日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

雪に戯れて (30)

2023年08月03日 04時15分44秒 | Weblog

 大助は、池上線の久が原駅で美代子を見送った後、帰りの道すがら姉の後ろから呟くように
 「昭ちゃんが、待っているだろうからカラオケに寄って行けば」
と話かけたら、珠子は
 「さっきの話は、健ちゃん達に挨拶代わりにしただけで、行く気なんてないわ」
と、つれない返事したあと、肩を落として後ろから歩いてくる弟の気落ちしたようね表情から察して、美代子さんとはどの程度の交際かわからないが、やはり別れは寂しいんだろうなと気遣いながらも、反面、自分が望む奈緒ちゃんのことが気になり
 「それより、あんたこそ、たまに奈緒ちゃんのところに顔を出してあげたら」
 「また、中学と同様に同じ高校に通うんでしょう」
と言って
 「たまにわ、奈緒ちゃんのところで一緒に夕飯を食べて来なさい。奈緒ちゃんも喜ぶと思うわ」
と、夕食代を気前よく渡してくれた。
 彼は「姉ちゃん、今日は気前がいいな」と、冗談交じりに返事をしたが、彼も美代子を見送ったあと心に隙間が空いたように、やるせない気分でいたところ、姉の思いやりに素直に反応して「僕、そうしようかな」と返事をした。 
 珠子にしてみれば、奈緒ちゃんも大助と美代子の交際を気にしているだろうな。と、思ったからである

 大助は、それにしても、健ちゃんから常に聞かされている、姉と昭ちゃんの交際は一体どうなっているんだろうかと、自分達に比べて年長者の交際は、まるで、花火の様に明るく輝いているかと思うと、時には雪山のように冷淡にも見えて、難しいもんだなぁ。と、先を歩く珠子の後姿を見て考えてしまった。 
 それに反して、美代子は情熱的で内面を率直に表現するので、彼は、やっぱり外国人と日本人の生活習慣の違いかなと、おぼろげながらも考えた。
 然し、将来は、互いにそれぞれの道を進むことになろうとも、今は、美代子が逢うたびに自分に対し熱く生きる瞳を輝かせて思いを寄せてくれる心に曳かれ、彼女とともに華の青春を悔いなく過ごそうと思った。

 大助は、健ちゃん達が遊んでいる居酒屋の裏階段を上がり、奈緒ちゃんの部屋の入り口で扉をノックして「大助だ。いたかね」と声をかけると、奈緒ちゃんが
 「アッ! 大ちゃん、一寸、待って。今、服を着替えているので・・」
と返事をしたが、彼は何時も訪ねる都度慣れている調子で、彼女の返事にお構いなく入り口の戸を開いたら、奈緒は「ナニヨ トツゼンキタリシテ」と小さい声で言ったが顔には嬉しさが漂っていた。
 彼女は桜色のドレスを着て髪に花のリボンをつけ、薄く口紅をつけている様に見えた。 
 彼は丸いテーブルの端に胡坐をかいて座ると笑いながら
 「なんだ、急に大人っぽくなり、なにかあったのかい?。そんな イロッポイ 格好をして・・。でも、似合うなぁ」
と言うと、彼女は
 「ナニヨ ソンナフウニ イワナイテヨ゛」「女は、たまには、気分転換でドレスを着てみたいのよ。でも本当にそう見える?」
とドレスの裾を摘んで気取って笑って答えたあと
 「大ちゃんこそ、美代子さんを見送って来て、寂しいんでしょう。 その気持ちよく判るヮ。さっき、健ちゃんから コッソリ 聞いたヮ」
と言って、彼の内心を見透かした様に
 「大ちゃんも、案外、寂しがりやなのネ。 美代ちゃんに振られた訳でもないでしょうに・・」
と、言いながらテーブルを囲んで座ると、艶かしい姿で紅茶を入れ「アノネエ~、ウイスキーをチョット垂らすと美味しいはょ」と、悪戯っぽく微笑みながら、ウイスキー瓶を前にだし
 「健ちゃん達が、店でカラオケを楽しんでいるヮ。 今晩は珠子さんも来るんでしょう?。 昭ちゃんも、今晩は健ちゃんに負けないくらい陽気で、珠子さんが来るのを楽しみにしているヮ」
 「それに、今晩は、たまに来てくれる音楽教室の女の先生も来てくれて、ピアノで伴奏してくれるのョ。 わたしが思うには、片思いかどうか知らないが、彼女は健ちゃんと相思相愛の仲らしいのョ」
 「母さんも、営業時間外だから、貴女も歌って気晴らししなさい。 中学も無事卒業したのだし。と、言ってくれてるし・・」 
 「それに、わたしも、この機会に、気分一新して叶わぬ夢を忘れようと、これから歌うところなの」
と、彼が聞きもしないことを勝手に話していたが、その表情にはなんとなく寂しそうな影を漂わせていた。

