日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

(続) 山と河にて 6

2023年12月09日 04時22分21秒 | Weblog

 秋の夕暮れは早く、美代子達が屋外に出ると夕闇で薄暗かった。

 寅太が運転する車は、家並みが関散な町を通り抜けて、ビルの乱立する市内の中心部に入ると、街灯とビルから漏れる明かり、それに彩りの綺麗な店舗のネオンやイルミネーションに街頭が華やかに照らされ、人々が群れて華やいでいた。
 寅太は、後部座席に乗った大助と美代子の様子に気配りしていたが、助手席の三郎が
 「明るいところに出ると少しは気も晴れるなぁ」「オイ 寅っ。これからどうなるんだ」
と声をかけると、彼は憮然として
 「そんなこと、俺にも判らんよ」
と答えたので、三郎は
 「話が段々と悪い方に進んで行くみたいで・・、昨日は高いカツ弁を食ってしまったわ」
と悔やんで、溜め息混じりに呟いた。

 美代子は、無言で正面を見ている大助の左腕に両手を絡ませ、縋りつくように身を寄せて顔を近ずけ、小声で
  「何を考えているの?」 「何時から新大に転校して来たの」
  「どうして連絡してくれなかったのょ」 「春にお別れしたときと違い、随分、冷たくなったわネ」
と矢継ぎ早に話かけたが、彼は一言も答えず、時折、急なカーブに差し掛かると、彼女の腕を払いのけて抱える様に彼女を支えていた。 
 そのとき、彼は化粧水か香水かわからないが、春に別れて以来久し振りに、彼女の長い髪に漂う懐かしい香りを感じ、思わず抱きかかえる腕に力がはいった。
 彼女は無言の彼がもどかしくなり、気分がエスカレートして、Yシャツの袖を軽く引張るようにして
  「ねぇ~、新しい恋人ができたの?」
  「やはり、黒い髪の日本の女性が好きなの?」「はっきり言ってょ」
  「自分勝手にわたしを捨てるなんて卑怯だゎ」「失恋した、わたしが、どんなショックを受けているか、わかる?」
と、執拗に返事を催促していた。

 大助は、又、ここで美代子に泣き喚かれては、運転している寅太に迷惑になると思い、重い口を開いて
  「美代ちゃん、僕の心境はいずれ詳しく話すつもりでいたが・・」
  「現在の僕は、奨学金と家庭からの仕送りに頼る倹約生活と、遅れている勉強を取り戻すことで精一杯なんだよ」
  「そんな僕が、貴重な時間を潰してまで、いま、正雄先生に逢わなければならない理由がわかんないよ」
  「正直、気分が重いよ」
  「僕にとっては、他人同様に何の関係もない先生に、私生活等話す気は毛頭ないよ」
  「恋人なんて出来る訳ないだろう」「第一、今の僕にはそんな悠長な心の余裕は全然ないし・・」
と、素っ気無く答えた。

 彼女は、やっと口を開いた彼の話を黙って聞いていたが、彼の話が終わると、冷ややかな目つきで彼を見つめて
  「嘘言わないでょ。貴方に恋人が居ることは寅太君からちゃんと聞いたゎ」
  「白いミニスカートの綺麗な人に、サッカーで痛めた膝を丁寧に手当てして包帯を巻いてもらい、嬉しかったでしょう」
と、嫉妬をまじえ、しつこく絡んで来たので、彼もいい加減うんざりして
  「誰から聞いたか知らんが、くだなぬ妄想はよしてくれ」
  「突然とはいえ、久し振りに逢えたとゆうのに・・」
  「半年離れていたくらいで、君も随分変わったなぁ」
  「今まで築き上げた二人の信頼関係はどうなってしまったんだい」
と、今の美代子には、何を話しても所詮無理で理解は得られないと諦めて簡単に答えた。

 車が、信濃川をまたぐ橋を渡っているとき、寅太は大助達の話を聞きつけ
  「美代ちゃん、俺、そんなこと言った覚えはないぜ」
と口を挟むと、三郎が
  「いや、俺も確かに聞いたよ」「大助君の新しい恋人か単なる友達かは知らんが・・」
と美代子の言葉に口裏を合わせたので、寅太は
  「お前、また、余計なことを言う」
と怒った声で言うと、三郎は
  「オイオイ 怒るなってば」「ハンドルを切り間違えて河にドブンでは、本当にお陀仏になってしまうわ」
と、彼を宥めていた。 

 信濃川の水は黒く澱んでゆっくりと流れており、時々、欄干の街灯の光がチカチカッと漣の波頭に反射し、三郎の目には暗黒の凄く冷たい不気味な世界に映った。

やがて、大助の道案内で新潟駅に近接したホテルに到着すると、寅太が
  「サブ お前、口が達者だからフロントに行って手続きして来い」
  「宿帳の名前なんか適当でいいわ」
と、やけくそ気分で言い付けた。 
 三郎は、車から降りると「う~ 冷えるわ」と言いながら、背中を丸めてホテルに飛び込んでいった。

