一橋大学と成蹊大学で「ドイツ文化研究」の講義をつづけているが、先週からグリム兄弟の業績の項目に入っている。Marchen(童話)だけがグリム兄弟の仕事ではない。1812年にグリム童話「子供と家庭のメルヒェン集」を刊行したときには、彼らはまた25、26歳の若い学徒だった。その後、言語学や文献学、神話学をはじめゲルマ二スティークの基礎となるようなたくさんの業績を築いていった。
しかし、今回注目したのは近代知識人であったグリム、とくにヤ―コプ・グリムの「自由」の精神についてだった。彼の「自伝」や、とくに1848年のフランクフルト、国民議会の議員に選出され、ドイツの憲法草案にかかわったヤ―コプの発言をみていくと、かれのFreiheit(自由)にたいする進歩的な考えが、はっきりとうちだされていて、現代にも通ずる理想主義的発言となっている。
大学の自由・国民と国家における自由の精神について、力説したのだが、学生諸君の反応はいまひとつで、唯一、聴講生として出席していた社会人のかたが授業後にいろいろ問題提起してくださったのが印象的であった。
以下は、配布した資料の一部。ヤ―コプ・グリムの発言の抜粋だ。これは今でも心して耳をかたむける価値かあるとおもうのだが。
■ヤ―コプ・グリムの自由についての発言資料
「私も、その頃、マールブル大学に学ぶものたちを支配していた精神を称賛したい。当時のそれは総じて溌剌とした、とらわれのない精神だった。ヴァッハラー教授の歴史と文学史の率直な講義は、多くの学生に生き生きとした印象を与え、特に、先生が大講堂で毎週おこなった公開講義は、満場の大喝采を博したものだ。ところが、国家の大権が、その後、目に見えて学校と大学の監督に介入しはじめた。国家権力は、強制的試験を大量に課することで教育機関の監督は達せらると妄想し、教員を不安におびえさせている。私には、このようなきびしい考え方は、将来ゆるまるだろうと思われる。そのような監督が、まさに飛躍せんとしている人間の自由の翼を切りつめ、これからの人生にとって役に立つ、無邪気な、自由にふるまう能力-----それはあとになればもうもどってこない----を制限してしまうことは明らかだ。ふつうの才能ははかることができるかもしれないが、特殊な才能についてはそれがきわめてむずかしいし、天才はそれがまったく不可能だということは確かなのだから。
たくさんの履修規則がもし厳格におこなわれるならば、みんな同じ姿をした型にはまった人しか生まれない。国家は、むずかしい重大問題に直面したとき、そのような人からは、なんの力もかりられないだろう」
ヤ―コプ・グリム『自叙伝』より
■ドイツ憲法への考え方
「私が提案させていただく光栄によくしていおりますので、憲法条項のためにただ一言述べておきたいのです。宗教的、倫理的概念はすでに聖書の中にあります。しかし、自由の概念はとても神聖で大切な概念です。ですから、わが基本法の最初にこの概念を置くことが絶対に必要であると思います。ご提案の第一条は第二条にまわして、その代わり次の内容の者を第一条に挿入されるように提案いたします。すなわち<すべてのドイツ人は自由である、ドイツの土地には隷属は要らない、自由を持たない外国の人も、この土地にとどまるかぎり自由である>というものです。私が要求いたしますのは、なお自由の力強い効果を発揮するために、自由の権利を保障することにあります」1848年フランクフルト国民議会でのヤ―コプ・グリムの演説。これにもとずく憲法草案を提出。209対192で否決される。