 大助は、「叶わぬ夢ってなんだい?。望みが高すぎるでないか」と言った後、奈緒ちゃんを見て妙にセンチになり、彼女に
 「奈緒ちゃん。僕の思い過ごしかもしれないが、健ちゃんから僕のことを、どんな風に聞いたか知らないが、僕は今までと変わらず、これからも奈緒ちゃんと友達でいるつもりだよ」
 「美代ちゃんとは、特に変わったことがあったわけでもないし、君と同じ友達同士だよ」
と無理な作り笑いをして、瞼をせわしげにパチパチして話すと、彼女は
 「大ちゃん、そんなに気を遣ってくれなくてもいいのョ」
 「わたしは、お友達として、これまで通りお付き合いしてくれれば、それで満足だヮ」
と言ったあと
 「大ちゃんとは、小さい時から、一緒に過ごしてきたので、わたしとは別な雰囲気を持った、美代子さんと恋に落ちても、自然の成り行きと思っているヮ。 おおいに青春を楽しんでネ」
と気丈に答えていた。
 
 大助には、それが彼女の本意ではなく、寂しさを堪えて本心を隠している様に聞き取れた。
 彼女は、母親の催促の声に促されて、ドレスの脇を摘んで立ちあがると、振りかえって座っている大助をジ~ット見つめていたが、やがて小さい声で
 「大ちゃんも、店に来て思いっきり歌いなさいョ。 好きな曲を歌っていると気が晴れるヮ」
と言ったあと、続けて小さい声で
 「高校生になったら、大ちゃんに似たような人に恋をするかも知れないヮ」
と言うと、フフッと笑いながらも恥ずかしそうに言い残して店に出ていった。
 
 奈緒の、この一言は、大助にとって夕食を一緒にするために訪れたことをすっかり忘れさせ、心に虚しさだけが残るほど強烈であった。
 大助は、奈緒とは幼いころから顔馴染みで、どんなときでも愚痴や不満を口にしたこともなく、むしろ学校生活や普段の生活で自分に対する好ましくない噂話をソット教えてくれて何度か助けられた事があり、それは美代子とは正反対の控えめであり、彼女ともっと親密に交際すれば、母親や珠子は勿論町内の健ちゃん達からも歓迎されるであろうが、美代子に目を向けている間に、若し奈緒が自分以外の人と恋愛した場合、自分はどうなるだろうかと考えると思考が乱れ、美代子か奈緒かと迷ったが、結局は考えが纏まらないまま、学校の倫理の時間に先生から教えられた”あるがままに”の言葉を思い出し、今迄通り二人と交際してゆこうと自分に言い聞かせた。
 それに、診療所の老先生に対し父親のような親近感を覚え、離れることが辛いとも思った。

 「水森かおり」の大フアンである奈緒は、ピアノの傍らに立つと、伴奏に合わせ伸びのある声で
    ♪ 潮の満干(ミチヒキ) 男と女・・  夢が何処かですれちがう
と『松島紀行』を歌っているうちに、歌詞と心境が重なり、大助の心が自分から遠ざかってゆく寂しさがこみ上げてきて、感情を抑えきれず思わず涙を零したが、聞いていた健ちゃんは、酔いも手伝い
 「その歌は、いまの、俺の心境だッ!」
と声を張り上げ、奈緒からマイクを取ると、何時も歌う、おハコの『蘇州夜曲』の
   ♪ 君が み胸に抱かれて・・ 水の蘇州の花散る夜は・・
とチラッと愛子の顔を見ながら思い入れたっぷりに歌い終わると、続けて昭二は期待に反して顔を見せない珠子とのデートを思い浮かべて
   ♪ 青いホールのシャンデリア 泣いて踊れば黒髪の 悩ましき移り香に・・・
と『丘は花盛り』を歌った。 
 健ちゃんは上機嫌でママさんに
 「たまにわ、ママさんも歌ってくれよ」「今晩は何故か気持ちが落ち着かないんだ」
と無理矢理マイクを押し付けると一同も大きな拍手をしてせきたてるので、ママさんも何時も店に来てくれる人達の手前無碍に断れず、オズオズとピアノの前に立つと「少し古い歌だけど・・」と言って
   ♪ 緑の風におくれ毛が 優しく揺れた恋の夜・・
と、好きだった美空ひばりの『三百六十五夜』を、しんみりと歌った。
 健ちゃんは、ママさんの歌に刺激されたのか、音楽教師の愛子さんに
 「愛子さん、貴女もサービスで何でもよいから、ピアノの弾き語りで歌ってくれないかなぁ」
と催促すると、愛子さんは薄笑いを浮かべて顔の前でダメダメと手を振っていたが、健ちゃんの度重なる催促とママさんの説得で雰囲気から断れないと察するとみるや、少し考えた挙句、故郷にちなんだ曲で、夫を交通事故で亡くしたあと、暫く、故郷の岐阜の実家に形見の娘を連れて帰り、悲嘆にくれて過ごしていた頃、TVで流行していた懐かしいヒット曲を想い出し
  ♪ いつかは二人で くるはずでした 
                 水の都のこの街へ・・・・・
         ”夕焼け雲に立ちどまり そっと 名前を呼んでみた”
と、亡夫を偲びながらも、あわせて奈緒ちゃんの心境を映し出すかのように、水森かおりのヒット曲である『ひとり長良川』を歌うと、皆は初めて聴く愛子さんの情感をこめた歌声に、皆が、それぞれに胸に秘めている思いを歌詞に重ねて、店内の雰囲気が一変して静かになった。