 三郎は、フロントで申込書を渡されると誰の名前にするか少し躊躇したが、”城大助”と書いて出し、案内係りに導かれて3階の部屋に皆の先頭にたちエスカレーターに乗った。 
 彼は初めて入った立派なホテルの雰囲気に気分が高揚して、廊下に敷かれた絨毯の感触を確かめるように気分良く歩きながら、案内係りの若い女性に
 「あんた制服が良く似合い綺麗だねぇ」「あんたの恋人は幸せだわ」
と軽口をたたいていたが、案内の彼女から
 「お連れさんの、あのスタイルの美しい金髪の娘さんは、お友達ですか」
と、逆に聞かれて返事に窮し
 「う~ん、俺の中学時代の同級生だが、顎鬚のある彼氏の恋人だよ」
 「今日は彼女の風向きが悪く機嫌を損ねて、今 大事件勃発で困っているんだよ」
 「これから、彼女の親御さんに宥めてもらうんだが、場合によっては・・」
と言って口を閉ざしてしまった。
 案内係りの女性は、それ以上深く聞きくこともなく
 「大学の田崎先生は、このお部屋を時々お仕事でご利用になられますが、先程、お着きになっておりますゎ」
と言って、部屋の前に来ると手の掌で部屋を案内すると、可愛い笑顔でニコッと会釈してくれ、三郎も訪ねて来た目的を忘れたかの様に陽気に笑って「サンキュウ」と答えた。

 部屋の入り口で誰が先に入るか一寸揉めたが、美代子が押し出される様に和室の部屋に入ると、座る間もなく入り口に立ったままの彼女を見て、養父の正雄が床の間を背にして大きい漆塗りのテーブルの前に座ったまま
 「やぁ~。よく来てくれたね。どうかなと少し心配して待っていたところだよ」
と優しく笑顔で迎えてくれた。
 美代子は返事をすることもなく、部屋の隅に座っている、黒いスーツ姿の細身で眼鏡をかけ上品な雰囲気を漂わせた中年の女性に目を引かれた。
 美代子は、見知らぬ女性が顔をあわせるや、即座に座布団をはずして畳に両手をついて、丁寧に静かに頭を下げているのを見て、美代子はギクッと驚いた表情をしたところ、正雄が「家内の静子だよ」と紹介してくれた。 
 美代子は、初めて見る養父の愛人に、またしても心の落ち着きを失っなてしまった。

 そんな美代子を、大助が彼女の肩を押してテーブルを挟んで先生の正面に無理矢理座らせ、自分達は部屋の隅に並んで座った。 
 正雄先生は
 「大助君、久振りだね。遠慮しないで前に来なさいよ」
と手招きして声をかけてくれ、美代子も
 「大助君、貴方の問題だゎ」「わたしの隣に来てっ」
と言って立ち上がり彼の前に来て、彼の手を引張り促すと、寅太も「大ちゃん、前に座れよ」と小さい声で耳うちした。
 大助は、正座して姿勢を正しテーブルに両手をついて丁寧に頭を下げて一礼し、正雄先生に挨拶したが、言葉はなかった。
 三郎も、遂、先程までの陽気さから一変して、流石に大学の先生は貴賓があるわいと感心して座敷の隅に寅太と並んで座り、緊張していた。

 皆が落ち付きを取り戻したころ、暖かい紅茶とケーキが運ばれて来ると、正雄が
 「さぁ~ 暖かいうちに頂ましょう」
と言って先に口をつけると、静子は、にこやかに優しい語り口で
 「皆さん、どうぞ召し上がってください」「今晩は、ことのほか冷えましたからねぇ」
と、挨拶を兼ねて雰囲気を和ませる様に気ずかってくれたが、静子の控えめな態度にも目は美代子からそらさず、問題の核心を把握している様であった。
 静子は、道すがら夫の正雄からおおよそのことを知らされ、自分の存在が彼女に大きな影響を与えたことを自覚し、いま、自分なりに影となって彼女にして上げられることは何か。と、年代こそ差があれ、同性として、愛に傷ついた心の痛みは嫌とゆうほど経験しており、それだけに、彼女の直面している問題に対し、自分のとった行動の償いとして、彼女の希望を出来うる限り叶えて上げるにはどうすればよいのか。と、来る道すがら色々と思案にくれていた。

 広く、畳も新しい座敷の和室は、赤黒く磨かれた太い杉造りの床柱に欅で造作された床の間には、偶然か或いは正雄の注文か、美代子を諭すかの様に、かって今様太閤と持て囃された郷土の偉人、田中角栄の”人生只管 忍耐努力”と墨書された掛け軸が掛けられ、サークラインが煌々と照らす明るい座敷の雰囲気とは反対に、彼等の心は緊張と不安で暗く沈んでいた。

 

 

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