日曜日の午後。 その日も晴れていたためか、節子は珍しく和服姿で白い革バックを下げて、理恵子と一緒に健太郎の運手する車でPTA会場の高校に出かけた。
節子は運転中の健太郎から
「どうせ会議といつても、先生方を取り囲んだ懇親会が主な目的で、名士の酒盛りが始まるころ適当な時間を見計らって、理恵子に呼び出しをかけて貰い、それを機に席をはずして帰ればいいさ。 余計な心配はいらないよ」
と要領を指図され、理恵子からも
「担任の先生に御挨拶して戴ければ、わたしは、それで満足だゎ」
と励まされながら会場に着くや人目を避けるようにして会場に入った。
節子は、この地方に嫁いできて一年位になり、職場と近隣の人達と顔を合わせ言葉を交す以外に、この様な機会もめったになく、また、性格的にも大勢の人達の集まる場所を好まないところが若い時からあった。
会場となった教室には、白い布をかけた机が四方角に並べられており、節子は会長とおぼしき中央に座る髭を蓄えた老人の席から距離を置いた入り口付近の片隅に、一礼をしたあと静かに椅子に腰をおろして、桃色のハンカチーフを手にうつむき加減に役員の話を聞いていた。
会議は年間の会計報告や新しい役員の選任それに来年度の行事計画等、予め決められていたのか、事務局長らしき人の方言交じりだがユーモアのこもつた滑らかな議事進行で形式的な議事が淡々と進み終了にさしかかるや、これも予め準備されていたのか仕出し屋の折詰の料理と酒やジュースの小瓶とコップが、当番と思しき世話好きな人達によって手際よく並べられ終わるや、会長さんの簡単な挨拶で懇親会がはじまった。
皆が、それぞれに勝手な話題で賑やかに時が過ぎていったが、節子は興味のない各種書類を見ていたところ、何時の間にか忍びよる様に机の前に、袖口がブドウ色の毛糸で編まれた草色のジャムバーに薄青い色の格子柄のズボンの派手な中年の男性が彼女の前に立ちはだかり
「山上(節子)さん、今日は、御主人の代わりですか。ご苦労様です」
と普段職場で聞きなれた透き通る様な野太い声をかけてきたので、驚いて顔を上げて見ると、なんと大学病院で同じOPチームの丸山先生であり、まさか、この様な席で御一緒するなんてと助けられた様な気分にもなったが、反面、その派手な服装と、普段、若い看護師達の間で、とかく女性問題で噂話が絶えない、研修を終えたばかりの手術助手を務める丸山先生だけに、本能的に警戒心が心のなかをかけめぐった。
話を聞けば、若いだけに高校に通う子供さんは当然おらず、会長さんの縁戚にあたり請われてこの高校の同窓生と言うことで、会の顧問として出席しているとのことであった。
彼はお酒が入っているのか、職場の看護師達の噂とおり
「まるで娘さんのよに華やかですね。 この泥臭く薄暗い校内で、貴女の周囲だけに光がさしている様ですよ」
と、例によってヌケヌケと大げさな挨拶をして「また、あとでお邪魔します」と言って立ち去っていつた。
酒肴が進んで、節子は隙を見て退室する機会をうかがって、早く理恵子が適当な理由をつけて迎えに来てくれればと思っていると、会長席の隣に座って先程から周囲を見渡していた、黒縁眼鏡をかけドレス姿の一見古参の役員風の老年の婦人が、ゆっくりと歩いて丸山先生と入れ替わりに彼女の隣に腰を降ろし、少し声をひそめて
「山上さんとおっしゃいますか 私は、宮下と申しますが・・」
と、簡単に初対面の挨拶をすませると、いかにも昔の女学校の教師らしい語り口で
「山上さん 貴女 同性の目から見ても とても美しい方ですね。でも、私は年配の女性としても、また、古風ですが女の老婆心から、それがとても気掛かりですの。 女の人でどうかすると、無事ですまないと思わせる様な美しさを漂わせることがある人って、私の拙い経験からしても、その人の上には、きっと何か事件が起きるものなのよ」
「貴女を見ていて、そおいうハラハラさせられる美しさが滲み出ている様なの。 くれぐれも気をつけてくださいね・・」
と、思いもかけない忠告めいたことを言われて、彼女も予期しない話に慌ててしまい
「まぁ~ その様に言われましても・・私、困りますわ。 でも、ご親切な忠告に従い過ちのない様に気をつけますけど・・」
と、節子は赤面して口元にハンカチーフを当てて、やり場のない視線を窓の外にむけた。
もともと、彼女は占いや手相を全く信じないが、面識もない宮下女史の言葉とわいえ、女史の立派な品位と服装、諭すような落ち着いた話方に、何かしらピシリとこたえるものがあり心が動揺し暗い気持ちになった。