 愛子がこの歌を選んだのは、里帰りしていたとき、4歳になる娘と散歩の途中、公園の丘の上でススキの穂波越に綺麗な夕焼けを見た際、訳もわからず亡夫がむしょうに恋しくなり、思わず娘を抱きしめて泣いてしまったことを咄嗟に思いついたからである。

 カラオケで遊んだ数日後、愛子は娘と共に健ちゃんに夕食に招かれたとき、ふとした話の流れからこの話をしたら、彼は大粒の涙を流し、愛子も攣られて咽び泣いたことがあり、それからは彼女の娘さんは健ちゃんの店に行くと、健太のことを「泣き虫小父さん」と言うようにになって彼を困らせたが、彼にはなつき、時々、散歩に連れて出歩く様になった。 

 奈緒の母親が「二階に大ちゃんがきているゎ」と健ちゃんに耳うちすると、彼は酔いも手伝い荒々しい声でママさんに「俺の命令だと言って、此処に連れて来い」と黒々と光らせた目で言いつけると、傍にいた奈緒が
 「大ちゃんは、そんなことで来た訳でないし、無理を言はないで」
と健ちゃんに言うと、彼は眦を決して頑として奈緒の言うことを聞かず「奈緒っ!それならお前が行って連れて来い」と言うので、奈緒は、母親も「あなたが行って連れてきなさいよ」と言うので、奈緒は仕方なく二階の部屋に行った。
 奈緒が部屋に入ると大助は畳みに寝転びTVを見ていたので、彼女が
 「なにを考えているのよ。クヨクヨしてないで下に来なさいョ」
 「お店も締め切り、健ちゃん達の友達の貸切みたいだし、皆が、あんたを呼んで来いと言って五月蝿く、わたしが幾ら断っても聞いてくれないのよ」
 「愛子さんも気持ちよくピアノを演奏してくれているし、ねぇ~店に降りてきてぇ・・」
と、困った顔つきで彼の手を引張るので、大助も渋々立ちあがって店に顔を出した。

 みんなが拍手して明るく迎えてくれたが、彼は空いている席に座ると、健ちゃんはコップのウイスキーを一気にあおり
 「大助っ!お前と珠子さん姉弟は罪な奴だなぁ」「俺も、ホトホト手を焼いて参ったゎ」
と雰囲気をやぶる様な鋭い声で気合をかけると、奈緒が健ちゃんの胸を軽く押して
 「健ちゃん、彼にそんなことを言うのはわるいゎ」
 「彼に何の落ち度もないのに。健ちゃんの勝手な思い込みよ」
と、いさめたので、健ちゃんは彼女の何処までも自分の心を隠して大助を庇うその態度に、益々、奈緒が愛おしくなり黙ってしまった。
 健ちゃんは、気持ちが晴れないのか、皆が押し留めるのも構わず、大助に対し
 「大助っ! お前もなんでもよいから一曲歌え。皆も歌っているんだ」
と、彼の腕を取ってピアノの前に連れて行ったので、その勢いに皆が呆気にとられていたが、大助は健ちゃんの剣幕に圧倒されて覚悟すると、以前、カラオケ喫茶で奈緒ちゃんと二人で歌った曲を思い出し
  ♪ 父も夢見た 母も見た 旅路の果ての その果ての・・
と、いまや国民的歌謡曲となっている『青い山脈』を張りのある声で歌うと、奈緒も彼の傍に行き二人は楽しそうに歌いだし、皆も軽快なメロデーに乗って一緒に歌い、健ちゃんは大喜びで手拍子をうって大声で歌っていた。

 健ちゃんの機嫌が直ったところで、すかさず昭二は健太に「健ちゃん、今晩は少し酔いすぎだよ」と言うと、ママさんも昭ちゃんにあわせて
 「折角、愛子さんも来てくれているのに、人のことより自分のことに心を砕きなさいよ」
 「まさか、わたしが、健太さんの代わりに愛の告白なんて出来る訳ないし・・」
と笑いながら話すと、普段、剛毅な彼も急に肩を落とし、自分の心境と奈緒の胸中を重ね合わせて、腕を組み目を潤ませていた。
 奈緒の母親も、離婚後、父親のいない寂しさに耐えて素直に育ってくれた娘の奈緒が、一層愛おしくなりハンカチで目頭を押さえていた。

 大助と、美代子や奈緒の中学の春は、悲喜織り交ぜた蒼い恋の想い出が三人の脳裏に「美しき暦」となって刻まれ、それぞれの心を彩り、足早に過ぎていった。 (了)
                                             
                                                            続編 「山と河にて」
                            
  
 

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