見えないが滑降した軌跡がわずかに残っていた。
 健ちゃんは、元気良く寒空に響き渡る声で
 「いやぁ~、スキー訓練には良い場所だ」「寒稽古のつもりで、昭ちゃんと六助は俺について来い」
 「少し急な斜面を大回転で山の中程まで行くからな」
と言い、大助と美代子には
 「あんた達は、炭小屋の近くの緩やかな所で遊んでいろ」
と指示すると、先頭になって雪煙を舞い上がらせて巧みな滑降で下りていった。
 彼等は、毎年この時期になると遊びをかねて各地で練習しているので滑降技術もかなり上手な方である。
 大助も、毎年数回乗っているが、地元の美代子には滑降技術が劣り、彼女のあとを追うように、緩やかな斜面を楽しそうに滑っていった。

 美代子は、大助と二人だけで滑れることが嬉しく、自分の技術では無理と思われる急斜面を勢いよく滑っては、わざと新雪の深い雪の中に頭からつっ込んで転倒して見せた。
 その瞬間、舞い上がって飛び散る新雪が、雲間から漏れる日光に反射してキラッキラッと輝く雪の華の中に、赤い毛糸の帽子がくっきりと浮かび、それは、寒さに耐えて白い世界に咲く可憐な一輪の雪椿の様に、大助の目に映った。
 彼女は大助を振り返り、透き通る様な声で
 「大ちゃん~、早く来なさいょ~」
とストックを振り廻して叫んでキャッキャと笑い声を上げて手招きしていた。

 大助は、美代子の雪と戯れる様子を見ていて、彼女が外国人であるとゆうだけで、学校生活の中で興味半分な好奇心でからかわれたり、時には心無い差別的な中傷誹謗を受けながらも、自分を見失うことなく、それらに耐えて必死に生きている心の強さと、眼前で明るく振舞う姿を見ていて、時折、片親であることに心が萎える自分と比べて、彼女の逞しく生きる心の強さを、改めて思い知らされた。

 大助も、最初のうちは身体を慣らすべく、ゆっくりと滑っていたが、彼女の声に誘われるように、美代子の方に勢いよく滑降して行き、彼女の傍まで来て無理に止まろうとして、わざと転倒し、仰向けになっていた彼女の傍らに、身体を添えてうつ伏せになり、顔を近ずけてニコット笑い、彼女の頬を指で突っついて
 「無茶して危ない滑りをするなよ」「僕とてもついて行けないわ」
と言って笑った。
 美代子は、その様になるのを待っていたかのように、大助の首に手を絡ませて引き寄せ、二人は軽く唇を接したが、離れようとする大助に、彼女は絡めた腕に力をこめて
 「ダメ! ダメョ~。本気で長いキッスしてょ」
 「わたし、こうゆう日の来るのをず~うっと待っていたのよ~」
と、透き通るような精気溢れる青い瞳で彼の目を見つめて小さい声で囁いた。
 幸いその場所は窪んでいて、周辺から一寸見えにくいところであったため、大助も意を決して、彼女を抱えて言われるままに、息が切れるほど長いキッスを交わした。
 
 二人とも、大地を覆った厚い雪に、弾力のある若い身体をぶっけていくのは、なんとも言えないほど心地が良く、思いきり開放感にしたっていた。
 彼女は彼を慕いつつも逢えない永い空白の時間を埋めるように、彼に思いっきり強く抱きつき
 「わたし達、本当に好きならハグしあうことは人間の本能で恥ずかしいことでなく、普通だと思うわ」
 「大助君はどう思う?」
と言うので、彼は
 「理屈では君の言う通りだが・・」
と答えるのが精一杯で、あとの言葉が続かず無言で抱きしめた。
 今のところ二人が自由に身体を寄せ合うことは、ほかになかった。
 空は時折晴れ間を覗かせるが空気は氷の様に冷たく冴えわたり、二人は立ち上がると、炭小屋の方に向かってゆっくりと登り始めたが、行く手には雪をかぶった雑木林が白く光り、背後を振り返ると、白い世界に胡麻をまぶしたような集落が展望できた。

 大助は、美代子のあとを追うように緩やかな丘陵を滑ったり登ったりしている最中、自分と美代子の将来も、この雪の上に細々と続いた先を行く美代子の残した条痕のようなもので、今は二人で鮮やかな軌跡を雪原に残しているが、やがては何処かで跡形も無く消えてしまうんだろうなぁ。と、切ない思いが頭を掠めた。
 そう考えると、ひたすら自分の描いた夢を追って、この束の間の時間を青春の美しき暦に刻んで、無邪気にはしゃいでいる美代子がいとしく思えてならなかった。
 

コメント
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