天沼春樹  文芸・実験室

文芸・美術的実験室です。

友だちのいる風景。あるいは風景の中のともだちの記憶。

2011年09月12日 19時38分54秒 | 文芸

  小学生の頃の友だちとは、今では音信不通で、だれひとりその消息を知らない。自分の育った町を出てしまったとはいえ、私鉄で30分も揺られれば、たちまち帰っていけるし、実際両親が住んでいるので、ちょくちょく訪ねていく。たまに町なかに出ることもあって、ひとりやふたりとは顔をあわせそうなものなのに、もう20年近く、旧い友だちと逢ったことがない。おたがい大人になってすっかり変貌してしまったせいかもしれない。どこかで、知らずにすれちがっているのかもしれない。それにしても、彼らが面影さえ残さずに大人になって故郷の町で暮らしているということがあるだろうか。なんだか、子供時代の友だちが、そっくりどこかへさらわれていってしまったような気もする。

  会うすべがないわけでもないだろうが、会って昔のことを語りあうとなると、こちらからはなにを話すべきか困ることになる。そうだ、あの頃にしても、私のまわりにいた子どもたちは、私にとっては風景の一部であって、熱心になにごとか話し合う親友ではなかった気がする。むこうから遊びに来てくれる同い年の少年は、数えるほどしかいおらず、その友だちも、私がなにを考えているかわからないふうな顔をして、次第に疎遠になっていった。

 あるとき、私のほうから熱心に遊びにゆくようになったユキちゃんという男の子がいた。たずねていくと、いつも二人で将棋をしてすごした。ユキちゃんの姉さんが、いつもミルクコーヒーを運んできてくれた。ユキちゃんは、将棋が好きでたまらないらしく、ときどき遊びにくる従兄弟たちとの勝負を細かく話してくれた。おとなしいユキちゃんが、そのときばかりは雄弁になるのである。

  中学校もユキちゃんと同じ学区だった。入学式のあとで、おたがいぎこちない学生服すがたで顔を合わせたが、ユキちゃんはなんだか、はにかんだような、まぶしそうな眼で、ちょっと笑っただけだった。「将棋」のことをのぞいては、私たちのあいだに話をすることがらがみつからないのに気づいたのもその頃のことだ。

 ユキちゃんの姿は、それからすうっと遠のいて、たくさんの学友たちのなかにまぎれこんでしまった。私はもうユキちゃんの姉さんがいれてくれたミルクコーヒーを飲むこともなくなった。

                               『友だちのいる風景』未発表ノート